She's Blood Revolution

ドロップ

死を呼ぶ杖

 ここはエジプト。砂の大海原に、いくつものピラミッドが連なっている。

 たくさんあるピラミッドの中でも、とくに大きなものがあった。

 そのピラミッドの最深部には小さな部屋があり、王様のお墓が祀られている。その部屋の床に、ある日とつぜん、井戸みたいに縦に長い穴が出現した。

 ピラミッドを調べていた5人の研究者たちは、この不可解な出来事に混乱しながらも、穴の底を調べてみた。

 すると、穴の底から棒状の謎の物体が発見された。

 その物体は、リコーダーほどの尺の金色の杖であった。先端はマッチ棒のように丸くなっていて、分厚いレンズのようなものがはめ込まれていた。そのレンズは、くすみがまったくなくて美しい水晶のようだった。

「これは一体なんだろうか……」

 研究チームのリーダーの老学者が、子供のように目を丸くしながらつぶやいた。

 すると、部屋の中に「ククククク」と、変な音が聞こえ始めた。はじめは小さくて曖昧だった音が、だんだんと大きく明瞭になった。人間の笑い声だった。

 5人いる研究者の中に、背の高い男がいて、そいつが笑っていたのだ。

「おい君、どうしたんだ。どうして笑っているんだ」

 老学者が不審らしくたずねた。

「やっと見つけた。さぁ、その杖をこっちに渡すんだ」

 背の高い男は、老学者から杖を奪おうとした。すると、学者はその手を払い除けた。

「君、なにか企んでいるね。もしかしたら君はこの杖の秘密を知っているのか?」

「余計なことは考えなくていい。君はもう用済みなんだよ。杖をよこしたまえ」

 男はそう言ってまた杖を奪おうとした。しかし、老学者はパッと身を後ろに引いて杖を守った。他の三人の研究者が老学者を守るようにして集まった。5人の研究者が、ひとりと4人に別れて、杖をめぐって対立した。

「血を見たくないならさっさとよこしたほうがいい」

 男は、獣のように目を光らせて、老学者を真ん中にしてかたまった研究者たちを睨みつけた。そのまま、しばらくにらみ合いが続いた。ピラミッドの地下は、死に絶えたように静かだった。やがて、男がため息をついた。

「しかたがない。実力行使といくか。言っておくが、素直に渡さなかったお前たちが悪いんだぜ」

 彼はそういうと、ふところから何かを取り出した。それは、コースターほどの大きさのレンズだった。装飾がほどこされた銀色の輪っかにはめ込まれている。杖の先についていたレンズと同じで、美しい水晶のようであった。

「ククククク」

 彼は笑いながら、レンズを目の前に掲げて、中を覗き込んで何かを念じ始めた。途端に、レンズが白く光った。そのあとの光景は、研究者たちから言葉をうばいさってしまうほど、幻想的で怪しげだった。

 男の全身が白く光り、さらに、繭玉のような形に膨らんだ。そして、その繭玉から何本もの光の糸がほどけていくのだ。糸は、水中を踊る美しい藻草のように宙を舞い、やがて消えていった。

 さっきまで男が立っていた場所には、まったく別の人物が立っていた。怪しげな白いローブをまとった年齢不詳の男に早変わりしていた。

 目の前で起きたことの意味がまるでわからなかった全員は、口をポカンと開けて、ただただ白ローブの男に見入っている。

「ククククク」

 ローブは笑いながら、ふたたびレンズを眼前に掲げた。そして、レンズを通して老学者を睨んだ。レンズの屈折の働きで、ローブ男の目玉が拡大されて、化け物みたいに大きくなった。学者の背筋がツンと冷たくなった。目玉のお化けに食べられそうな気がして、恐ろしくなった。

「お、お前は何者なんだ」 

 とたずねたが早いか、老学者が恐ろしい悲鳴を上げた。イキのいい魚のように、ピチピチと踊りだした。ものすごい勢いで踊り狂った。バリバリと得体の知れない破裂音も鳴っていた。時々、老学者の体が、ピカッ、ピカッ、と光った。体から煙が立ち上り始めた。肉の焼ける悪臭がし始めた。

 十秒ほどそれが続くと、老学者はもう声を発さなくなった。目は色を失っていた。彼は、全身から煙と悪臭をたてながら、床にばったりとくずおれた。肌は、硫酸をあびたように焼けただれていた。髪はチリチリに焦げ上がっていた。絶命したのがすぐにわかった。

 小部屋は悲鳴の嵐になった。みな逃げようとしたが、ローブがすばやく入口を塞いだ。そして、まるで銃口を向けるかのようにして、レンズを皆に差し向けて脅した。

「化物!」

「お前は何者なんだ!」

 みな泣き叫んだ。ローブはクククククと不気味に笑って返した。

「杖の存在を知った者は、すべて抹殺しろとの命令だ」

 研究者の一人が叫ぶ。

「どうして杖の存在を知ったら殺されるんだ? 命令ってなんなんだ?」

「ククククク。この杖は、永久に葬ってしまうほうがいいんだよ。それが、お互いにとって幸福なんだよ。だから、この杖と一緒に、杖の存在を知ってしまったお前たちも葬るんだよ」 

「言っていることの意味がわからないわよ!」

 別の女研究者が叫んだ。

「そうさ。意味など知らないほうがいいのさ。知らないまま死ぬのさ」

 ローブはそう言いながらレンズで覗き込んだ。レンズにはまた目玉お化けが出現した。目玉お化けが研究者たちを睨みつけた。

「ぎゃあぁぁぁぁ!!」

 悲鳴と、地獄の踊りと、破裂音と閃光の嵐が始まった。あっという間に、焦げた死体がコロコロと床に転がった。小部屋にはむせ返るような悪臭が満ち満ちた。

 ローブは、研究者たちを皆殺しにすると、床に転がった黄金の杖を拾おうとした。

 その時である。彼は背後に人の気配を感じた。この部屋には、自分を含めた5人の人間がいて、自分以外の全員の死体がちゃんと床に転がっている。他に誰もいないはずである。彼は、ガバと後ろを振り返った。

 女が立っていた。真っ黒いローブを着ている。

 彼は、女の顔を見た途端に叫んだ。

「お前は……アレクサンドラ!」 

 アレクサンドラは、黙って男を睨んでいる。両者、一言も発せずに、険しい目つきでにらみ合った。

 ローブの男は相手が何者で、どれほどの人物なのか、よくわかっているようだった。

「俺はあんたに比べればザコだ。だが、逃げたりしないぞ。こっちの世界を守るためなら、命なんていくらでもくれてやるさ」

 ローブの男は、戦闘の構えを見せた。するとアレクサンドラが問いかけた。

「魔法を、もっと崇高な目的のために使う気はないか?」

「崇高? フン、あんたの夢物語の道連れになる気はない。俺たちは俺たちの世界を守ることだけを考えるしかないんだ。それでいいんだ。もしこの黄金の杖が、地球人の眠りを覚めさせるようなことになれば、絶対に報復戦争が起きる。誰も得をしない。地球人は、これからもずっと眠ったままでいたほうが幸せなんだ。だから、それを邪魔しようとするあんたは、世界の敵だ」

「そうか……」

 アレクサンドラが、どことなく残念そうな顔をした。

 ローブの男が先制攻撃をしかけようと動いた。すばやくレンズを構えて、アレクサンドラを覗き込んだ。研究者たちを殺した電撃を、アレクサンドラに放つつもりだ。 

 しかし、アレクサンドラは、彼よりも俊敏であった。いつの間にか手に握っていた魔法のレンズを彼に差し向けて、

「フローズン・ブラスト!」

 次の瞬間には、ねずみの悲鳴のような高い音がキューっと鳴ると同時に、レンズの前の空中に小さな氷の矢が出現した。攻撃をかわそうと、ローブの男が身を引こうとしたが遅かった。矢は、瞬間移動の速さで男の手にあった魔法のレンズに突き刺さった。

「クソッ!」

 彼は怒鳴りながら、矢の刺さったレンズを部屋の隅に投げた。と思ったら、空中で、レンズが粉みじんに砕かれた。

 アレクサンドラの魔法・フローズンブラストは、時限爆弾式の氷の矢を放つ技だった。それが見事に命中し、相手のレンズを破壊した。魔法が使えない。戦闘不能だ。

 彼女は、何も言わずに床に転がったままになっていた金色の杖を拾い上げた。魔法のレンズを失って無力になった男は、悔しそうにそれを眺めた。何もできずにアレクサンドラが杖を手に入れるのを見届けるしかなかった。

「眠ったままで幸せになれる奴はこの世にいない」

 彼女はそう言い捨てて、小部屋を出て行った。

 彼女はそのまま、杖とともに行方知れずとなった。

 ピラミッドで起きた怪事件は、瞬く間に世界中のニュースになった。地下室に転がった四つの感電死体。床にあいた不可解な穴。これらが報ぜられ、さまざまな推測をよび、たくさんの都市伝説が広まった。

 しかし、二人の魔法使いと黄金の杖の存在だけは、誰にも知られることはなかった。

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