茜vsセレドニオ
ちょうどその頃、オセロタワーの一室に設置された、魔導公安部隊の臨時作戦本部室でゲオルクがフリッツと会話をしていた。フリッツも、この作戦の戦況が気がかりだったようで、魔導界から地球に視察に来ていた。
「分断作戦はうまくいくのかね?」フリッツが質問した。
「ご心配は無用です。アレクサンドラは、必ずマリアンヌの殺人を止めようとします。だから、沙倉茜はひとりで佐藤晴加の元に行かなければならなくなります」
「アレクサンドラとマリアンヌとの間にどんな因縁があるのか、私は詳しくは知らん。教えてくれ」
「ええ。マリアンヌはもともと、アレクサンドラが面倒を見ていたのですよ。奇形魔法を暴発させてしまうために、専門の隔離施設に住まいさせていたんですが、その施設はアレクサンドラが管理していたんです。孤児院のやさしいマザー的な立場ですよ。マリアンヌはアレクサンドラになついて、先生と呼んでいました。
アレクサンドラは、マリアンヌに他ならぬ期待を寄せていました。もし、この先、奇形魔法の制御技術が発達すれば、マリアンヌはすぐれた医術魔導士になれると本気で思っていたようです」
「あの奇形の転送魔法を医術に?」
「はい。以前に見ていただいた林檎の実験を思い出して下さい。マリアンヌは、林檎の果汁だけを転送で取り出しましたね。もっとこの精度を鍛え上げれば、たとえば、切開をせずに患者の体内から悪性の腫瘍だけを取り去るとか、血液中の悪い成分だけを抜き取るとか、逆に欠落している成分を転送注入したりすることが可能かもしれません。あくまで可能性の話ですが。
だからアレクサンドラは、マリアンヌを医術魔法の道に進ませようと考えていたようです。しかしながら、私のような身でこんなことを言うのはなんですが、あの四大魔導は、おめでたい夢想家なんですよ。彼女の理想は現実離れしすぎている。マリアンヌの特性を医術で活用できるレベルにまで引き上げるのは、正直言って不可能に近い。人間の体は神の創造物です。非常に繊細。だから、どんなに頑張っても、マリアンヌの能力を医療に転用するのは夢物語です。
それよりも、もっと精度が低くても活用できる軍事兵器に応用させたほうが現実的なんです。人間を治すのは苦労しますが、壊すのは簡単です。マリアンヌは壊す方の才能があるんですよ。
兵器と化したマリアンヌが人を殺しているのを目撃することは、アレクサンドラには耐え難いはず。必ず止めようとするはずです。止めるにはマリアンヌを戦闘不能にする必要がある。しかし、現場には最高クラスの魔導士がついているので、簡単にことは運ばない。そうやって時間を稼ぐんです。その間に、沙倉茜をひとりにして仕留める。
きっとうまく行きますよ」
ゲオルクの読みは的中だ。茜はひとりで晴加の元に駆け出した。その背中を見届けながら、アグネスはセレドニオに、
「じゃあ私たちも行きましょうか」と声をかけた。
どうやらアグネスとセレドニオが茜を仕留める役のようだ。だから、残った三人とマリアンヌがアレクサンドラの引き止め役だ。
今のところ、事は魔導士軍団の思うように進んでいるとみてよさそうだ。
一方、教室の晴加は、チャイムの音を聞いて戦慄していた。彼女にとっては紛れもない弔鐘なのだ。葬式の鐘なのだ。この世で自分の弔鐘を聞くなんて、どんなに恐ろしい体験だろうか。晴加は、もう目を開けていられなかった。しかし、目を閉じても、今度は耳が目になり、目を開けているときよりも一層教室の雰囲気が伝わってきた。
「掃除しなきゃ」
誰かの声が聞こえた。お願い! 開けないで! 晴加は胸の中で叫んだ。
誰かが、近づいてくるのが音でわかった。すぐにロッカーのとびらがガタガタと揺れだした。晴加は叫びたかった。必死で声を殺した。
カチャン。鍵が外れる音。晴加は眩しい光に目がくらんだ。扉が開かれたのだ。教室は凍ったように静まり返った。
じきに静寂は破られた。
「おい……」
「こいつは……」
「なんでこんなところに……」
生徒の緊張した囁きが次々に聞こえた。すると、ロッカーにむかって慌ただしく誰かが走ってきた。あぁ、あの女だ。晴加にユニオンデバイズの子機を渡したあの女だ。晴加の飼い主だ。女は、晴加の胸ぐらをつかみ、ロッカーの外に引き倒した。
「テメェー。ふざけてんじゃねぇぞ!」
女は晴加を思いっきり蹴った。連帯責任の死刑の元凶をつくった女が、ひょっこりと目の前に現れたのだ。女が興奮するのも無理はない。
教室の生徒たちは、まだ状況が飲み込めていないようで、みな唖然としている。
「おい! みんな、殺ろうよ」
晴加の親機の女が呼びかけた。ロッカーの中に、どうぞこれを使って下さいといわんばかりに黒い槍が入っているのに気づいて、それを引っつかんだ。三本とも取り出して、周囲の生徒に配った。渡された生徒は、戸惑っている。
たしかに目の前にいる晴加は、自分たちにとってはやっかいな奴だ。こいつのせいで自分も死刑になりかけているのだから。しかし、槍を生身の体に突き刺すなんて、怖くてできない。まるで時限爆弾から逃れるかのように、槍を隣の生徒に無理やり渡した。受け取った生徒も、同じように隣に押し付けた。しばらく死刑槍のバケツリレーが続いた。みかねた親機の女が、舌打ちをした。晴加を見下ろしながら恨みを述べた。
「せっかく指輪をくれてやったのに、恩を仇で返しやがって。誰もやらないんなら私が殺ってやるよ」
女は晴加の眼前の床を槍で突いて「痛いぞー」と脅した。晴加は、もう放心状態だ。
「ねぇ、本当に私たちでやるの? 魔導ポリスに知らせたほうがいいんじゃない?」
ひとりの生徒が言うと、
「何言ってんだよ。こいつのせいで私ら殺されかけてんだぞ。しかも魔導ポリスが殺すなっていってたのは沙倉だけだった。私こいつが許せない。あんたも同じじゃないの?腹立たない?」 詰め寄られた生徒は、それでも同意しなかった。人を殺すなんて恐ろしすぎる!
やる気でいるのは親機の女だけのようだった。
「私はやるよ」
女はそう独り言を呟いて、槍を両手で握った。そして、振りかぶった。Aランク者の貴族的なデザインの制服のせいで、その光景が、中世ヨーロッパの戦争を描いた一枚の絵画のように見えた。親機の女の目は、敵を殺す騎士そのものだ。目から火を吹いている。対する晴加の顔は、殺される寸前の、地獄の形相に歪んだ敵兵そのものだ。周囲の見物人は、あるものは悲鳴のために口をゆがませ、あるものは目を覆い隠し、あるものは、自分が殺されるかのように怯え、別のものは「いいぞ!殺れ」と拳を天に突き上げている。そんな一枚の地獄絵図であった。誰もが、吹き上がる晴加の血潮を脳裏に描いた。
しかし、親機の女も、所詮はただの若いひ弱な女に過ぎない。すんでのところで思いとどまった。殺人など、そうそう容易くできやしない。
怖くなった女は青ざめて、槍を手放した。カランと鉄の音が教室に小玉した。
生徒たちはみなホッとした。残虐なものを見ずに済んだからだ。ところが、そう甘くはなかった。すぐに槍を拾い上げた者がいた。さらに、たらい回しにされていた二本の槍を「貸しなさい」といって取り上げる者たちがいた。騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた教員たちだ。
槍を手にした教員たちは、ゾンビを連想させるような顔色をしていた。血の気がない。冷酷な感じがする。
生徒たちは、今さっきなでおろしたばかりの胸をすぐに緊張させなければならなかった。教員達の目は、大人たちの目は、まだ現実の厳しさや残酷さを知らない若人たちとは違った。大人になるということは、自分の心を殺すことが出来るようになることでもある。生き残るために鬼になる力を備えることでもある。綺麗事を言っているだけでは喰われてしまう。殺られる前に殺れ!それも人生だ。そのような、強さと呼んでいいのかわからない強さを手に入れるのだ。
「君、反逆者になったのはこうなることを覚悟してのことだろうね。だから、この処刑も受け入れるつもりだね?」
「自由とわがままは違うんだよ。君のやったことはただのわがままだ。そのせいでわれわれまで死刑を宣告された。恨まれるのは当然。自業自得だよ」
「勇気と無謀は紙一重だ。君はそこを読み違えたね。罰を受けて、来世でやりなおしたまえ」
三人とも素直に「お前が憎いから殺してやる」とは言わなかった。
ゾンビのような教員たちは、次々と槍を振りかぶった。光景の恐ろしさは、さきほどの絵画よりも、もっともっと地獄的だった。
晴加は、鳴ってもいない弔鐘を耳の中で聞いた。地獄の底で鳴り響く死者を歓迎する音を聞いた。
だが、ここで晴加を死なせるわけにはいかない。そのための覚醒魔導士が、窓越しに姿を現したのは、その時であった。ここは三階。外に面する窓に人の姿があるわけがないが、しかし、たしかに人間の姿だった。その人間は美しい赤毛だった。その人間は髪と同じ色のミニドレスとマントをはためかせていた。その人間の目は、夕刻の赤い陽光に負けないぐらいに燃えていた。
茜だ。地面から風の魔法で勢いをつけて、いっきに三階までジャンプしたのだ。
「スクランブル・スワロウ!」
茜が魔導レンズをかざして叫ぶと、レンズから透明な風の燕の大群がドッと飛び出した。勇ましい燕は窓ガラスを破り、教室の中に踊り込んで縦横無尽に乱舞した。生徒たちの髪は乱れ、服がはためく。そして、教師たちが握っていた鉄の槍をもぎ取り、教室の隅に弾き飛ばした。
風が止むと、茜も教室内に飛び込んで、すぐに晴加を守った。
「お願いやめて。話を聞いて!」
茜は必死に叫んだが、効果はなかった。みな、憎悪の目で、反逆者の二人を睨んでいる。命がかかっているのだから、生半かな睨み方ではなかった。茜は、教室を埋めるすべての人間に銃口を向けられているような気持ちになった。
しばらく膠着状態が続くと、教室にアグネスとセレドニオが入ってきた。
「諸君! グズグズするな。あの二人を捕らえたまえ! 逃げられたら君らが死刑だぞ」
セレドニオの声が号令になり、生徒たちがドッと茜たちに向かって洪水を起こした。すごい勢いだった。
捕まるわけには行かない。しかし、茜は、攻撃魔法で生徒たちを負傷させることをためらった。
「クレイジー・バロメーター!」
茜がつかった魔法は、基礎訓練で鍛えた空気の圧縮魔法だ。全員が、目に見えない象に足で踏まれたみたいに床に這いつくばってしまった。室内の気圧を高くして空気を重くしたので、みな動けなくなったのだ。
その隙に、茜は晴加を抱えて窓から飛び降りた。風の魔導士は軽やかだ。
うまく逃げられたと茜は思った。しかし、そんな甘いはずがない。相手側には格上の魔導士がいるのだ。茜のつま先が地面に着くか否かの刹那、そこを狙って転送移動してきたアグネスが魔法を唱えた。
「ピストン・ハートビート」
魔導レンズから飛び出した巨大な鉄のピストンが茜を撃った。ピストンはステンレスのように輝いていて、ドラム缶よりも太かった。直撃を受けた茜色の魔導士は、ガラス窓を突き破って校舎の中に吹っ飛ばされた。
地面に転がる晴加は無事のようだ。しかし、赤いリボンでぐるぐる巻きの彼女は、ふたたびアグネスに捕らわれてしまった。
遅れて飛んできたセレドニオがアグネスを叱った。
「おい! 沙倉茜は生け捕りというのがゲオルク上級議員からの指示だろ」
アグネスが不機嫌そうに返答する。
「心配ないわ。ほら、見てよ」
彼女は、飛び散ったガラスの破片を指さした。セレドニオがガラス片を確認すると血がついていないのがわかった。
「佐藤晴加は、あの高さから落ちたのに無事だった。そして、ガラスの破片には血の一滴もついていなかった。つまり、あの風の魔導士は、とっさに空気でクッションをこしらえて、衝撃を打ち消したのよ」
「ほう。もうそんなに魔法が上達しているのか。さすがに四大魔導に見込まれて、直々にレッスンを受けただけはあるな」
「関心してないで早く追ってよ。私はこの子を見張っているから」
セレドニオはアグネスに促されて茜を追いかけた。茜は、アグネスの攻撃を受けて、一階の理科の実験室に吹っ飛ばされていた。アグネスが言ったように、とっさの魔法で空気のバリアを発生させていたので、ショックはかなり軽減されていた。茜は、すぐに追手がくるとわかっていたので、慌てて廊下に出て、走ってその場から逃げた。その際、彼女は何を思ったか、机の上に置いてあったピストル型のライターをポケットに突っ込んだ。理科の実験室だからそんなものが置いてあっても不自然ではないが、そんなものがこの戦いに役に立つのであろうか? まさか、恐ろしい火力を誇る魔導剣士に、百円ショップのライターで立ち向かうなんてことはあるまい。茜の行動の意図は謎だ。
セレドニオは、窓を乗り越えて理科の実験室に入った。中を見渡したが蛻の空だった。茜は逃げた後だった。
とりあえず廊下に出ると、廊下の突き当たりの角を曲がる茜の姿がチラリと見えた。セレドニオはあとを追った。茜は角を曲がって階段を駆け上った。校舎内には、教員の大声の全館放送が鳴り響く。
「全員で反逆者を捕まえるんだ! さもないとわれわれ全員死刑になるぞ!」
校舎内にいる人たち全員の目に、憎悪と焦りの炎がたぎっている。階段を駆け上る茜と、ある男子生徒が踊り場で鉢合わせになった。
「あっ! あぁぁ……」
その生徒は気弱な性格だったようで、パニックを起こしてあたふたした。しかし、その後ろの男子は迷わなかった。彼は、茜よりもずっと身長が高くて力のある体格だった。だから、女のひとりを取り押さえるぐらい容易に思われた。しかし、飛びかかった彼を、風の少女はひらりとかわした。茜は風魔法をうまく使って、体を軽くしている。彼女は今、つねに追い風を受けているようなものだから動くのがとても楽なのだ。高性能な電動機付き自転車を漕いでいる感覚だ。たとえ女の足でも、どんな急坂も階段も怖くない。茜は階段を上り続けた。校舎内にはたくさん生徒がいる。階段の上にも、うようよと生徒たちがいて、教員たちがいて、人垣が出来ていた。みな一斉に襲いかかってくるが、身軽な茜は、隙間をすばやく縫って、壁を突破していった。あっと言う間に、屋上に出た。彼女はそこで立ち止まった。アグネスが先回りして待ち構えていたからだ。彼女は晴加を抱き抱えている。
「アナタ、魔法の使い方が上手ね」
赤黒ドレスの魔導士は余裕綽々の感じだ。
茜はアレクサンドラの言葉を思い出した。小屋での特訓の最中での言葉だ。
「君に教科書は必要ない。見様見真似でいいからどんどん魔法を使って、自分のやりかたを編み出していけ」
茜はその言葉を胸に刻んで実行に努めていた。まだ下級魔法しか使えない。限界の範囲が狭い。だが、限界の中で知恵を絞ったほうが人は力強くなる。ユニオンデバイズみたいなものに手を染めて、ニセの自由を手に入れても、そんなものはシャボン玉だ。
茜は、アグネスをキッと睨んだ。限界の範囲は相手の方が遥かに広い。比較にならない。わかってる。でも、この場では知恵を絞って戦う以外にはない。
しばらく膠着した。お互いが睨みあっていると、屋上まで追いかけてきた生徒と教員たちがなだれ込んできて、茜を包囲した。すぐにセレドニオもやってきて、茜の背後に立った。茜は前後を格上魔導士に挟まれ、さらにその周囲を学校のひとたちに囲まれた。アグネスに抱えられた晴加は、心細そうだ。晴加も、茜が勝てるなんて思えなかった。
「無駄な戦いはよして降伏しなさいな。アナタじゃ勝てないわ」
「ええ、そうね。わかってるわ。でも、私は捕まらない。晴加を助ける。その力ならある」
アグネスは大笑いした。
「力? アハハハハ。図に乗るのは早いわよ。たしかにアナタ、魔法のセンスはありそうね。ちゃんと修練をつめば、もしかしたら私達に並ぶかもしれない。でも、道はそんなに甘くない。相当の時間がかかるわ。だから、今のアナタじゃ、ム・リ」
「そうかしら? じゃあ試してみる?」
茜は振り返って、後ろにいたセレドニオを挑発した。
「小屋を爆破した破壊力はすごかったけど、あれぐらいなら、私が編み出した必殺魔法を使えば簡単に封じられるわ。嘘だと思うなら、あの魔法を私に撃ってみなさいよ」
セレドニオは相手にしている様子もなく、鼻で笑った。下級魔導士にあんなものを放てばどうなるかは歴然。茜の発言は、無知の強がりにしか思えない。
「断るよ。私は君を生け捕りにしろと指示されているんだ」
セレドニオが言うと、今度はアグネスが茜に言った。
「ねぇ、どうして生け捕りかわかる? 公開処刑するためよ。二度と反逆者が現れないようにするために、アナタを長い時間、残酷に拷問して、そして殺すの。それを地球人みんなに見てもらうの。だからここでは殺さない。アナタは磔にされ、三日の間、毎日三回づつ槍で突かれるの。そして、四日目に脇腹から反対側の肩に向かって剣を差し込まれ、傷が固まる三日後にその剣を引き抜かれるの。また三日後に同じことが繰り返され、合計三回、剣を刺されて引き抜かれるの」
話すアグネスの背後に地獄の後光が見えるような気がした。残酷な話を、とても楽しそうに、夢見るような目つきで話しているのだ。周囲の生徒たちはみな背中が凍っていた。アグネスが、
「それでもまだ生きていたら、今度は舌を……」
と続きを話そうとすると茜が遮った。
「それがどうしたの。あんたたち、そんなに地球人が怖いの? 地球人が覚醒するのがそんなに怖いの? ホントにチキンね。あんたたちの世界の臆病者王女様に伝えてよ。私たちは、あんたが座ってる椅子なんか興味ないって。私達は自分の空を飛ぶことしか考えていない。地球人が魔法を取り戻しても、魔導界に復讐なんてしない。大切な魔法を、そんな下らない事につかって無駄遣いしない。だから、安心して地球から出て行け。臆病もんは殻にこもって一生井の中の蛙をやってろ!」
茜の目は、核融合の閃光のように鋭く光っていた。熱を帯びていた。これには、二人の魔導士もすこし気分が乱れた。腹を立てたような目をした。
「あなたのチキンな魔法を粉砕してあげるわ。だから撃って来なさい」
茜が魔導レンズを構え、ふたたびセレドニオを挑発した。
セレドニオは、また鼻で笑ったが、さっきとはあきらかに違った。気が立っているのがありありとわかった。ヒヨっ子に魔法を撃たされるなんて、プライドが拒絶する。しかし、我慢ならない気分が、プライドを押しのけた。
「いいだろう」
セレドニオが、フェニックスの剣の切っ先を茜に向けた。剣のツバのくぼみに魔導レンズが光っている。
「セレドニオ、挑発に乗らないでよ。生け捕りなんですからね」
アグネスが言うと、剣士は不機嫌そうに笑った。
「わかってる。ちょっと火傷を負わせて鼻をへし折るだけだ。現実を突きつけてやれば、どうせすぐに泣き出す。泣いて命乞いをするさ。こいつにはそれがお似合いだ」
セレドニオは、剣を握る手に力をこめた。手にはめていた、ドラゴンの顔を思わせる鉄グローブが、ギシギシと軋んだ。
「お前に上級魔法なんてもったいない。最下級で十分だ。どうせお前は、これすらも防げやしない」
茜が、コケおろすように言い返した。
「なんでもいいからさっさと撃てよ、ノロマ」
セレドニオのこめかみに血管が浮き上がった。眉間にシワの谷ができた。侮辱を受けて癇癪を起こした。
「ホット・スラッシュ!!」
熱風の刃で、相手に軽症を負わせる下級魔法だ。直撃を受けると、焼いた鉄のムチで撃たれたような傷がつく。
セレドニオは、茜の顔が憎々しかった。だから、その顔を誰にも向けられなくなるように焼いてやろうと思って剣を振り上げた。ツバにセットされた魔導レンズが、剣を熱するために熱を集め始める。セレドニオは、茜の顔に照準をあわせた。
その時であった。セレドニオが、とつぜん爆発に飲み込まれた。高火力の爆竹の雨を浴びたように全身を鋭い光りが明滅した。彼は、黒い煙を吹き上げながら地面に倒れた。
アグネスが唖然とした。
「なに……これ……」
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