第33話 五味民雄の述懐 十四コマ目

 ああ、多ノ蔵理事長のリムジンが来てたのは当然知ってたよ。でも顔を見には行かなかった。なまじお互い知ってるだけに、ここで顔を合わせたくははなかったんだ。相手が殺人事件の犯人かも知れないと思えばなおのことだな。


 もし入地が夏風走一郎の推理を県警捜査一課に伝えたのなら、そして捜査一課がそれをたかが素人考えと聞き流したりしなければ、理事長室と中庭の捜査が行われたはずだ。そこで生い茂るケシが発見されれば理事長は終わり。だが、もしそうならなかったら。俺の面倒臭え頭がそう考えたのさ。


 確かに夏風走一郎の推理は凄まじい。しかし決して完璧じゃない。想定外は絶対にあるに違いない。捕らえたと思って迂闊うかつに気を抜けば、スルリと指の間をすり抜けるだろう。現実ってのはそんなもんだ。


 別段、理事長に罪を認めろだのつぐなえだの言うつもりはなかったんだよ。そこまでご立派な正義感は持ち合わせていないからな。それでも顔を見知っているヤツが殺人者として縄を打たれる姿は、俺だってできることなら見たくない。自首でもしてくれればいいんだが。当時の俺は柄にもなくそんなことを思ってみたりしてたかな。


 まあ昼までには何らかの結果が出ているかも知れない。また推理研の部室に顔を出してみれば、何か新しい情報があるだろう。イロイロ上の空でそんなことを考えてたよ。




 剛泉部長が少し遠慮気味にたずねた。


「多ノ蔵理事長について、うかがってもいいですか」


 五味は小さくため息をつき、少し間を取って答える。


「このとき、確か二十七歳だったかな。十文字も書いてたが、父親は当時寺桜院学園を運営していた宗教法人のトップ、平たく言えば馬鹿デカい寺の末娘だ。けど世間知らずの頭にお花が咲いてるお嬢様って訳でもなくて、きもわったクソ度胸の塊みたいな女だったよ。スタイル抜群の絶世の美女なんかじゃなかったが、それでも五歳は若く見えた。理事長補佐の二品は大柄だったが、別段プロレスラーみたいな巨漢じゃない。でも理事長が命令すれば何でもやりそうなヤバいヤツだったな」


 聞かれていない二品についてまで話して、五味はまたコーヒーを口にした。


 剛泉は何かを察したようだったが、十文字茜は不思議そうにこう言った。


「随分と詳しいんですね」


「別に詳しくなりたくてなった訳じゃねえんだがな」


「はあ」


 まだいまひとつピンと来ていない、茜はそんな顔で首をかしげている。

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