第15話 十文字香の手記 その七

 翌日の金曜日の昼休み、給食を食べ終わった私が担任を通じて呼び出されたのは校長室。


 ドアを開ければ、笑顔の夏風走一郎と仏頂面の五味民雄の姿が既にあった。部屋の奥に座っている難しい顔の校長先生の隣には、申し訳なさそうな白衣の入地カウンセラーが。


 まだ六十歳にはなっていないはずだが、気苦労が多いのだろう、シワと白髪の目立つ校長先生は、やれやれまったくと言わんばかりに大きなため息をつくと、私たち三人に向かってたずねた。


「ここに呼び出された理由に心当たりはあるかね」


「だいたい想像はつきます」


 満面の笑顔で即答した夏風走一郎を、五味民雄は信じられないと言いたげな顔で見つめた。ごまかせるものならごまかそうと思っていたに違いない。この点、私も同じ意見だったのだが、こうなってはさすがにもうごまかせはしないだろう。


 校長先生は一度私たちをジロリと見つめると、笑みも浮かべずこう言った。


「理解が早いのは助かる。ならば私の言いたいこともわかるだろうね」


 これに応えたのも夏風走一郎。


「おっしゃりたいことは理解できますが、承服は致しかねます」


 この返答は校長先生の機嫌を少し損ねたようだった。


「それは何故」


「僕たちはまだ何もしていないからです。そしてこれからも何かをするつもりはまったくありません。校長先生は我々が警察の邪魔をするような行動を取ることを心配なさっているのでしょうが、それは杞憂です。僕たちはただ思いついたことを話しているだけ、十文字さんだって新聞部として取材している訳じゃありませんしね。ただの噂話、四方山よもやま話、もっと言えば単なる会話です。やめろとおっしゃられましても、そもそも何をやめればいいのやら」


 よくもまあ、こうもペラペラ立て板に水で言葉が次々出てくるものだ。呆気に取られている五味民雄がこちらを見た。自分もいま何とも言えない顔をしているのだろうなと思いながら、私はうなずくしかなかった。


「もちろん授業中にしゃべるなとおっしゃるのであれば、それは当然生徒の務めとして気をつけます。もっとも、実際に在籍するクラスも違うのですから、しゃべりようもない訳ですが、たとえば全校集会のような場で」


「もういい」


 校長先生はいささかウンザリした顔で夏風走一郎の言葉をさえぎった。


「つまり君たち三人は今後一切探偵まがいの行動を取らない、捜査と称してイロイロと調べ回ったりはしないと約束できるのだね」


「はい、できます」


 堂々と胸を張る夏風走一郎の笑顔をどう受け止めたものかと校長先生は逡巡しゅんじゅんしていたが、やがて私と五味民雄にも視線を向けたずねる。


「君たちも約束できるんだろうね」


 この状況で「できません」など言えるはずもない。まあ元々私たち三人は少年探偵団のような真似をしていた訳ではなく、推理研究会の部室で話すのがメインであったから、校長先生の言葉に首肯しゅこうすることは何の問題もなかった。二人揃って無言でうなずけば、校長先生は軽く頭を抱えた。


「とにかく、事件のことをあれやこれや吹聴ふいちょうするのはやめてもらいたい」


 すると夏風走一郎は、さも純粋に不思議に思ったと言わんばかりの顔でたずねた。


「おや、全校生徒に箝口令かんこうれいを敷くおつもりですか」


「そ、そんなつもりはない」


 少し動揺を見せた校長先生に、また満面の笑顔でこう返した。


「そりゃそうですよねえ。独裁国家でもあるまいし、そんなの無意味ですから。だったら僕らも他の生徒たちと同じように普段通り生活していればいいという訳ですよね」


 このときまさに私たちの目の前にあったものこそが、いわゆる『苦虫を噛み潰したような顔』なのだろう。校長先生はしばし何か言い返したげに押し黙ったものの、やがてため息と共にうなずいた。


「……わかった。今日はもう行ってよろしい。各自行動には気をつけるように」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る