春加の運命

 さて、それから二日の間、茜の特訓は続いた。茜は晴加の身を案じ、すぐにでも戦いに挑むべきだとアレクサンドラに主張したが、四大魔導は「まだ早い」と返事するばかりで取り合ってくれなかった。

 その間、地球のあちこちで、魔導公安部隊の作戦は着々と進行していた。茜たちへの包囲網がどんどん張り巡らされていった。茜の通っていた高校にも、包囲網が敷かれた。

 全校生徒が講堂に集められて、朝礼が始まった。もうCランクの青装束は消え失せていた。元Cの生徒たちはもれなく誰かの子機になっていた。だから講堂は、Aランク生徒が着る貴族のような洗練されたデザイン制服と、Bランク者およびデバイズの子機でCから擬似的に解放されたCランク者が着る、ありふれたデザインの制服の二色に染まっていた。屋内は凍ったように静かだ。

 舞台で学校長が喋り出した。スピーカー越しの声は、いやに緊張している様子だった。

「本日は、魔導ポリス本部から重要な通達がありますので、全員しっかりと聞くように。では、よろしくお願いします」

 校長はそういって舞台からしりぞき、魔導ポリスの鎧をまとった兵士とバトンタッチした。その兵士は、通常の兵士が着る黒鎧と少しデザインの違う鎧をまとっていた。黒を基調としながらも、色んな場所に金色の装飾が散りばめられている。通常兵士よりもいくぶんか豪勢なつくりなので、ポリスのなかでも高い役職の兵士なのだろう。

 マイクに向かって、大きくて太い声が放たれた。スピーカーの声は少し割れていて、キーンというハウリング音がときどき聴講者の鼓膜をついた。

「諸君はまさか忘れてはいまい。以前、魔法少女という馬鹿げたキャラクターに扮装して、世界中の空を飛び回って違憲行為を繰り返したテロリストがいたことを。名はアレクサンドラ」

 彼はそういうと、首から下げていた魔導レンズを光らせて、天井いっぱいにアレクサンドラの顔を映し出した。

「こいつに協力した者は死刑になることは承知していると思う。だから、優秀でまじめな学生諸君がテロリストに加担するような事例は今まで一度も報告されていない。これはすばらしいことだ。ブラボーだ。

 しかし! 残念な報告がある。この学園の二人の生徒が、テロリストの手伝いをしていた事実が判明した」 

 天井に、茜と晴加の顔が追加されると、生徒たちがざわめいた。みながよく見知っている顔だからだ。

「俺知ってるぞ。超金持ちのお嬢様だったやつだよ」

「うそ! あのこが」

「ついに出たね……Cランクの反逆者が」 

 生徒たちはめいめいに、囁き交わした。

「静かに! いいか諸君、よく聞きたまえ。われわれ魔導ポリスでは、この事態を非常に重く受け止めている。そして、特別な措置をとることを決定した。それはどんな措置かと言うと」

 ここで兵士は不気味な間をあけた。彼は、生徒たちを震え上がらせてやろうとしているのだ。みなが固唾をのみ、続きを待った。

「連帯責任だ! 沙倉茜と佐藤晴加はこの学校の生徒だ。二人を処刑するのはもちろんだが、君たち全員も処刑する!」

 講堂が、しんと静まり返った。みな我が耳を疑った。やつは今一体何を言ったのだ? もう一度言ってくれと誰もが聞きたくなった。

 兵士がとつぜんレンズを天井に掲げた。すると、レンズが火を噴いた。炎は透明な風船に閉じ込められたみたいにまん丸の球体になって兵士の頭上に浮かんだ。生徒たちの顔が、赤一色に染められた。前方に並ぶ生徒たちは頬に恐ろしい熱を感じた。

「もう一度告げる。教員含めて全員死刑だ!」

 後方の生徒のひとりが、後じさりを始めた。それに釣られて、周囲も動き出した。しかし、振り向くと、そこには黒光りしている兵隊たちの壁が出来ていて、入口を塞いでいるのが見えて凍りついた。

「どこにも行けんぞ」

 ひとりの兵隊が脅しつけると、生徒たちは顔の色を失ってしまった。

「しかし!」

 スピーカーから巨大な声が飛び出したので、みな飛び上がった。舞台の上の炎がパッと消えた。

「諸君には執行猶予が与えられている。期限は一週間だ。もし一週間以内に二人の生徒が捕まればセーフだ。君たちの死刑は取り消される。逆に捕まらなかった場合は、残念な結果になる。つまり、君たちが生きながらえるためには一週間以内に沙倉茜と佐藤晴加を捕まえなければならないのだ。

 諸君、死にたいか? いいや死にたくないはずだ。だから協力するんだ。君たちの手で反逆者をつかまえるんだ。それ以外に君たちが生き延びる術はない。

 二人を見つけたらすぐに捕らえるんだ。多少のリンチを加えてもいい。ただし、沙倉茜は絶対に殺すな。彼女を殺すのはわれわれの仕事だからな。

 佐藤晴加はどうにでもしてくれていい。焼くなり、煮るなり、気の済むように痛めつけて、君たちで処刑すればいい」

 兵士はそれを告げると舞台から降りていった。同時に入口を塞いでいた兵隊の壁も端から順番に崩れていった。魔導ポリスは、禍々しい鎧の音を響かせながら撤退していった。

 講堂に集った全校生徒の心には、恐れと、反逆行為をした二人の学生に対する憎しみが吹き上がった。ふざけたことをしてくれた。あいつらのせいだ。あいつらはわれわれの敵だ! みなそう思い、肩を怒らせ、目を吊り上げ、歯ぎしりをした。拳を密かに握った。数百の憎悪が一塊になって、一斉に茜たちに向けられた。講堂の空気は、気化した鉛のように重く、毒々しかった。

 その日の深夜である。茜たちが通っていた教室に三人の影があった。二人は、アグネスと魔導剣士セレドニオで、もうひとりは晴加だった。晴加は縛られたままだ。

「ここがいいんじゃないかしら」

 アグネスは悪巧みするような顔で、教室の隅の掃除道具用のロッカーの前に立って、そう言った。

「掃除の時間に必ずここを開けるでしょ? 開けたら中から反逆者が出てきたらみんなビックリすると思うわ。おもしろいサプライズでしょ」

 セレドニオは、アグネスがあまり得意でないようだ。苦笑いを隠しながら、

「お前の好きにしろ」

 と突き放すように言った。

「フフフフ」

 アグネスはねちっこく笑うと、晴加をロッカーに押し込めた。晴加はしゃべれない口で、やめて、助けて、お願い、と呻いた。

 アグネスは、魔導レンズをとり出して、「キリング・パイル」を三度唱えた。女の手に三本の鉄の槍が出現した。槍といっても、竹串をロッカーの中のホウキみたいに太く長くしたような物体だ。

「これは、魔導界の処刑道具なの。火刑の道具。罪人を死なないように串刺しにして、丸焼きにするためのもの。とても残酷でエキサイティングな処刑ね。炙られると、肌がこんがりと焼けて、たくさんの脂が滴り落ちるの。焼肉の網の上の肉と同じよ。でも、安心しなさいな。今回は火刑のためにこれを用意したんじゃないから」

 ロッカーの中の晴加は、恐ろしさで目の焦点を失っていた。

「あなたは知らないと思うけど、今朝、この学校に魔導ポリスのお偉いさんが来て、全生徒教員にこんなことを告げたのよ。この学園から反逆者が出た。連帯責任で全員を処刑するって。でも慈悲深いポリスのお偉いさんは、みんなに助け舟を出したの。一週間以内に反逆者の二人、つまりアナタと茜ちゃんを捕まえれば処刑を取り消すって。茜ちゃんだけは殺しちゃいけないっていう条件付きでね。これってあなたにとってはどういう意味かしらね? フフフフ」

 アグネスは、三本の人間の身長よりも長い鉄串をロッカーに入れながら言った。

「生徒も先生も、みんな反逆者を恨んでいると思うわ。だって、みんなはアナタガタのせいで処刑台に立たされるんだから。でも、そうやすやすとは死刑を受け入れないでしょうね。死に物狂いで自らの死刑を回避しようと頑張るでしょうね。人間の生存本能は、地獄の閻魔大王様よりも冷酷よ。

 さて、明日の掃除の時間がくれば、生徒は必ずここをあけるわ。アナタを発見するでしょう。彼ら彼女らは、自分の命を危険にさらす元凶の反逆者と鉢合わせになるの。そして、申し合わせたように、人を殺すに最適な鉄の槍が一緒にロッカーに入っていることにも気づくのよ。

 さぁ、彼らは何を考えるでしょう。ポリスは茜ちゃんだけは殺しちゃいけないって言ってるのよ。あくまで茜ちゃんだけはね」

 アグネスは、顔を真っ赤にして笑いながら晴加に頬ずりをした。

「みんなは、あなたを助けてくれるかしら。こんなところに閉じ込められてかわいそうにと、アナタを縛るリボンを解いてくれるかしら。え?どう思う?

 ねぇ、もしかしたら、みんな目を釣り上げて、歯ぎしりをするかもしれない。憎悪の目でアナタを睨みつけるかもしれない。心に殺意を抱くかもしれない。そして、槍を握って、切っ先をアナタの心臓に向けるかもしれない。恨みごとを吐き散らすかもしれない。そして、ダッ!と走ってきて、心臓を一突きするかもしれないっ!」

 ねぇ、どう思う?と気味の悪い声で晴加に何度も何度も問うた。晴加は、もうあきらめたような目になっていた。自分と一緒にロッカーにもたれる鉄の槍が、実は生きていて、こっちに笑いかけているような気がした。

 アグネスはロッカーのドアを閉めた。そして、鍵をかけた。縛られた晴加の力では、自力で出ることはできない。仮に出たとしても、助かる見込みはなかろう。外にいるのは、魔導界に洗脳された者たちばかり。自分からギロチン台にあがるようなものだ。

 晴加は騒ぐことすらできなかった。とびら越しにアグネスが言った。

「大丈夫よ。茜ちゃんがあなたを見捨てることはないわ。彼女は必ずここへ来る。死ににやってくるのよ。フフフフフ」

 二人の魔導士が姿を消した。

 晴加はロッカーの中で絶望した。目の前の鉄槍が、何かを囁きかけてくるような恐ろしい妄想が続いた。晴加は地獄のような長い長い時間をロッカーの中であじわうことになった。もうそれ自体が、死刑のような苦しみであった。ロッカーはほとんど棺桶同然であった。

 掃除の時間は、明日の終礼の前だ。 


 翌日。魔導界が茜抹殺作戦を本格始動させた。

 茜たちは、相変わらず山奥の小屋で魔法の基礎訓練に励んでいた。その頃には、茜は風で自分の体を高くジャンプさせることができるまでに成長していた。

 アレクサンドラは、さまざま風魔法を茜に見せた。茜はそれを集中して観察し、真似をして、脳内イメージの肥やしにした。茜の脳に、どんどんと弾丸の種が装填されていったのだ。

 それから、四大魔導は茜に素敵な衣装をプレゼントしていた。茜の赤毛によく似合う魔導士然とした服だ。

 髪色とお揃いの茜色のミニドレス。カフスは金の刺繍で飾られていて、黒いロングブーツを履き、白のロングソックスが、艶かしい太ももをガードしている。ドレスと同色のマントには金ボタンがついていて、裾には金色の小さな飾りが可憐に揺れている。

 朝になり昼に近づいた。その頃にはもうとっくに学校が始業していた。

 教室を生徒が埋め尽くしている。教室の隅のロッカーの中で、晴加は息を殺していた。ロッカーのドアには、目の高さのところにかすかな横向きの隙間があって、外の様子がおぼろげに見える。生徒の後ろ姿が、線になって見えた。

「助けて!」と叫びたかった。みんなが味方だと信じたかった。しかしそれは違う。かつての同士は、いまは全員が死刑執行人なのだ。

「私を発見すれば、すぐに目の前の槍を手にするだろう」

 そう考えると恐ろしくなって、黙って耐えるしかない。耐えたところで何の望みもないが、耐えるしか思いつかなかった。

 時間は過ぎ、最終授業が始まって随分と経った。晴加にとっては、途方もなく長いようで、光速のように短くもあった。顔のすぐ横には恐ろしい槍の切っ先が笑っている。終礼まで、もうほとんど時間がない。

 晴加がロッカーで失神しかけている頃、山小屋の茜とアレクサンドラは、小休憩をとっていた。

「ねぇ。晴加はまだ大丈夫だよね?」

 タオルで顔の汗を拭いながら茜がたずねた。

「彼女が死ぬのは君が負けたときだ」 

 まだ戦ってすらいないから、遠まわしに無事だと言ってくれている。少し安心した。だが、その戦いの時が、今まさに訪れようとしていることには気付かなかった。一方のアレクサンドラは、時期の到来を察していたようだ。

 アレクサンドラは、いきなり茜に飛びついた。そして、転送魔法で小屋の外に瞬間移動した。茜は瞬間移動の直前に、真っ赤な強い光を見たような気がした。

 小屋は大破し、天空に吹き上げられ、灰になって散った。小屋の外からその光景を目の当たりにした茜は、小屋が火山の噴火口の真上に建てられていたのかと錯覚した。地面から吹き上がる炎は、火力発電所の巨大タンクほどの太さがあった。雲に届くかと思われるほどの高さがあった。迸る炎に目はくらみ、まるで夜のように周囲を暗く感じた。轟く爆音は、いつまでもいつまでも空をグルグルと回り続けた。

 茜は、原子爆弾の投下を見たような気がして、唖然とした。想像を絶する光景に、恐怖すらも起きなかった。

「やっときたか」

 つぶやいたアレクサンドラは、蚊に刺されたほどもビビっていない。さすが四大魔導。

 茜とアレクサンドラのもとに、五人の者が近づいてきた。アグネスをはじめとした魔導公安部隊の精鋭たちだった。

「もっと静かにあいさつができないのか」

 アレクサンドラがセレドニオにいった。その魔導剣士は、不死鳥をそのまま剣にしたような大剣を握っていた。剣は、たった今マグマの中から取り出したばかりかと疑われるほど、赤く光りメラメラと熱気を放っている。今さっきの小屋の爆破は、おそらくこの剣士の仕業だろう。剣のツバに魔導レンズがハマっているので、レンズを装備した剣で魔法攻撃をしたに違いない。それにしても、なんという威力だ。

「俺は反対したが、これぐらいやらないと四大魔導に失礼だと、アグネスがしつこく言うからしかたなくやった」

 セレドニオがいうと、アレクサンドラが言った。

「私たちの居場所は、オセロによってとっくにバレていることは知っている。だから、いつくるかとずっと待っていたが、意外と遅かったな」

 アグネスが指で唇を撫でながら言った。彼女の唇は厚く、グミのように柔軟だ。

「四大魔導さまをもてなすのですから、それなりの準備が必要だったのですよ」

 赤黒い毒々しいドレスの女は、茜の方をジロリと見た。

「この子がアレクさんが育成してる魔法少女さん? まぁ、なんて可愛いんでしょうね」 

 アグネスは、笑ったままビデオを止めたみたいに固まった。茜は身構えた。何か仕掛けてきそうな気配を感じたからだ。その勘は正しかった。アグネスは、口をモグモグと動かしたあと、唇の間から針の切っ先をニョキッと突き出した。彼女は、最初から口内に針を忍ばせていた。それを、茜の首筋に向かって勢いよく吹き出した。針の吹き矢だ。

 茜はすでに魔導レンズの準備をしていた。針に向かってレンズを構え「スクリュー・ブロウ」と叫んだ。小さな竜巻が盾となり針を食い止めた。間髪入れずに、

「飛べ!」

 茜はアグネスに向かって針を飛ばし返した。針はアグネスの白い肩に刺さった。

 茜は冷汗を流しながらも、得意顔になった。ヒヨっ子だと思って舐めるんじゃないと心でつぶやいた。

 だが、不思議だ。どうしてアグネスは何の抵抗もしなかったのだろうか。茜が跳ね返した針は、容易くよけられるほど低威力だった。

 アグネスは針を引き抜いて、ついていた血を舐めた。そして、嬉しそうにいった。

「なるほど。ヒヨっ子ちゃんの色種は風なのね。教えてくれてありがとう」 

「四大魔導ともあろう魔導士が、こんな初歩的なことも教えていないなんてちょっと意外だな。手の内をこんな簡単に晒してしまうなんて、お粗末にもほどがある」

 セレドニオが見下すように言った。

 相手の攻撃を跳ね返して得意げになっていた茜は、背筋が凍った。さっきのアグネスの攻撃は、こちらの色種を暴露させるためのワナだったのだ。驚く程簡単に引っかかってしまった。格の違いを突きつけられて、膝を落としそうになった。

 一方のアレクサンドラは余裕がありそうだ。

「ビギナーの段階から駆け引きを考える奴は底が知れてる。王者は駆け引きなんかしない」

 色種がバレても屁とも思っていないようだ。

「正論だな。だが、非現実的な正論は勝てない」セレドニオが言うと、 

「同感」アグネスが続けた。「きっと茜ちゃんは死ぬわ。ウフフフフ」

 アレクサンドラがため息をついた。

「無駄話は終わろう。で? どんなおもてなしを準備してくれたんだ?」

 フフフフフ。アグネスが笑った。

「晴加ちゃんが危ないの。助けてあげてくれない?」

 茜の心臓がドキンと跳ねた。歯を食いしばってアグネスを睨みつけた。

「晴加は今どこにいるの?」

「学校よ。アナタガタが通っていた思い出の教室」

 茜はいますぐにでも駆け出したくなった。しかし、おもてなしの内容をよく聞いてからじゃないとダメだ。ハヤる気持ちを抑えた。

「今、晴加ちゃんは、例えて言うなら、生きたまま棺桶に入って霊柩車で運ばれている状態。あと数十分で火葬場に到着よ」

 命のカウントダウンが始まっていることだけはよくわかった。

 その時、誰かの足音が聞こえてきた。山道を誰かがこちらに向かって登ってくる。

 少女だった。アレクサンドラが少女と目を合わせた。その瞬間、ずっとクールに振舞っていた彼女の目に、刹那、動揺の色が生じた。それを見た魔導士たちは、目を合わせ、ニンマリとした。

 少女は金髪のおかっぱ頭で、肌は真っ白で、頬には褐色のそばかすが目立っていた。少女がそばまでくると、アグネスが少女の肩に手を添えて言った。

「紹介するわ。この子の名前はマリアンヌちゃん。十五歳よ。とっても魔法が上手なの」

 アレクサンドラはうつむいて歯ぎしりを始めた。アグネスはマリアンヌにむかって言った。

「こっちにいるのは、四大魔導っていうとっても偉い魔導士のアレクサンドラ大先生よ」

 マリアンヌはコックリとうなずいて言った。

「はい。知っています。アレクさんは私の先生だったから」

 少女はアレクサンドラの前にでた。

「お久しぶりです。先生」

 彼女が純粋な笑顔でそう言うと、アレクサンドラが低く不機嫌な声で言った。

「マリアンヌがここに来たということは、ゲオルクの軍事研究が完成したということか?」

 彼女は、マリアンヌのあいさつを無視して、魔導士たちにたずねているようだった。アグネスが皮肉っぽい口調でからかった。

「アナタのかわいい元生徒がせっかくあいさつしているのに無視ですか? 何て無作法なんでしょう」

 アレクサンドラが、癇癪を起こしたかのように「フローズン・ブラスト」を唱えて、無数の氷の矢をマリアンヌと魔導士たちに放った。雨のようだった。しかし、その魔法は少し変だった。四大魔導らしからぬ、下手くそな打ち方だったのだ。

 矢は周辺の木々に刺さったり、魔導士たちのはるか手前の地面に刺さったりして、ほとんどが大きく的を外れた。相手の魔導士たちに届いたのは一本づつだけだった。一人に一本づつの矢しか届いていなかったのだ。しかも、その矢は途中でひとりでに砕けてしまった。魔導士たちがそれぞれレンズを構えて、矢を撃ち落とそうしたが、その必要すらなく、レンズのはるか手前で矢は自爆したように粉砕され、氷のパウダーだけが、キラキラ、キラキラとマリアンヌと魔導士たちに降りかかるだけだった。 

 実に不可解な魔法だった。読者に思い出して欲しい。アレクサンドラは、教会で茜を救出する直前に戦った魔導ポリス兵にむかってこう言った。

「たとえ魔法が下級でも、使い手のレベルで魔法の形態が変わる」

 使い手が強ければ、魔法はよりシュアにハードに相手を撃つという意味だ。なのに、アレクサンドラのフローズン・ブラストはどうだ。むしろ魔法を弱体化させてしまってはいないか?

 彼女は、それほど乱心しているのか? 魔法を失敗してしまうほど心を乱しているのか? 彼女にとってマリアンヌとはそれほどの存在だというのか? 

 こんな状態で戦えば、アレクサンドラの勝利は危うい。四大魔導アレクサンドラは、もしかしたら、ここで破れてしまうのではなかろうか?

 もし乱心でないとするなら、今さっきの不発魔法には、何か別の目的が隠されていなければならない。わざと失敗に見える魔法をつかった何らかの意味があるはずだ。真相を知るのはアレクサンドラのみだ。

 アグネスは、アレクサンドラの不発魔法を乱心と捉えたようで、嬉しそうにしながらいった。

「こんな場所でバトルをしても華がありませんでしょ? おもてなし会場に向かいましょうか。場所は、晴加ちゃんがいる学校よ」

 彼女はそう言うと、転送魔法で姿を消した。他の魔導士もマリアンヌも次々に姿を消していった。

 アレクサンドラも、学校へ転送移動するために、茜の肩に手を置いた。移動の直前、急ぎ口調でこんなことを話した。

「集中してよく聞け。やつらはマリアンヌと君の友人を使って私たちを分断させる気だ。だから向こうではきっと一緒には戦えない。君を守ってやれない。おそらく君はさっきのやつらのうち、最低でも二人と同時に戦うことになる」

 茜は顔が青ざめた。無謀だ。小屋を破壊した魔導剣士の火炎魔法の破壊力をみれば、太刀打ちできる相手じゃないことは明白。あんな魔法の直撃を受けたら、骨すらも残らないのだ。そのうえ二対一なんて馬鹿げてる。

「相手の魔導レンズを破壊しろ」

「そんなこと……私にできるの?」 

「できる。そのために私はやつらにあるトリックを仕掛けた。いいか、実はさっきのフローズン・ブラストだが」

 アレクサンドラは周囲に誰もいないのに、わざわざ耳打ちで続きを話した。内容を聞き取ると、茜は驚いた。そしてすぐに、目に光りが兆した。

「やれる!」

 そんな期待が茜の胸に沸き起こった。

 アレクサンドラの耳打ちの内容は、一体どんなものだったのであろうか? それは、これから始まる戦いの最中にわかる。

 その後、二人は学校へ転送移送した。みなが集まった先は学校の講堂だった。到着するやいなや、茜たちは驚かされた。だだっ広い講堂の中央に、十二脚のパイプ椅子が横一列に並んでいて、生徒やら教員やらが座っていた。彼、彼女らはみな椅子に縛り付けられていて、大声を出せないように猿轡もはめられていた。みな怯えながら、うーうーとうめき声をあげて命乞いをしていた。

 整列させられた教員生徒たちの前に、魔導士一行が立ちはだかった。アグネスが話し始めた。

「アレクさん。アナタ、イレギュラーズの噂を聞いたことがお有りでして?」

 アレクサンドラが、アグネスをキッと睨んだ。赤黒いドレスの性悪女は続ける。

「失礼しました。今のは愚問ですわね。だって、あなたがイレギュラーズを知らないわけがないんだから。なにせ、この軍事兵器研究が、アナタを反逆者にしてしまう主要な原因だったのですからね。

 アナタが魔導界を去ったあともこの研究はずっと続けられたんですよ。そして、いよいよ、第一号機が完成したんです。今日は、そのお披露目会をしようかと思いまして、こんな舞台を用意したんでございます」

 アグネスが、縛られた十二人を手で示した。新開発の自動車を紹介するコンパニオンのような身振りだった。

「いまからマリアンヌちゃんに、すっごい魔法を披露してもらいます!」

 アグネスが声を上げたちょうどその時だった。校内にチャイムが鳴り響いた。最終授業が終わったのだ。

「あら! 大変!」

 アグネスのわざとらしい声。「茜ちゃん、一大事よ。早く教室に行ってあげないと、アナタの親友が突き殺されちゃう!」

 まだ鳴り続いているチャイムの音が、死人の冥福を祈る弔鐘に聞こえた。茜の心臓が早鐘を打った。

「どういう意味?」

 茜が問うと、アレクサンドラが「いいから早くいけ」と促した。四大魔導の言うとおりだ。いますぐいかないと晴加が危ない。茜は、ひとりで教室に駆け出した。

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