掌編小説・『啼子のスナック』

夢美瑠瑠

第1話 スナック・「すぐ泣く」開店

(これは、「スナックの日」にアメブロに投稿したものです)




 韓国には「泣き女」というのがあるらしいが、これは葬式とかでしめやかな、哀切な雰囲気を醸し出すために雇うのらしい。文化が違うので多少違和感はあるが、そういう儀式における習わしなら、形骸化して無意味だったり不自然だったりするものがあるだろう。皇室の行事などは殆ど時代錯誤でなんのためやらよくわからないようなのが多い…


 で、中年の、小金をためて「ひとつスナックでも開こうか」と思い立った女がいた。

 啼子ていこという名前で、水商売の経験もあり、話好きで、まあ美人だったので、自分にはできそうだという自負心があったのだ。

 というより、女性一般はコミュニケーションが上手で、脳梁が太くて左右の脳の連携がいいかららしいが、客商売やただ皆とワイワイやってればいいんだろ?的な仕事なら、女性なら誰にでも基本的な適性が備わっているとも言えた。


 で、スナックの名前だが、しばらく考えて、啼子は「スナック・”すぐ泣く”」と、命名した。かなり安易なシャレぽいネーミングだが、これにはいわれがあり、啼子はいわゆる「泣き上戸」で、ひどく涙もろくて、少し感動的な話やかわいそうなストーリーを耳にすると、すぐ感涙する癖があった。もらい泣き、という歌を聴くだけでも、もうもらい泣きをしてしまうのだったw


 で、そういう人情家のママだから、まあ寄ってらっしゃい、話していらっしゃい…そういう意味を込めたのだが、はたせるかな、なかなかに好評で、スナック「すぐ泣く」は開店初日に満員御礼となって、祝儀袋を出すくらいににぎわった。


 「もううれし泣きしているの?ママ」

 「うふふ…ほんとに泣き上戸でしょ?ワタシ。涙腺が弱いっていうのか…小さいころにね、「人魚姫」の物語を絵本で読んでね、もう人魚姫が可哀相で可哀相で…三日三晩泣き暮らしたことがあったわ。飼い犬や飼い猫なんかが死んじゃった日にはよくこんなに泣けるものだなって自分でも感心するくらいに大泣きしちゃうのよ。でも男性からしたらそういう感情的なオンナは魅力があるらしいわね。ほら、スカーレットオハラ なんてのもいかにも直情径行で…で、恋多き女でしょ?ビビアン・リーのお葬式の時にはね、四人の元夫が棺を担いだんだって!手前みそだけどあたしにだって3回の結婚経験があるし、多情とか淫蕩とか婀娜っぽいだの小悪魔とか魔性?ファンファタール?そりゃあもう色んな形容詞でオトコに呼ばれて、無数に口説かれたわ!だから色の道にかけては唯一ね、プロフェッショナルだっていう自信があるのよ!でも学歴とか特技がないからね、人様に偉そうになにかアドバイスしたりする自信はないから…ひたすら聞き役に徹して、で、一緒に泣いてあげる…そうして気分をすっきりさせてあげる。そういう感情移入型の”癒し”を与える役割が一番向いていると思ったわけ!それで…」


 啼子ママの思い入れたっぷりの果てしのないおしゃべりは、本当に一種の「芸」とも言えるほどに、聞くものを飽きさせず、逸らさず、そうして言うまでもなく随所に例の十八番の「泣き」が入ることで、迫真性が加わって、あるパーソナリティーというものがこんなにも多彩で豊穣で、千変万化な表情や感情、奥深い人間性やそこに潜む多種多様な謎をつまびらかにして、垣間見せてくれるという…そういう不思議な精神空間?オカルティックなくらいにリアルな別天地を現出させているのだった…コミュニケーションの本質、本領、それを知り抜いているがゆえに、啼子は自分にぴったりの、そういう職業を見出したのだ。


 まさに俗にいうそれが「天職」だったのか…?


<続く>



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