魔道士見習い
「まずは呪いの解除だ。これをやらないとはじまらない」
茜は集中した。直前の壮絶な経験で体は疲労しているはずなのに、そんな重荷はどこかへ吹き飛んでいるようであった。茜は本気なのだ。
「呪いは、仕組まれたバイパスによって形成されている。例えるなら河川工事のようなものだ。何者かの都合で、思考回路の河川工事をされた状態なんだ」
「じゃあ、本来のルートをもう一度作り直せばいいのね?」
「違う。もともとルートはあったんだ。だから作り直す必要なんてない。肝心なのは、無茶な工事で無理やりつくった分かれ道を埋めてしまうことだ。そうすれば、勝手にナチュラルに流れ始める。ナチュラルな流れを思い出す」
「方法は?」
「杖の先のレンズを胸に当てて目をつぶれ」
茜は言われた通りにした。だが、すぐには不思議な現象が起きることはなかった。球体のレンズは無色透明のままだんまりしている。
「君の血は何色だ?」
アレクサンドラが問うた。
「血? 血ってみんな赤いんじゃないの」
「なぜわかる?」
「なぜって見たことがあるからよ」
「そうだ、色は見た時に初めてわかる。網膜に映してこそわかる。さて、今のは物理的な色の話だったが、つぎに、心の話に移ろう。魔法を使うには、心の網膜を使う必要がある」
「心の網膜?」
茜の眉間にかすかにシワがよった。ちょっと難解な話になってきたからだ。心に網膜なんてあるのか?
「人間には多種多様な才覚があるだろ? 絵を書くのが上手だったり、おしゃべりが好きだったり、料理が得意だったり、力自慢だったり。
魔法にも、そういった才覚の種類があって、われわれはそれを『色種』と呼んでいる。色種は、魔法のベクトルを決める。属性のようなものだ。そして、自分の色種がわかっていないと魔法は発動しない。だから、色種を認識するための心の網膜が必要なんだ」
「どうやればいいの?」
「感じるんだ。自分の魂の歴史を感じるんだ」
「魂の歴史? そんなのどうやって感じろっていうの? 私達には生まれてからあとの記憶しかないのよ」
「そうだ、その記憶にヒントがある。なぜ人間はコメやパンを食べる? なぜ肉を食べる?」
「え?……そんなの考えたことない。美味しいから食べるのよ」
「ハハ、いい調子だ。じゃあ、どうして美味しいと感じるんだ?」
「そんなの知らないわ。美味しいから美味しいのよ」
「そうだ。その通りだ。人間は、何かを科学的に説明できれば、物事を理解したような気になる。しかし、われわれの判断の根源は実に非科学的なものだ。美味しいから美味しい、好きだから好き、苦手だから苦手、その程度のものだ。
しかし、好きや苦手や美味しいは、科学的に説明できないからといって理由がないわけではない。ちゃんと理由がある。われわれの生命の長い長い歴史の中で、色んなものを食べ、色んなものに触れ、幸せになっては不幸になってと、さまざまな膨大な経験の蓄積によって必然的に出来上がった感覚なんだ。笑顔と涙の集積なんだ。だから、好きはその人間の魂の歴史なんだ。君の好きは君の歴史なんだ。色種もそうやって形成される。魂の歴史の中で必然的に浮かび上がってくる色なんだ。
しかし、魔導界は、ここに呪いをかけたんだ。
魂の歴史からくる感覚を封じ込めて、生まれてから頭脳に詰め込んだ知識によってものを判断するようにしたんだ。つまり、これが思考回路の河川工事だ。
この呪いをかけられてから地球人は、魂の好きなものを嫌いとか汚れてると言って忌み嫌うようになり、魂が嫌いなものを好きや清潔というようになってしまった。
そうなってしまっては、自分の色種など見えてくるはずがない。地球人は、自分に対して盲目になったんだ。だから、魔法を使えない。
この呪いを解くには、頭のスイッチを少しだけ切って、心で魂の歴史を感じることが大切だ。魂の歴史とは『好き』だ。君の好きを感じるんだ。ずっと頭で否定してきた本当の好きを感じるんだ。それが君の魔法の色種だ!」
茜は、一生懸命にそれをやろうとした。しかし、すぐにはうまくいかなかった。色種を感じようとして目を閉じて集中すると、巨大なお化けのような黒い影が出てきて襲いかかってきた。怖くて逃げてしまった。やり直したら、今度は死神が出てきて、大鎌で首を飛ばされてしまった。生首の瞳から自分の首なしの胴体が見えて、泣き叫んだ。またやり直したら、槍の刃のようなツノを生やしたデーモンが出てきて、茜の右手を食べた。左手を食いちぎった。右あしを失った。左も無くなっていた。最後に、暗黒洞窟の入口みたいな大きな口が迫ってきて、五寸釘を百倍にしたような牙の林に、頭蓋を噛み砕かれて、むしゃむしゃゴクンとやられた。
それでも茜は何度もやり直した。すると、今度は魔界の樹海のような場所に飛ばされた。木々は黒く、草木は気味の悪い緑色で、空はゾンビの血液みたいな紫色だった。とつぜんカクンと膝が折れたような感覚になった。でも膝が折れたのではなかった。泥沼にはまり、足首が沈んでしまっていたのだ。ゆっくりとズブズブと体が沈んでいく。茜は慌てて足をあげようとした。しかし、うまくいかなかった。なぜだかわからないが、足は鎖で縛られたみたいに重かった。不思議だった。沼は柔らかい泥にみえるのに、勢いよく引き上げようとすると、鉄のように固くなるのだ。
もたもたしてると、体がみるみる沈んでいって、沼の表面はもう腰の辺りまできていた。足はまったく動かない。鎖でぐるぐる巻きにされているようだ。焦りが出てきた。生き埋めになるのが怖くなってきた。手で泥を触ってみた。とても柔らかかった。なのに、足を引き上げようと力を込めると鉄のように固まってしまうのだ。
泥がみぞおちまできた。泥に手をついて体を持ち上げようと力を入れると、体は持ち上がらずに、手だけがズブリと沼に沈みこんだ。慌てて引き抜こうとすると、今度は手まで動かせなくなった。簡単に沈むのに、まったく上がれない。沈むときはマシュマロのようにやわらかいのに、上がろうとすると鉄のように固まる。
おそろしい泥はもう首のところにきた。顎が隠れた。茜の美しい顔が恐怖に歪んだ。口が隠れた。必死で呼吸をする大きく膨らんだ鼻も塞がれた。恐怖に染まった瞳が泥に沈んだ。髪の毛が、少しづつ、少しづつ、飲まれていった。
泥の表面にしばらくブクッ、ブクッと泡が立ったが、やがて、沼の表面は、氷が張ったようになめらかになった。
恐ろしさのために、茜はガバッと目を覚ました。いま見た光景はすべて幻影だった。
「怖いだろ。一度見失った色種を取り戻す道は簡単じゃない。本を読んだぐらいでは、人の話を聞いたぐらいでは無理だ。繰り返せ。感じることを諦めず、繰り返すんだ」
茜はふたたび目を閉じた。また悪魔がウヨウヨと目の前に現れた。針のようなまつげが生えた目玉お化け。二本足で歩く巨大針ねずみ。屍の大地から這い出してくる皮膚の腐ったゾンビ。大観覧車ほどの背丈がある黒い狼。大空襲の戦闘機のように空を飛び回る巨大カラスの怪物。
どれもこれも、目は血のように真っ赤で、ギャーギャーと死を咆哮する。おそろしい地獄世界。
「茜、すべて妄想だ。しかし、それがわかっても怖いだろ。それでいい。怖くていい。震えてもいい。悩んでも、くじけても、折れてしまっても、時にはふてくされても。それが人間。それが人生。それが道だ。それが、もともとあったナチュラルな流れだ。恐れがあるのが自然なんだ。
恐れから逃げて現実に引き返したところで、何が待っている? 人生を諦めた落伍者たちとの馴れ合いだ。足の引っ張り合いだ。意気地なしどものマウティングだ。見よ! 新世界憲法にあぐらをかくAランク者たちを。自分たちは部外者だと傍観者になったBランクの者たちを。苦しさに打ち負けて、デバイズの子機になったCランク者たちを。みな、かつての翼を忘れ、ちっぽけなピラミッドの中で、王様と奴隷の劇を演じている。幻の劇を演じている。
翼を思い出した者だけが、窮屈な鳥カゴから脱出できる。餌を待つだけの飛べない奴隷鳥を卒業できる。
大空には天敵がいる。怖い。狭いカゴの中が安全だ。しかし、人間はみな、大空を忘れ切ることができない。大空が恋しくて懐かしいんだ。
茜、決めろ! どっちだ? 天敵がいるが果てしなく広がる無限の大空。安全だが結局は孤独な鳥かごの中。お前は、その命を、どちらに賭ける!」
茜に迷いはなかった。
父と母の顔が脳裏に浮かんだ。ふたりとも笑顔だった。死は悲しい。だけど、かっこいい死は人に勇気をあたえる。生きて口先で勇気を語る人間なんかよりも、もっともっと強烈なエネルギーだ。
彼女は父と母は救えなかった。力がなかった。でも、晴加まで失いたくない。失ってはいけない。
だから、彼女に、もう迷いなんてなかった。
「私は、私の大空を飛ぶ!」
叫ぶと、胸に当てた黄金の杖がカーッ!と光った。茜の心の中にも、ものすごい光が広がった。化物が、悲鳴を合唱した。ギャーと叫びながら、切断され、細々にされ、ミンチになって蒸発した。眩しい光の中に、エメラルドグリーンの宝石の若葉が見えた。杖の先の球体レンズが、同じ色で光った。
「それが君の色種だ。緑、それは若葉の色。命の色。その命を運ぶ風の色だ」
茜は目を開いた。命の色で輝くレンズを見つめた。全身の血液が温かく感じた。なめらかに感じた。滞っていたものが流れはじめる感覚が体の隅々に広がりはじめた。もう、呪いなんてない。これからが本当のスタートだ。そんな気がした。
アレクサンドラも、茜が呪いに打ち勝ったと悟った。
「では、次は魔法の習得だ。時間がないから、懇切丁寧なチュートリアルはできない。魔法のメカニズムを簡単に言うぞ」
アレクサンドラは懐から金の輪っかにはまったレンズを取り出した。それを茜に渡して、杖と交換した。
「それは魔導レンズだ。銃で例えるなら銃身みたいなものだ。だから弾を込めなければならない」
「何が弾になるの?」
「脳内イメージだ。脳の中で生み出したイメージが弾丸になる」
「脳の中で絵を描くということ?」
「そうだ。絵を書くにも手本がいるだろ」
アレクサンドラは、部屋に転がっていた二本の棒きれを床の上に立てて並べた。床に二本の棒きれが立った。
「技は見て盗めだ。よく見てろ。焦げるぐらい目に焼き付けろ」
アレクサンドラは、自分のレンズを取り出して棒の一本に狙いを定めた。眼光が鋭く光った。
「スクリュー・ブロウ!」
小さな竜巻が出現した。軽い棒きれは、透明な洗濯機に回されたみたいに宙を踊った。
魔法を肉眼で見せられた茜はあらためて驚いた。魔法が起こす風が、たしかに肌に感じられる。棒きれが風を切っている音も聞こえる。すごい……。
圧倒された分、この光景が、茜の脳裏にはっきりと焼きついて残像になった。茜は「次はお前の番だ」と言われるまでもなく、真似を始めた。
アレクサンドラのようにレンズを構え、立っている棒きれに標準を合わせた。レンズの屈折で、向こう側が丸みを帯びて見える。まるで、戦闘機のコックピットから敵を狙っているようでワクワクした。ミサイル発射のレバーを握っているような興奮が沸き起こった。
「レンズの視界の中に、さっきの残像のイメージを重ね合わせろ。そして、風をイメージしろ。棒きれが宙を回転するのをイメージしろ」
茜は頑張った。懸命に脳の中に絵を描いた。映像を再生させた。そして、その映像を、レンズの中の景色に重ねようとした。だんだんとレンズの中の棒きれが揺れだした。
「いける!」
茜は思った。だから叫んだ。
「スクリュー・ブロウ!」
茜は一瞬、全身に大きな水圧のようなもの感じた。そして、気が付けば、レンズの中で棒きれが踊っていた。頬に風を感じていた。体中に、寛喜の電流が流れた。
「あぁ、できた」
風は、アレクサンドラのように安定せず、乱れ、強さも不安定だった。棒きれの空中ダンスは、まだまだ下手くそだった。
茜はまだ満足しなかった。
「飛べ!」
と叫んだ。すると、棒きれが部屋の隅に勢いよく吹っ飛び、壁に突き刺さった。それを見たアレクサンドラは、一瞬の驚きを顔に出した。すぐにニヤリと笑った。
「そうだ。それでいい。ただの真似で終わってはいけない。真似でパターンを吸収し、そこに自分好みの味を付ける。すると、既存の魔法にオリジナリティーが生まれる。真似だけの魔法では既視感がある。相手に簡単に見切られる。だが、自分の味付けがあれば、相手の読みをはずし、懐に刃を突き立てることができる。真似から始まり、オリジナルに昇華させる。それを積んでいけば、すげー魔導士になる」
茜は、嬉しさからくる高揚感と、これから出くわすであろう強敵に対する恐れとで、息が震えていた。武者震いとはこれのことを言うのかもしれない。
とにかく、やることは決まっている。晴加を助けるんだ。
「ねぇ、もっと強い魔法を使えないの? 今のじゃきっと歯が立たないわ」
「焦るな。基本からだ。君の色種は緑。つまり属性は風魔法だ。風のイロハを教える。茜、なぜ風は起きる?」
「えっと……」
「空気は生きているからだ。生きて踊りたがっているからだ。だから踊らせてやればいい」
表現が抽象的過ぎて、戸惑った。
「生き物には心臓がある。心臓の筋肉は伸びたり縮んだりする。つまり生きるとは伸縮することだ。だから空気も伸縮するんだ。そして、生き物は元気よく走る。空気もアスリートの脚を持っている。空気を自由に伸縮させて走り回らせるのが風魔法だ」
アレクサンドラは、床に転がる棒きれに向かって「エアロ・ザ・リッパー」を唱えた。棒きれは、透明人間の剣豪集団に辻斬りされたようにスパスパスパッ!とスライスされた。
「空気を極限まで圧縮して真空の刃に鍛え上げ、回転させて旋回力をつけて放つ。空気を圧縮して疾走させれば上級風魔法エアロ・ザ・リッパーの完成だ。だが、これはまだ君には早い。試しにやってみろ」
茜はやってみた。残酷な魔法だが、晴加を助けるためなら躊躇する心を振り払えた。レンズを構え、棒きれに集中する。
「エアロ・ザ………」
茜は心臓を巨人に踏み潰されような感覚に襲われて、魔法の詠唱を止めた。手で胸を抑える茜は冷や汗まみれだ。
「魔法の引き金をひく瞬間、水圧のようなものを感じるだろ? それは反導圧とよばれる、いわば反作用の力だ。前に押せば後ろに押し返されるのと同じ原理だ。君はまだ反導圧に耐えるだけの体が出来上がっていない。身の丈にあった魔法を積み重ねて、慣れていくしかない。焦りは禁物だ」
おそろしい反導圧の力によって、焦りは禁物という言葉の意味を思い知った。やはり地道にやっていくしかない。力の法則を理解しないのは愚か者の証だ。
「まずは、空気の伸縮から練習だ」
そこから数時間、基礎訓練が始まった。茜にはいい素質があったようで、要領をすぐに掴みとり、細い木の枝ぐらいなら、空気の力でぺしゃんこにしたり、破裂させたり、ブーメランにして遊べるぐらいになった。
まだヒヨっ子だが、目には光が満ち満ちていた。
場所は変わって、オセロタワー内部の魔導ポリス本部。本部内の一室に、魔導公安部隊の臨時作戦本部が設置されていた。アレクサンドラに対抗するための五人の魔導士があつまっている。壁や床はコンクリートなのか鉄板なのかわからない灰色のツヤツヤした素材で出来ていた。傷ひとつなく、表面は非常に美しい。天井には、小ぶりの黄金のシャンデリアの花が九つ咲いていて、部屋は明るい。床には赤い派手な絨毯。
魔導公安部隊の長・ゲオルク上級議員が、プレジデントチェアに腰掛けていて、五人の魔導士たちもそれぞれ立派なシングルソファに腰掛けている。みな、向かい合うように座っていた。
その内のひとり、赤と黒の毒々しい魔女ドレスを来た女は、膝に晴加を座らせて、抱っこしていた。女の顔は美しく、しかし、見ているとなぜか背筋が凍りそうになる。名はアグネス。
晴加は黙刑用の赤リボンで体中をキツく縛られていた。アグネスの悪い趣味なのか、晴加の胸元には大きな蝶の結び目があって、プレゼント用のリボンのようになっている。晴加が贈答品みたいに見える。さらに、口元を縛る真っ赤なリボンに黒い字で「DEATH」と書かれていた。晴加は怯えながら泣いていた。
魔女服のアグネスが、恋するような目で晴加に囁いた。
「アナタ綺麗ね。いますぐ殺したいわ。フフフ」
女は晴加の頬にキスをした。晴加の恐怖は倍増した。
ゲオルクが、本題について話し始めた。
「問題は、沙倉茜が覚醒魔導士になるかどうかだ。大抵の地球人なら怯えて逃げるだろう。果たして彼女はどうだろうか」
不死鳥の化身のような巨大剣をかつぐ魔導剣士・セレドニオが発言した。
「彼女は、地球のジパングという国家の民だ。ジパングにはヤマトスピリットという思想があるらしく、つい最近起きた大戦に敗北しても、その思想は魂の深くに消えずに残ってときどき疼くらしい。きっと彼女の心にも残っているだろう。だから、歯向かってくると私は考える」
「同感だ」
同調したのは天使の翼がはためく杖をもつ聖魔導士のダーター。彼は中老の骨ばった顔の男性。金縁の白いマントの生地は固めでカッチリしたシルエットをつくっている。面長のダーターによく似合っていた。
他の、魔導召喚士、暗黒魔導士も、口々に同意を述べた。
「アグネスはどうだ?」
ゲオルクがたずねた。彼女は口の中で太い針を飴玉のように舐め回していたが、それを唇の間からスーッと突き出して、晴加の首すじに突きつけた。針の感触に気づいた晴加は、恐ろしくて、メス山羊のような悲鳴をあげた。
「この晴加ちゃんは見かけによらずガッツがありますでしょ? 茜ちゃんを裏切りかけたけど、最後は絆を守った。実に美しい人。類は友を呼びます。茜ちゃんもきっとガッツのある子ですわよ。美しく抵抗してくるはず」
アグネスは、晴加の首に針を突きつけながら、目だけをギョロッとゲオルクに向けて答えた。幽霊女じみた目つきだった。
「そうか。やはりみなそう感じるか」ゲオルクはつぶやいた。
魔導剣士セレドニオが言った。「むろん、覚醒していきなり無敵になることはないでしょう。だから早めに始末したほうがいい」
「ああ、だが、やっかいなのはアレクサンドラだ。覚醒した沙倉茜が育つまでは彼女がボディーガードも務めるだろう」とゲオルク。
アグネスがまた口のなかで針を舐め回しながら言った。
「ゲオルク上級議員、実用試験を兼ねてイレギュラーズのマリアンヌちゃんを投入してみてはいかがです。噂では、マリアンヌちゃんとアレクさんって、ちょっとした因縁があるんでしょ。お涙頂戴の因縁が」
ゲオルクは、無言でアグネスを見た。残酷な人間をみるような目だった。
「そんな目で、見ないで下さいませんか? 残忍さではわたし、あなたに勝つ自信はありませんからね。
マリアンヌちゃんと晴加ちゃんを使えば、沙倉茜と鉄壁の盾であるアレクさんを引き離せますわ。二人が離れている隙なら、生まれたての赤ん坊を殺るぐらい簡単ですわね」
ゲオルクは腕組をした。何かためらっているようだ。
その後、しばらくの時間会議は続けられ、結局、アグネスの案が採用されることになった。
リンゴの果肉と汁を分ける奇形転送魔法の使い手、マリアンヌ。彼女のあの魔法を人間に向けて使えばどうなるか? 考えるだけで恐ろしい。
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