敵方の裏切り者
その日、魔導界では、オセロ計画の進捗状況の報告会が、魔導議事堂で開かれていた。
中央会議室の天井にはシャンデリアの花が咲き、壁にも千の立体の花が風にそよいでいる。テーブルには、上級、中級、下級の魔導議員が勢ぞろいしていた。
下級議員のひとりが、地球の近況を報告した。
「Aランク者の暴走が始まっているようです。世界各国で下位ランク者に対する殺傷事件が急増しています。Cは孤立し、自殺者も順調に増加しています。
様子を見るかぎりでは、地球人は徐々にですが現実を受け入れ始めているように見て取れます。反逆暴動は各所で起きてはいますが、十分に抑制できていますし、勢いは下火になってきています。このまま監視と弾圧を続ければ、予定通りの時期に、オセロ計画をステージ2にシフトできるでしょう。以上です」
報告の議員が着席すると、面長色白のエルマー議員がしゃべった。
「Aランク者だけで構成した新政権の樹立を急ぎましょう。
無能がストレスフリーで、有能がオーバーストレス。そういう空気ができあがれば、そのコミュニティーはちゃんと腐敗します。人から血を吸わねば生きていけない卑劣漢の笑い声を天下に響かせるのです。地球の成長を抑制するためには、地球をそういう空気にしてしまうのが一番いい。これがオセロ計画の目的。
無能者ぞろいのAランク者にどんどん蜜を吸わせて砂糖漬けにするのです。そして、有能なCランク者をどんどんイジメさせるのです。そういう社会構造が完成すれば、地球人の監視と抑制の効率は格段に向上します」
立派な白髭のフリッツ最上級議員が続いて言った。
「エルマー議員の言った通りだ。ジェミネーターがアレクサンドラの手に渡った以上、地球人が瞬く間に魔法覚醒する恐れがある。そうなっては、われわれの世界が危機にさらされる。その災厄を払いのけるためには、地球人を成長しないコミュニティーにしてしまう必要がある。そして、魔法を悪者扱いするメンタリティーを植え付ける必要がある。
『種』と『日光』があっても健全な『大地』がなければ芽はでない。地球人には種がある。ジェミネーターは日光となりうる。だからこそ、残る要素の『大地』を根こそぎ腐らせておかねばならない。
オセロ計画に、容赦があってはならない。心を鬼にして取り組もう」
議員一同の表情が引き締まった。
会議は次の議題に移った。
「A級反逆者アレクサンドラとジェミネーター捜索についての報告を願います」
司会進行役の中級議員がいうと、軍人顔のゲオルクが起立した。
「報告します。アレクサンドラの消息は、依然として掴めていません。ただ、少し気になる情報が入りました。最近、地球人の若年層のあいだで、魔法少女が現れたという都市伝説が広がっているらしいのです。魔法少女というのは、地球人が生み出した創作物に登場する架空のキャラクターらしいのです。気になるのは噂の内容です。噂の中で、その魔法少女は、魔法使いのように空を飛び、魔法のステッキから火を放ったそうなのです。同じ日時、同じ場所で複数の目撃証言があるので、実際に起きたことは間違いなさそうです。
念の為に、魔導公安部隊にうわさの現場を調べさせました。すると、現場からごく微量の魔波粉(まはっぷん)が検出されました。これは、うさわの現場で、超微力の魔法が使われたことを意味しています。オセロでも検知できないほどの超微力魔法です。地球人が魔法を使ったとは思えません。間違いなく魔導界の人間の仕業です。では、こんな時期に、われわれに無断で魔法を使う魔導界人といえば誰か? わたしは、あの反逆者である可能性を感じるのです」
エルマーが口を挟んだ。
「アレクサンドラがなんのためにそんなことを?」
「彼女は、自分の計画のためのプロパガンダをやっているのではないかと思うのです。その証拠に、うわさの中で魔法少女は見物人にむかってこう言い放ったそうです。
『君の血は何色だ。君は自分の胸に眠る種に光を当てているか。他人に植えてもらった苗に甘えていないか』
言葉の意味は測りかねますが、どことなく、大衆を扇動するための暗示がこめらているように感じませんか。われわれが目指す、地球人の停滞感、無力感を助長するという目的に水を差すような響きを持っているように感じませんか。
もし、このセリフがアレクサンドラのものだと仮定すれば、なんの違和感も生じないのです。彼女が言いそうなセリフなのです。
しかも、堂々と魔法を使うのではなく、オセロでも検知できない微力魔法を使っているのは、われわれに行動を悟られにくくするための対策ととれば、つじつまが合います。
これらの推測を踏まえて、魔導公安部隊では引き続きこの噂について捜査するつもりです。
それにあたって、少々提案があります。この魔法少女の不可解なプロパガンダが、仮にアレクサンドラの仕業でなかったとしても、われわれの計画に水を差すことに変わりありませんので、逆のプロパガンダを打つなどして、対策を講じておいたほうがいいかと思われます」
フリッツ議員がうなづいた。
「そうだな。オセロ計画はまだ始まったばかりの不安定な時期だ。どんな小さな芽も早めにつんでおくに越したことはないな」
その後、会議では、念の為に魔法少女の動向を監視することが決定された。
会議終了後、白髭のフリッツ最上級議員の部屋をゲオルクがたずねた。部屋は、木を基調とした落ち着いた雰囲気の内装だ。
フリッツは立派な装飾をほどこした大きな椅子に腰掛けている。テーブル越しに向かい合うゲオルクが声を低めて言った。
「水面下で進行させている『イレギュラーズ』についての報告です」
「あぁ、魔導公安部別働隊の新編成の件だね」
「試験的に育成していた人材が、実用レベルに達したと専門家から評価を得ました」
「ほぅ」
「是非ご覧になって頂きたく思います」
フリッツ議員は、一層声を低めてつぶやいた。
「『イレギュラーズ』……。未知の人間兵器か」
二人はすぐに、目的の場所に転送魔法で移動した。
その建物は、山深い場所に隠れるようにひっそり佇んでいた。小さな小屋のような建物だ。だが、これは入口であって、本体は地下に巨大に広がっている。
門があるのでそれをくぐろうとすると、フリッツはズンと肩が重くなったのを感じた。耳の中がツンと痛んだ。
「ずいぶんと頑丈な結界をはっているんだね」とフリッツ。
「はい。管理の難しい兵器を扱っている施設ですので、常時、上級魔導士が結界を管理しています」
二人は入口から地下へおり、施設の本体に足を踏み入れた。内部は床も壁も天井も、全方位が金属的で真っ白だ。
廊下は直線ばかりで、ときどき曲がり角がある。両側にはいくつもの部屋が続いていて、部屋と廊下の境目は一面がガラス張りなので、中が丸見えだった。研究員とみられる白ローブ姿の魔導士たちが、すり鉢やら大釜やらフラスコやら、さまざまな実験道具を用いて、魔法の研究に励んでいるのがよくわかった。見るからに危なそうな原色の液体が、あちこちで目に映った。
彼らはずっと廊下を歩きつづけ、建物の奥の奥へと進むと、刑務所のような頑丈な鉄格子で守られた場所にたどり着いた。
「この先です」
ゲオルクが、壁にあるくぼみに自分のレンズをはめ込んだ。レンズの中に魔導界の文字と思われる幾何学的な記号が、目まぐるしいスピードで入れ替わりながら表示された。何かをロードしている様子だ。しばらく経つと、ガチャンと、鍵が開く音がして、鉄格子がひとりでにスライドしはじめた。
その後、五つの鉄格子が立ちはだかり、そのたびにゲオルクがレンズで開錠して、やっとのことで目的の区域に入ることができた。
今度は、一面が黒い空間だった。床も壁も天井も全部が黒一色で色彩が一切ない。まるで、自分たちだけが色を持つ世界に迷い込んだような気分になる異様な内装の空間だった。墓場のように静かで、長時間いると気が変になりそうだ。
「ここです」
ゲオルクがあるドアを開けて中にフリッツを招き入れた。入ると、そこは何もない小さな部屋で、ガラスで仕切られた部屋が奥に繋がっていた。奥の部屋はずいぶんと広い。
ガラス越しの部屋はガランとして、中央にポツンと椅子が置いてある。ひとりの金髪のおかっぱ少女が座っていた。肌は真っ白で、頬には褐色のそばかすが目立っていた。
「彼女が、イレギュラーズの第一号候補です。マリアンヌ、十五歳」
ゲオルクがフリッツに説明した。
「通常、生存本能のおかげで魔法が暴発するようなことはありません。たとえば、電気魔法で自身が感電したり、あるいは、火炎魔法で焼身自殺したりと、そういったことは起きないのです。しかし、希に先天的、後天的問わず、脳の機能に不具合が生じるようなことがありますと、魔法の暴発現象が起きるのです。そういった人物が起こす魔法事故は毎年たくさん起きています」
魔導界では、そういった事故をなくすために、暴発事故を起こした人間の脳を調べ、研究し、つねに防止策を模索しています。すると、最近になって、この研究が軍事に応用できることがわかってきたのです。脳の障害をうまくカバーすることで、通常の人間には不可能な特殊な魔法を発動できることがわかったのです。
そういった研究を重ねた結果、誕生したのが彼女です」
ゲオルクは、コンコンとガラスをノックして少女を呼んだ。少女はそれに気づいてすぐにこちらへやってきた。ガラス越しの彼女はまだあどけない。
ゲオルクが指をパチン、パチンと二度鳴らすと、マリアンヌの足元に、林檎と空のコップが指の音にあわせて出現した。
「マリアンヌ、見せてくれ」
ゲオルクがいうと、彼女はコクリとうなづいて、林檎だけを拾い上げて片手にのせた。そして、もう片方の手にあったレンズで林檎を覗きこみ、「トランス・ブレイク」ととなえた。
一瞬の出来事だった。彼女の手のひらの林檎が、老婆のように、あるいはミイラのようにしわくちゃに縮んだ。彼女がニコニコしながら足元のコップを拾い上げると、コップは黄味ががった美しい液体で満たされていた。
「どうぞ」
マリアンヌは可愛い声で言いながらコップをガラス越しのゲオルクに差し出した。ゲオルクは指をパチンと鳴らせて、コップを自分の手のひらに転送移動させた。
「ご賞味ください」
ゲオルクはフリッツにコップの液体を飲むようにすすめた。フリッツは戸惑いながらも、ひとくち飲んだ。
「おぉ!」
おもわず声を上げた。感動している。
「これは林檎の果汁だね。しかもこんなに澄んだ林檎ジュースは初めてだ」
ゲオルクは、マリアンヌに親指でグッドサインを送って、「ありがとう、もういいぞ」といった。彼女は、ニコッと笑って部屋の中央の椅子に戻った。
「これが彼女の奇形魔法の力です」
「奇形魔法?」
「ええ、脳障害による暴発魔法をわれわれはそう呼んでいます。彼女は、転送魔法しか使えません。そして、その魔法には異常があるのです」
「どんな異常だ」
「通常の魔導士が転送魔法を使う場合は、生存本能のセーフティーの働きで、分子が断裂することはありません。たとえば、自分の体を転送するときに頭だけを置き去りにして死亡事故になるとか、そういうことは起きません。分子結合している物体は、絶対にひとかたまりになって転送されるのです。しかし、彼女の場合、脳の一部に先天的な障害があり、セーフティーが正常に機能しません。なので、転送のときに、分子を切り裂いてしまうのです。フリッツ上級議員は、お気づきになられましたか? さっき彼女が右手で林檎を持っていましたが、あの右手は義手なのです。彼女は、幼い頃、奇形魔法を暴発させ、自分の右腕をバラバラにしてしまったのです。骨は足元に転がり、血液はとなりの家の奥さんのベッドに撒き散らされ、寸断された筋肉は、一キロ先のレストランの厨房で、シチューの鍋の中で芋に混じって煮込まれていたのです。その他、クラスメートにも重症を負わせる惨事を何度か起こし、七歳のときからは、専門の施設に隔離されて過ごしてきました。さきほどの林檎ジュースは、彼女でなければできない芸当です。林檎の果肉から、液体部分だけを転送して取り出すなんて、われわれのような魔導士には不可能なのです」
フリッツは、コップの林檎ジュースを飲み干した。
「だからこんなに澄んだ味になるのか。力を加えて搾り出すと、どうしても雑味、エグ味が生じる。しかし彼女の奇形魔法ならそんなものは生じない。超純粋な林檎ジュースになる」
「はい、その通りです。そして、われわれは様々な研究を重ね、セーフティーの代用品となるチップレンズを開発し、彼女の脳にそれを埋め込みました。そうすることで、暴発をコントロールできるようになったのです。奇形を殺さず、安全に活かすことに成功したのです」
「たしかに戦闘には重宝しそうだな。ナイフを使わずに敵の体をバラバラにできる。劇薬を敵の体の血管内に転送すれば静かに毒害できる。見た目の火力はないが、殺傷能力は絶大だ。これまでにはない新しい戦い方を編み出すことができそうだ」
「ええ。わたしは彼女には大きな可能性を感じています。うまく成長させれば、この先必然になる対アレクサンドラ戦にも有効かと思っているのです」
「四大魔導のアレクサンドラ。苦戦することは間違いないからな……」
フリッツは、「楽しみだよ。イレギュラーズの研究を頑張ってくれたまえ」と満足そうに言って、部屋を出て行った。
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