第2話 「スナック『すぐ泣く』」の隆盛
「スナック”すぐ泣く”」の、すぐ泣くママの「コミュニケーション能力」の卓越した「癒し効果」は、すぐ評判になって、すぐに常連客がたくさんできた。もちろん、泣くことに一種の「カタルシス」、浄化作用があるのは、悲劇のカタルシスを説いたアリストテレス以来の一種の常識である。日頃の憤懣やら生活の苦労、嫌な人物への愚痴、そういうのを聞き上手の啼子に聞き出してもらって、もらい泣きしてもらって、客も一緒になって最後にはおいおい泣く。…下手なカウンセリングとはダンチの、ダヴィンチの芸術並みの、セラピー効果が、その”セッション”にはあったのだ!そうして、ママが客と話すのは自分の趣味の範疇でしかないから、珈琲一杯で、いくらでも話を聞いてもらえる。
そうして、普段一人ぼっちでさみしいというだけの老人にも、「すぐ泣く」は適当な居場所を与えてあげられるトポスとなっていたのだ。
啼子の泣く様子や、泣き声の”ファン”も多かった。
ポロポロッと大粒の涙を流すときには、これくらいに悲しいことはまあない、そういう凄惨なくらいに悲壮な表情になり、端正な顔のゆがめ方が却って高貴なニュアンスを帯びるのだ。泣き声には少女が甘えているような可愛らしさがあって、その声を聴くだけでも”魂が癒される”という絶妙な効果があった。…
客が多いのが何よりの集客効果を持つのも一種の常識である。そのためのサクラを雇う経営者すらいる。
「啼子ママのところで一緒に思い切り泣いて、リフレッシュしようよ」というのが、好事家の間では、秘密の合言葉になって、その”符牒”を共有する、流行に目敏い新し物好きの常連客がどんどん増えていき、「すぐ泣く」の盛況ぶりにはどんどん拍車がかかって、売り上げも雪だるま式に増えていった。
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