第14話 五味民雄の述懐 五コマ目
ああ、俺も結局何も出てこなかったな、こんときは。夏風走一郎の近くにいれば何かヒントめいたものくらいは思いつくんじゃないかって甘い期待を抱いたりしてたんだが、やっぱりそう簡単には行かなかった。
カレーヌードルはただのついでだ。別にシーフードヌードルでも良かったんだよ。とにかく頭に燃料を送りながら事件について話そうって考えてたのに、当の夏風走一郎にやる気がなかったんだから仕方ないわな。
ま、それは期待しすぎというものかも知れんが。いかに天才的な名探偵だろうと、新しい情報なしで事件の本質を突く推理を思いつけるはずもない。ましてや相手は成績優秀とは言え、ただの高校生だ。情報がないのだから何も考えないって割り切った姿勢は、評価されこそすれ非難には値しねえだろう。
それはそうと、何だってアイツと進路指導談義をしなきゃならんのか。馬鹿馬鹿しい。学校のシステムなんてのは管理する側に都合良く作られてるもんだ。それは自動的に管理される側には都合が良くないことを意味するんだよ。
そんなこんなを改善するために生徒会が努力している、なんて話は確かにあるが、管理する者とされる者の関係が根本にある以上、本当の意味で生徒側が納得できるシステムになんぞなりようがない。生徒はどこまで行こうと牧場の牛みたいなもんだからな。牛に基本的人権が認められたら牧場なんてシステムは崩壊する。学校も大差あるまいよ。
……いかんな。こんなつまらん話で熱くなっても何の意味もない。とにかく、夏風走一郎が当てにならんのなら自分でもう一度考え直すしかなかったんだ、俺としてはな。もちろん考え直して新しい発見があるかどうかは期待薄だったけどよ。
「すみません、まったくの余談なんですが」
十文字茜が申し訳なさそうに手を挙げる。五味は小さく舌打ちをすると、「何だよ」と質問を促した。
「カレーヌードルにせよバーナーやケトルにせよ、実際のところどうやって持ち込んだんですか。寮に入るとき持ち物検査ありますよね。あと生徒指導も定期的に寮の検査をするでしょうし、どこに隠してたんです」
「秘密だ」
「えーっ、そんなこと言わずに教えてくださいよ。新聞には書きませんから」
やれやれ面倒臭い。五味の顔はそう物語っていたが、さすがにもう時効だと考えたのだろう、コーヒーテーブルの上に置かれた手記のコピーの、十文字茜から見て一番手前側に指を置いた。
「寺桜院学園の入り口は二つ。一つは敷地南側にある正門だ。普通、ここ以外から出入りするヤツはいない」
十文字茜がうなずくと、五味の指が、つっと横に滑る。
「もう一つは南東側にある業者納品口。給食業者や学食への納品業者、ゴミ回収業者なんかがここを利用する。だが、この納品口が開いているときは必ず監視員が立っているから、荷物を持って出入りをするのは難しい」
再び十文字茜がうなずくと、五味の指が今度はさっきと逆方向に滑った。
「この正門と業者納品口のちょうど中間辺り、もちろん塀があって出入り口なんぞないんだが、ここは監視カメラの死角になってる」
「えっ!」
この情報はまったく知らなかったのだろう、十文字茜も剛泉部長も目を丸くした。
五味はちょっといい気分になったのか、笑顔で話を続ける。
「で、ここにはちょうど昇りやすいポプラの木が植えられてるんだ。これにロープを結んで、外側との出入りに使えば」
「なあるほどぉ。よくそんな場所見つけましたね」
十文字茜の言葉に気を良くした五味は鼻高々でこう言った。
「ま、トライアンドエラーの繰り返しってヤツだな。時間だけは腐るほどあったからよ」
これに心底感心した顔で、十文字茜は両手をパチンと合わせる。
「いやあ、ホント叔母さんの言う通り、五味さんって情熱の方向性が理解不能ですね」
「うっせえ」
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