魔導界の計画
アレクサンドラに敗北した男は、彼の住む異界へと舞い戻った。魔導界と呼ばれる世界だ。
ローブの男は、黄金の杖の奪還に失敗し、その報告のために、こちらの世界に戻ってきた。
この世界には、ひとつの政府機関があり、そこがこの世界の決まり事を管理している。いわゆる世界政府だ。政府は、魔導議員と呼ばれる偉大なる魔導士たちによって構成されていて、決め事のすべては、「魔導議事堂」という立派な建物の中で行われる。
ローブの男も、魔導議員の一人であり、魔導公安部隊の一員であった。彼が受けていた杖の奪還の命令は、この部隊から命ぜられたものであった。
彼は報告をするために、魔導議事堂の中にある、中央会議室のドアの前に立った。
巨大で分厚いドアが、音もなくスーっと滑るように割れていった。
室内は、厳かな内装だった。天井に咲くシャンデリア。ダイヤのように輝く無数の光球が花と咲き、部屋を明るく照らしている。
中央にロの字に組まれたテーブルがあり、等間隔に席が設けられ、それぞれに威厳を放つ魔導議員たちが鎮座していた。
議員には、階級に応じて制服が決められているようだ。下座席の下級議員たちよりも、中級席の中級議員の制服は豪勢で、上級はもう金ピカだ。ボタンも飾りもみな大きくて黄金に輝き、マントは、重くて歩けないのではと疑われるほど分厚い。首元には、見てるだけで痒くなるほどフサフサのファーがついていた。南極にいても、首元だけは安心できそうだ。
ロの字のテーブルの一辺は一段高くなっていて、上級議員の上座席になっている。8名の金ピカの議員が座っていた。
会議室は無音だ。息がつまりそうなほどの緊張感が張り詰めていた。
アレクサンドラに敗北した例の魔道士が、部屋の中央に立たされた。彼は、ローブから下級議員の黒い制服に着替えていた。
「ベルノルト議員、任務結果を報告したまえ」
ベルノルトに報告を命じたのは、上座に座る上級魔導士のエルマーだ。金ピカのエルマーは、すでに任務失敗の噂を聞いていたらしく、ひどく不機嫌だった。ベルノルトは、ビクビクしながら答えた。
「はッ! ジェミネーターを発見しましたが、回収に失敗しました」
あちこちからため息が聞こえた。魔導界では、あの黄金の杖をジェミネーターと呼んでいるようだ。
失敗の知らせを受けたエルマーが、隣に座る別の議員を睨んだ。睨まれたのは魔導公安部隊を取り仕切るゲオルクだ。軍人らしい勇ましい顔つきの魔導士。この作戦は魔導公安部隊の任務だったために、失敗の責任はゲオルクにある。エルマーは、その責任を追及した。
「ゲオルク議員にお尋ねしますが、おたくの部隊は、こんな重要な任務を、どうして下級議員の彼に託したのです? ジェミネーターがどれほど恐ろしいものか、まさか知らないわけではないでしょう」
ゲオルクはうろたえることなく毅然として答えた。
「彼は下級ですが無能ではありません。それなりの理由があったのでしょう。彼を説明を聞くべきです」
「ほう、では説明を願いましょうか。ベルノルト議員! 説明したまえ」
エルマーが声を張って、失敗の理由をベルノルトに問うた。若き議員は、悔しそうに答えた。
「アレクサンドラ元上級議員が現れたのです。ジェミネーターは彼女が持ち去りました」
アレクサンドラの名が室内に響くと、どよめきが起きた。どよめきの中にエルマーの「アレクサンドラ!?」という叫びが混ざった。室内が静まるのを待って、ベルノルトが続けた。
「死ぬ気でジェミネーターを回収する気でした。しかし、あっけなく魔道レンズを破壊されてしまいました」
ベルノルトはうつむいた。アレクサンドラに砕かれたレンズの音が、脳の中でこだまになった。
エルマーが嘆くように言った。
「それにしてもどうしてあの女がその場所へやってきたんだ?」
ゲオルクが乾いた感じで言った。
「昔から嗅覚の鋭い女でしたからね」
エルマー不機嫌に言った。
「それがわかっているなら、それなりの対策をしておくべきだったね!」
口論になりそうな険悪な空気になった。それを諌めるように一人が咳払いした。咳をしたのは、議会を取り仕切る議長のフリッツ最上級議員であった。老年で、立派な白髭を蓄えていた。
「何にせよ、この件で、ジェミネーターの存在が確定した。忌まわしき魔法の杖は、まぎれもなく地球に眠っていたのだ。そして、残念なことに、あの杖がもっとも望まない人間の手に渡ってしまった。こうなった以上、われわれが想像している最悪のシナリオが展開される可能性が出てきた。よって、すべきことがハッキリした。以前から準備していた『オセロ計画』の実行に踏み切らざるを得なくなった」
フリッツは立ち上がった。みなの緊張がぐっと高まった。老議員は深刻な目つきでみなに語りかけた。
「オセロ計画は、実に非人道的な作戦だ。しかし、ジェミネーターがアレクサンドラの手に渡ってしまった以上、躊躇する猶予がなくなった。即座にオセロ計画を実行すべきだとわしは考える。みなの意見を聞きたい。オセロ計画の断行に異議のある者は挙手を願う!」
誰も、手を上げなかった。「オセロ計画」は満場一致で可決された。
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