第30話 九州旅。それは親孝行(?)である その5 ~温泉県へ。でも観光はしないがケンカはするらしいよ?~
九州旅の5日目。
この宿、朝食も最高。
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新・旅館の朝ごはん、というらしい。食へのこだわりがすごい。
もちろん、バイキングではない。繰り返す、バイキングではない。
でも、分量も大満足で、味は最高級。
もう最高やん。
……ただし、私は1円も出してないけれどな!?
朝は最後の温泉。大浴場に入って、貸切ふたつと大浴場を全部制覇。
で、フロントでお土産も購入。全国旅行支援があるからな。あの、情弱に厳しいヤツが。熊本の馬刺しで使ったから、今回はなんとかクリア。
タクシーを呼んでもらって、阿蘇駅へ。
ほんと、いい宿でした。
阿蘇から別府へ向かうけれど、乗るのは『九州横断特急』だ。可能なら『あそぼーい』に乗ってみたかったんだけれど、運行日ではなかったので、どうすることもできない。
あれです、赤いヤツです。『九州横断特急』は。別に3倍の速さとかではないけれど。車両もそこまで手が入ってるってこともない。
路線としては、森を抜けて海に出て行くって感じ。
大分止まりじゃなくて、別府まで行ってくれるのもありがたい。
でも……。
「うなぎ、食べたいわぁ」
……母が、また、めんどいことを言い出した。
いや、マジで、80のワガママとか、どんだけ? そういや、池田湖でなんか、そんなこと言ってたような記憶もある。
「ほら、柳川って、うなぎ、有名なんやろ?」
「なんで唐突に柳川?」
「行ってみたかってん」
「いや、最初、五島に行きたいって言うたやろ……柳川初耳やん。それに今は別府に向かっとるし、柳川とか無理やし」
「だからな、うなぎ、食べたいねん」
……もう、言いたいことの繋がりが全然、分かりません。
でも、まあ、スポンサーに逆らうのは得策ではない。
私はタブレットで別府のうなぎ屋を検索した。
別府駅ですぐにタクシーを捕まえて、うなぎ屋を目指す。有名なうなぎ屋だったらしくて、運転手さんが美味しいとか、いい店とか、どっからいらしたんですか、とか、色々と話しかけてくれる。友好的なタクシーでした。
そのタクシーが駐車場に入ると、降りるまでもなく、入口に「本日の営業は終了しました」の看板が……。
……まだ13時にもなってませんけれど?
「なんや、アンタ、やってへんやん」
「そんなん知るか。オレが店閉めたんとちゃうやろ。文句は店に言え」
「うなぎ食わせる言うたやんか」
「食わせるとは言うてへんわ」
自分のタクシーの後部座席で、関西の人が早口で言い争うのはさぞかし嫌だったことだろう。声もでかいし。
「運転手さん、ちょお、待っとってや」
「あ、はい」
私はタブレットを操作して、次のうなぎ屋を検索した。
「ここ、この場所、分かるか?」
「あ、はい」
「ほな、行ったって」
「あ、はい」
なんか、運転手が「あ、はい」しか言わない。さっきまで、よくしゃべってたのに。
走り出して、駅から海側へと進む。
そして、うなぎ屋の近くに停まる。
「ちょお、見てくるわ、待っとってや」
「あ、はい」
私はタクシーを降りて、そのうなぎ屋の引き戸を開けた。客はいっぱい、いる。
「すまんけど、ふたり」
「あ、すみません。今日はうなぎ、切れまして」
「うなぎ屋のうなぎって、売り切れんのか!」
びっくりした。そういうものなんか?
私はタクシーに戻った。
「うなぎ、売り切れやて」
「はぁ? うなぎて、売り切れんの?」
「知らん。売り切れんのちゃうか?」
「そんな訳あるか、行って来るわ」
母がタクシーを降りてうなぎ屋へ向かう。
「もうちょお、待っとってや」
「あ、はい」
やっぱり、「あ、はい」しか言わなくなってる。
母が戻ってきた。
「売り切れやて」
「それ言うたやろが」
「そんなん信じる訳ないやんか。うなぎ屋やで?」
「大分のうなぎ屋は、どの店も一匹だけとか、決められとんのちゃうか?」
「そうなんか、運転手さん?」
「あ、はい」
「そうなんか!?」
「めちゃくちゃやな、大分!? あかんやろ!?」
「あ、いいえっ!」
「え? ちゃうんか?」
「あ、はい」
「どっちやねん!?」
……たぶん、運転手は私と母のケンカ並みのやりとりに困っていたんだろうと思う。
「まあ、ええわ、ほな、ホテル行こ」
「運転手さん、このホテル、頼むわ」
「あ、はい」
そして、タクシーがホテルに到着すると、ドアが開いたと思ったら、私と母よりも先に降りた運転手さんがトランクの荷物を大急ぎで取り出して、渡してくれた。
「おおきに」
「ありがとな」
「あ、はい」
運転手さんは小走りにタクシーに乗り込み、タクシーはすーっと消えていった。
「……あの運転手さん、なんや、途中からしゃべらんようになったなぁ?」
「うなぎ屋のせいやないか?」
「そやな。うなぎしか出さんのに売り切れとるし。どないすんねん」
私と母はホテルのロビーへと入った。まだチェックインまで1時間くらい時間がある。
ロビーの係の人が、もう少し待ってもらえたら、早めに部屋に案内してくれるらしい。なかなかサービスもいい。
「散歩でも行ってくるわ」
「気ぃ付けや」
「はぁ? 大人やで?」
「ばばぁやんか」
「やかましわ」
どうやら、うなぎが食べられなかったからか、気が立ってるらしい。
私はそんな母に付き添ってもダメだと知ってるので、放置した。
しばらくすると、用意ができました、とホテルの人が部屋まで案内してくれた。
窓から別府湾と国東半島がよく見える。眺望のいいホテル。
もう、温泉にも入れるらしい。
一度フロントへ下りて、カギを預けて、屋上の露天風呂へ。やっぱり眺望はいい。眺望はいいんだけれど、2月の露天で、屋上とか、寒い……。
体を洗う間に、どんどん冷えていく。
で、温泉で生き返る。わざとか? 温度差でなんとかショックとかになるのでは?
温泉を出て、フロントへ向かう。でも、カギはない。母が戻ったらしい。
部屋へ行くと、母が窓から外を見ていた。
「あ、戻ったんか。温泉、どうなんか?」
「温泉は温泉や。屋上やから景色はええけど、寒いわ」
「そうなんか? なら、中の風呂やな」
「景色はええんか?」
「タワーで見てきたわ」
「ああ、別府タワーか……」
「この窓も景色は悪ないけどな、タワーのんがええわ」
この宿の売りは眺望の良さなんだけれど、ばっさり否定。でも、タワーと比べるか、普通? そりゃタワーの方が高いんだから当然だろうに。
いや、いい宿なんですよ?
……こういうの見ると、私の性格の悪さは、母譲りなのではないかと思ってしまう。
そして、夕食。
……失敗した。ほんっと、申し訳ない。
おおいた和牛すき焼き付き会席料理フルコース……肉のブランド以外、完全に昨日の宿の夕食とカブってた。しかも……。
「昨日の宿のんが、美味しかったわぁ」
口に出さんでも分かってます。それ、言わない。
「でも、ふぐだけはこっちが上やんな。昨日はふぐ、なかったでぇ」
山ん中にふぐがおったら怖いわ。
……いや、いい宿なんですよ? ほんと。
「……せっかくやし、大分名物でも追加するか?」
「そんなんあるん? はよ、追加しぃ」
というワケで、私はとり天一人前を追加で注文した。
ところが、なんだろう? カレー皿よりも少し大きいくらいの皿に、山盛りのとり天が届いた。
「……アンタ、何人分、頼んどるん?」
「いや……」
私は店員を呼び止めて、確認した。
「あの、一人前を注文したんやけど?」
「はい。一人前でございます」
「はぁ? これ、一人前なん? 5人前はあるでぇ?」
「こういうものなんです」
「そういうもんなんやなぁ……これ、一人前なんかぁ……」
母は納得したらしい。私は納得できない。
幼少期から父方の祖母にお残し禁止を教育された私に、食べ残すという選択肢はない。
「しめられた鶏の恨みか……」
「なんて?」
「いや、なんもない」
私は会席料理のフルコースと、山盛りのとり天を完食した。フードファイターになった気がした。ちなみにとり天のつけだれは二人分が一度なくなったので、追加を出してもらった。絶対に一人前じゃないと思う。普通、つけだれがなくなる?
翌朝。
いい宿なんですよ? 部屋は落ち着いてるし、眺望はいいし。温泉もあったまるし。
「……昨日の宿のんが、美味しかったなぁ」
……だから、口に出すな。
二日連続の、バイキングではない、朝食。でも、確かに昨日の内牧温泉の宿の方が美味しいのは事実だ。だって、昨日の宿、食にめっちゃこだわってる宿やし。
食後はチェックアウトぎりぎりまで、宿の部屋でのんびり。
チェックアウトしたら、ホテルが呼んでくれたタクシーに乗って、別府駅へ。運転手さんが色々と話しかけてくれる。「あ、はい」しか言わないなんてことはない。やっぱり昨日の運転手さんは、私と母が激しいケンカをしていると思ったのではないだろうか? あれくらいのやりとりは普通なんだけれど。
別府駅では、お土産屋をゆっくり回って、歩き疲れた母はコーヒー屋で休憩。いや、シアトルズベスト、似合わんな、マジで……。
私はお土産屋を楽しんだ。気に入ったのは繊細な竹細工のかごみたいなバッグ。でも、8万円とかするから手が出ない。流石にこれを母の持ち出しにするような極悪な真似はしない。
価格は需要と供給のバランスで決定するらしい。これは私に供給されない物なのだ。価格のバランスがよくない。物はとってもいいのに。
帰りの特急の時間まで、まだある。私は少し駅の周辺も散策した。商店街っぽい昭和の雰囲気に魅かれてアーケードの下に突入すると、なんと竹細工のカゴっぽいバッグを発見! えっ? 2600円ってマジで!? なんで? 伝統工芸品やないんか!?
即、購入した。カードがダメだというので、珍しく現金で。
コーヒー屋で、戻ってきた私の手にあるそれを見た母が言った。
「……アンタ、あたしが死ぬ前に、有り金全部、巻き上げるつもりなんか?」
母は8万円のバッグを買ったと思ったようだ。
「いや、自分で買ったから」
私はその価格を明かさなかった。いっそ、もうひとつ買って、母にプレゼントしたらうまいこと勘違いして感動させられたんでは? などと極悪なことも考えてしまった。
足が痛いという母と、エレベーターでホームへ。
入線してきたのは青い車両。九州の在来線特急の代表格と言えばこれ。ソニック。異世界のおじさんが喜びそうな名前だが、そういうキャラはいない。ちなみに白のソニックもあるが、あれは今のリレーかもめと同じだ。
「……アンタはホンマ、電車にとことん、こだわるなぁ」
あきれたように母はそう言った。
「そやけど、これ、ええわ。なんか贅沢な座席やな」
黒い革張りの座席はソニックのかっこよさのひとつだ。
「ほら、窓側で、そっちが海側やから、景色も見とけ。これが最期なんやろ?」
「もう死んでもええわ」
「ばあちゃんみたいに100まで生きそうやけどな……」
「なんか言うたか?」
「長生きしてや、おかん」
途中で母は寝てしまったが、無事にソニックは小倉に入線した。ここから博多は折り返しになるので、乗り続ける人は座席をひっくり返すのだ。
私は母とここで降りて、新幹線の乗り換え口に向かった。
そして、最後の切符を手渡す。新大阪止まりだからうっかりはないだろう。
「気ぃ付けてな」
「なんや、アンタ、新幹線、乗らんの?」
「いや、ここから在来やし」
「そうか。まぁ、ええわ。おおきに」
母は自動改札を通って、きょろきょろしながら、駅員を見つけると乗り場に案内させつつ、行ってしまった。
親孝行ができたかどうかは、母しか知らない。だが、少なくとも、私の体重は3キロ増えた旅だった。
私は旅行をした後で、「旅乃音」と名付けたノートを作成する。それは、切符や、パンフレットなどを切り抜いて貼り、自分で撮影した写真は使わずに、旅の記録を残すノートだ。必ず地図が含まれるようにするなど、マイルールをいくつか決めて作成している。
今回の旅では、そのルールを少しだけ破って、余ったページにプリントアウトした母の写真を何枚か貼り付けて、完成した「旅乃音『おかん、九州へ行く』」を母へと送りつけた。
妹から聞いた噂では、友人たちに見せてはでっかい声で自慢してるらしい……。
あれは100まで生きるな、うん。
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