第37話 五味民雄の述懐 十六コマ目

 何かおかしいってな、俺の中に拭い去れない違和感があったんだよ。具体的にここがおかしいって指摘できる訳じゃないが、どうにもしっくり来ない。


 新聞サイトの記事を見ても、多ノ蔵理事長の犯行をうかがわせる文言はまったく見つからなかった。当然だよな、学園側がそんなことを漏らすはずはないし、警察側にしても証拠が何もない段階でメディアにバラしたりはしないだろう。だからそれぞれの記事はそれなりにセンセーショナルな見出しをつけてはいたんだが、内容的には当たり障りのないものになってた。


 まるで最初から準備されてたかのようにだ。


 もちろんその考えがおかしいのはわかってる。多ノ蔵理事長にせよ、その後ろにいる宗教法人にせよ、確かに金は持ってるんだろうが絶対的な権力者じゃない。一部のマスコミを手なずけることは可能にしても、すべてのメディアを押さえつけるなんてできるはずがないんだ。


 なのに同じような内容の記事が並んでいるのは、同じ情報に基づいて記事が書かれているってことだ。つまりは情報が足りてない。すなわち、学園と警察が情報を出してない。たったそれだけの話なんだろうが。


 ……本当にそれだけのことなのか。


 俺は何かを見落としてないか。別の可能性が考えられるのに、そこに気付いていないんじゃないのか。俺には学園側の、つまりは理事長の情報管理が、どうにも上手く行きすぎている気がしてならない。しかしそこに違和感を持つのなら、いったい何が足りていないんだ。俺は何に引っかかっている。何が気に入らない。どうしてもそれがわからない。


 このときの俺は、自分の頭が何でこう回らねえのか絶望的な気持ちになってたな。




「この当時はインターネットに触れるのも大変だったんですね」


 剛泉部長が感心したような呆れたような言葉を漏らす。五味は苦笑いでうなずいた。


「いまはどうなんだ。もうネットの検閲とかしてないのか」


「匿名掲示板とかアングラ系のサイトは見られませんけど、それ以外はほとんど自由ですね。スマホも授業中は使えませんが、教室に持ち込むこと自体は禁止されてませんし」


「隔世の感があるな。自分がよぼよぼのジジイになった気分だよ」


 そう言って笑う五味に、十文字茜はたずねる。


「五味さんはこのとき違和感を覚えてたんですよね」


「ん? ああ、そうだが」


「何でその違和感に気付いたんですか」


 この問いに、五味は鼻をフンと鳴らした。


「おまえ、随分と難しい質問するね」


「難しいですか」


「かなりハイレベルだよ。何で気付いたか。何となく気付いちまったからだ、てのが一番リアルな解答なんだろうが、そうだな。たぶん別の答を探してたからなんじゃないか」


「別の答?」


 キョトンとした顔を見せる茜に、五味は言う。


「夏風走一郎とは別の答。夏風走一郎の気付いていない観点。夏風走一郎の想定外にあるアイデア。そういうモノが何かあるはずだ、そんな意識がどこかにあったんだろう」


「それってライバル意識ですか」


「そこまで上等なもんじゃねえよ。要は嫉妬しっとだ。夏風の見つけられないモノを見つけて、アイツに嫉妬させてやりたい、そういった気持ちがどっかにあったんだと思う。まあ冷静に考えれば、俺が何を見つけたところで夏風走一郎が嫉妬することなんぞあり得ないんだが」


「夏風さんは嫉妬しませんか」


「しねえだろうな」


 そう言って天井を仰いだ五味の顔に笑みはなかった。

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