残忍な魔法

 朝礼のチャイムが鳴り、担任教諭が入ってきて、点呼をとり始めた。

 そのときであった。異変が起きた。

 ガラガラと、教室の前側ドアが開いた。異様な出で立ちの人物が何も言わずに入ってきた。そいつは、ピラミッドの地下に現れた男に似た白いローブを着ていた。顔をみればベルノルトでないことがわかるが、しかし、魔導界からの使者であることは間違いなさそうだった。

 ピラミッドの地下で、4人の研究員を虫けらのように殺した魔導界の人間がこんなところにやってきて、一体何を始めようというのか。

「君は誰だね?」 

 無礼な闖入者に対して、教員が不機嫌そうにたずねた。生徒たちはみなポカンとしている。

「君たち地球人の、新たなる支配者だよ」

 中二病患者のようなセリフに、教室は一瞬サーっと静まり返ったあと、どっと笑いが起きた。ローブの男は「お静かに」と手振りで示した。

「今日から君たちには、新しい秩序のもとで暮らしてもらう。新世界憲法に従ってもらう」

 チンプンカンプンな言葉に対して、教員はため息をついた。生徒たちはみな、おかしな侵入者をクスクスと笑っている。

「とりあえず話は外で聞こうか。おい、学級委員の沙倉、かわりに点呼を取ってくれ。済んだら学級日誌を教員室まで頼む」

 男性の教諭は、白ローブを教室から連れ出そうとして、彼の肩に手をやった。すると、ローブがその手をパチンッと叩いて払い除けた。

「気安く触れないでくれるか」

 機嫌悪そうに白ローブが言った。それから、生徒たちを睨み、得体の知れぬ笑みを浮かべた。

「もう一度言うからよく聞きたまえ。われわれは君たちの新しい支配者だ。だから今からいう命令に従ってもらう」 

 一人の気の強そうな男子生徒が、からかいと挑発をまぜるようにたずねた。

「従わなかったらどうなるんだよ?」

 白ローブは、何も言わずに男子に近づいて囁いた。

「命はない」

 周囲にどっと笑いが起きた。生徒たちにはギャグにしか聞こえなかったのだろう。同じ男子がさらに挑発した。

「お前、魔法使いみたいな格好をしてるな」

「うん、そうだ。僕は魔法使いだ」

 周囲がまたクスクスと笑いだした。男子がますます挑発した。

「魔法使いだったら、火でも起こしてみろよ」

「僕の色種は水だから火は起こせない」

「じゃあ水でいいから出してみろよ」

 男子は、ベロベロバァのときみたいな茶化した表情でローブをからかった。周囲は、腹を抱えて笑いだした。笑いの嵐がつづいたが、しばらくして穏やかになるとローブがニヤリと笑った。

「じゃあ、君を溺れさせてあげるよ」

 ローブは胸からぶら下げていた銀の輪っかにはまった大きなレンズを眼前にかざして、挑発する男子を覗き込んだ。屈折によってレンズの中にローブ男の巨大化した目玉が見えた。 

 変な沈黙になった。教室がシーンと静まり返った。

 次の瞬間、生徒の嗚咽が始まった。水を飲んだ溺者のように苦しみ始めた。

「がはっ、おえーっ」

 倒れ込んで、苦しそうに床をかきむしった。

「おい! 大丈夫か!」

 教師が彼に駆け寄り、体を揺すぶって正気を確かめた。水を吐き出しきった彼は、ゼーゼーと音を立てながら死に物狂いの呼吸をしていた。顔は危険な色になっていた。彼は、怯えたように白ローブを見上げた。

「お前、一体何をやったんだ!」

 泣きながら男子は叫んだ。

「魔法を見せろと言ったから魔法を使ったんだよ。君の胃袋に水を発生させたんだ」

 教室中の生徒の目の色が変わった。おバカな闖入者を見るような目ではなく、何かおそろしい化物をみるような青ざめた目だった。

 ローブは教壇に立って、全員に向かって言った。

「僕が本気を出せば、ここにいる人数ぐらいなら即座に溺死させられるよ」

 あいかわらず中二病患者的な発言をするが、生徒たちはもう笑ったりしなくなっていた。背筋に冷たいものを感じ始めていた。

 みな、奴が本物の魔法使いかどうかには、まだピンと来ていなかった。しかし、奴が生徒を苦しませたこと、そして、人を苦しませるようなことをしていながら平然としていることだけははっきりとわかった。

「コイツは平気で人を傷つけるサイコだ」

 誰もがそれを直感し、危険を感じた。学級委員の茜は、勇敢にも前に出て、ローブ男にたずねた。

「あなたの目的はなんの?」

 彼女は、相手はイカれたテロリストだと思っていた。魔法使いだとか、新しい秩序だとかは、狂人の戯言だと思っていた。

 とにかく相手は危険人物だ。自分を含めた全員を安全に避難させるためのタイミングを図ろうとして話しかけたのだ。しかし、そんな計らいを見抜いたのか、ローブは茜を見下すように言い返した。

「寝ぼけているのかい、君。最初に言っただろ。われわれは君たちの新しい支配者だ。だから今からいう命令に従ってもらう」

 彼が言い切るか否かのうちに、先ほどひどい目に合わされた男子生徒が癇癪を起こした。「なめんじゃねぇぞクソ」と怒鳴って殴りかかった。

 ローブ男は、すばやくレンズを握って、男子に向けた。そして「リキッド・ジェット」と口走った。

 男子の拳は空を切り、勢い余って茜を巻き込んで派手に転倒した。

 男子は茜の体に覆いかぶさる格好になっていた。彼は恥ずかしくなり、すぐに手をついて体を起こそうとした。その時、手の異変に気づいた。

 彼の右手は、手首から先が無くなっていた。おびただしい血糊が流れ出していた。おぞましい断面が露出していた。

 茜の悲鳴! その悲鳴が、瞬く間に生徒全員に伝染した。

 彼女の制服は血に染まっていた。それを見た男子は、

「あぁぁぁぁぁ!」 

 絶叫した。顔が恐怖に染まっている。

 女子の生徒たちが一目散に出入口に走った。逃げ出そうとしたのだ。だが、またしてもローブ男が先回りしていた。

「プール・ウォール」レンズ越しに唱えると、前後のドアに水の壁が現れ、生徒たちを跳ね返した。水の壁は窓側にも立ちはだかった。すべての出入り口が塞がれてしまった。教室中を、水が揺れる不気味な音が包んだ。

 逃げ場を失ったと悟った生徒たちはしんと静まり返った。開いた口を塞ぐこともできずに、呆然と立ちすくんだ。

 ローブは、レンズで目の前の机を覗き込んで「リキッド・ジェット」と唱えた。その刹那、レンズから白いレーザー光線のようなものが放たれ、机は真っ二つに切断された。

「リキッド・ジェットは、高圧の水のレーザーを発射する魔法さ」  

 さっきの男子生徒は、この魔法で手首を切断されたのだ。木と鉄で出来た机の断面をみれば、切れ味の説明など不要だった。

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