第29話 九州旅。それは親孝行(?)である その4 ~ゆかりの宿と豪華な食事、かつ、温泉~



 九州旅も4日目。


 朝食はホテルのバイキング。ここに泊まったのは駅チカが主目的だからビジネスタイプのホテル。ただし、大浴場はあるという。


 普通。普通だった。すんごくほっとした。朝食のバイキングがやたらと豪華ではない。ほんっと、普通な感じ。パンの横にはちみつとか、ない。バターとブルーベリージャムといちごジャム。はちみつはやっぱりないんだって、普通は。バラエティには富んでいるけれど、豪華なイメージはない。うん。よかった。普通だ。


「……なんか、質素やなぁ」


 ……いや、母よ。これが世の中の普通ですから。質素とは違うぞ。たぶん。


 まあ、豪華だろうが、普通だろうが、とにかく大量に食べるこの親子には同じこと。今日もお昼は不要です。


 母が歩くのがしんどいと言うので、荷物はこっちが持つようになった。親孝行、親孝行。


 熊本駅の出発時間まで間があるので、お土産コーナーを回る。発見したのは、焼酎。あ、私は下戸で飲みません。でもですね、この焼酎、ボトルが鉄道車両なんですよ……やられた……この作戦には勝てない……。


 とりあえず、特急かわせみと特急やませみのボトルの焼酎を購入した。飲まないけれど。


 なぜなら。

 今日は『かわせみやませみ』に乗るから! その記念に!


 あ、このお金は自分で出しましたよ? あたしが払ったんやから、とか母に言われて取り上げられたら困るんで。


 さて。

 この旅のメインイベント再び! D&S列車! やるなJR九州!


 特急『かわせみやませみ』はブルーのかわせみとグリーンのやませみの2両編成で、熊本から阿蘇山の近くの宮地までをつなぐ。

https://discordapp.com/channels/1211498324264357888/1252642655091818567/1256277337071423599


 もう、見た目が重厚感溢れてる。色が濃いからってのはあるかも。


 もちろん、JRのお姉さんもふたり、乗ってます。かわいい。


 予約なんかまともに取れない。だから当然、1カ月前のみどりの窓口、10時ジャストの十時打ちですよ!? あのみどりの窓口で私、ちょっと知られてます……いつも迷惑をかけてごめんなさい。この前、顔を見られた瞬間に「ああ、10時ですね」って言われた。こっちはまだ何も言ってないのに……。


 デザイナーはもちろん水戸岡鋭治大先生である。マジすごい。天才!


 そりゃもう、めっちゃおしゃれな車内ですよ……。中も外も写真撮りまくりです。


「なんや、ごっつい綺麗な電車やなぁ。これはええわぁ」


 母も認めたナイスな車両。ただし、電車じゃないけれど。キハ47形気動車なんで。


 大阪生まれ大阪育ち――より正確に言えば堺だが――の母にとって、鉄道とは、基本的に電車になる。まあ、そりゃそーだ。


 ちなみに、母の母である私の祖母は、島根県の松江市出身で、鉄道は全て「汽車」と言っていた。新幹線ですら、祖母が口にする時は「汽車」だった。

 ずいぶんと前になるが、従兄の結婚式で新幹線に乗って東京に行く時に、新大阪駅で「何時の汽車に乗るんや?」と祖母に言われた瞬間、私の頭の中ではSLやまぐち号が走り始めた。新幹線と並走して。それだとたぶん東京に行けねぇ!?


 意外と文化が違う。


 母がガラケーで写真を撮りまくる。ちなみに私は、向こう側のホームの『A列車で行こう』の写真も撮りまくっていた。


 ま、『かわせみやませみ』は車両だけじゃない。鉄ちゃん的ビッグイベントは運行中にある。






 それは、立野スイッチバック。スゥィィッッチバァァッックゥ。ネイティブっぽく言ってみた。言えてないけれど。






 200メートル近い標高差を乗り越えるために、列車の進行方向を入れ替えてZ字型に山を登るのが立野スイッチバックである。Zの向きが違う気はするけれど。


 熊本駅への入線はやませみが前で入ってきて、熊本からはかわせみが前で阿蘇のカルデラを目指す。それが立野スイッチバックで一時的にまたやませみが前になって動く。


 くぅ~。やませみが引っ張る姿を動画におさめたいけれど、それをやっちゃうと私が立野駅で置き去りになる!?


 鉄ちゃんの中でもスイッチバックに興奮する派としない派は分かれているらしいが、私はする派。しかもそれが『かわせみやませみ』で体験できるという究極のスイッチバック!


 そりゃ、『かわせみやませみ』ボトルの焼酎も買うよね!? 普通? え、買わない? そうなんだ。


 ま、そんなこんなで、JRのお姉さんから年月日のプレートを渡されて、母と並んで記念撮影もしてもらった。






 終点の宮地ではなく、阿蘇駅に降りる。走り去る『かわせみやませみ』を撮影しながら見送る。


 阿蘇駅、大事。だって、ここ、ウソップがいるし。大好き、ウソップ。弱くても頑張るところとか。


 本当は今日の宿が内牧温泉なので、内牧でもいいんだが。あ、停まらないのかな? どうだったっけ。記憶がない。


 とりあえず、チェックインまではまだ時間があるんだが、だからといって、私はどこかに行きたいとも思っていない。


 とりあえず、母は道の駅をのぞいてみたいらしい。鉄道駅と道の駅を隣接させるとはなかなか面白い取り組みだ。


 一緒に行って、中には入らず、そのへんのいすに座って待つ。


 そしたら、母が何か買ってきた。


「アンタぁ、これ、飲みやぁ」


 そう言って、差し出してきたのはASO牛乳。


 ……いやいや。


「は? いらんし」

「なんで? 美味しいんやで?」

「いや、いらん。自分で飲み」


 ……そもそもの話。この人、私の母親のはず。


 私は、子どもの頃から牛乳が大嫌い。給食の牛乳は一気飲みすることで誤魔化して生きてきた。


 私と違って、兄は牛乳大好き。なんか知らんけど、子どもの頃はいっつも牛乳飲んでた。


 で、この人は、私と兄の母親。


 ……なんで私が牛乳大嫌いってこと、知らんの?


 ヨーグルトやったら飲んだかもしれません。でも、牛乳はどんなに美味しくてもダメ。苦手意識って乗り越えられない。


 ま、兄が長男、妹が末っ子で、どことなーく、次男の私はほっとかれて育ってきた記憶があるんで。


 そーゆーもんかもしれないですねー。


 もう80でいつ死ぬかも分からん母に、アンタは息子の大嫌いな飲み物も知らんのか、とか突き付ける必要もないかな。ボケてる感じはないけれど。


 そんなこともあったりで、駅に戻る。


「なぁ、あの煙って何や?」

「ん? ああ、あれは中岳の煙やな。阿蘇山の火口からの煙みたいなもん」

「そうなん! 写真撮ってや!」


 どうやら母は、中岳から空へと上り、横に広がる煙が気に入ったらしい。


 何枚か写真を撮らされた。


「阿蘇山、行かへんの?」

「レンタカーはめんどい。温泉宿でのんびりが最高」

「ほんなら宿、行こや」


 まあ、その通りだけれど、まだチェックインには早い。


 ……少し早めに行って、ロビーでゆっくりさせてもらうか、温泉街を歩くか。そんなとこか。


 駅前のタクシーをすぐに捕まえて、内牧温泉を目指す。途中、本当にぐるっと山に囲まれていることに母は感動していた。


「なんや、おーきな山におーきな穴ぁ、掘ったみたいやなぁ」


 カルデラってそういう理解でいいのか?


「山の景色はすんごい綺麗やわぁ」


 まあ、満足そうやから、いいか。


 タクシーが今日の宿に到着して、降りると、いきなり母が興奮状態になった!? いや、何この人、大丈夫?


「アンタ! ええ宿とったなぁ! 流石や! ここ、晶子が泊まった宿やって! 書いてあんで!」


 私はタクシーのトランクに積んだ二人分の荷物を抱えて、興奮状態の母に先導されて宿の中へ入った。


 ……だれ? 晶子? 知り合い?


 なんか分からんが、とにかく、この旅行中で一番の興奮状態。あら鍋の鍋奉行の時よりも酷い。


「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でいらっしゃいますか?」

「予約の〇〇ですぅ。なぁなぁ、この宿って、晶子が泊まったんですかぁ? あたし、堺の出身で晶子とは縁があるんですぅ」


 イントネーションは関西のまま、やや丁寧語になった母は、私にとっては宇宙人のような感じ。


 宿の人、タジタジ。ごめんなさい。それ、私の母なんです。


「ほんま、ええ宿やわぁ、ありがとうございますぅ。晶子の話、聞かせてくれますかぁ?」

「ええ、ああ、はい……」


 あ。晶子って、与謝野晶子か! フツーに友達なんかと思った!?


 文学界の超有名人やん!? きみしにたもうことなかれの人! 日露戦争!


 そうか。堺の関係者か。そういや、うちの母って、割と文化人なんか。


「息子がねぇ、あたしが晶子が大好きやからここを予約してくれてぇ」


 ……すんません。全然知りませんでした。ただ、食事が超美味しそうだったので選びました。それ、大ウソです。


 そんなこんなで母の勢いに押し切られていた宿の人が与謝野晶子が泊まったという部屋に母を案内して戻ってきて、それでもチェックインまであと1時間くらい。


 ロビーのソファで待たせてもらって、約30分。少し早めに部屋へと案内してくれた。温泉も利用できるらしい。


「温泉街とか、行ってみるか?」

「ええわ。足、痛いし」


 結論は宿でのんびり。80に無理は禁物。


 私は部屋に母を残して、さっそく温泉へ。ここ、貸切風呂が2つと、大浴場がある。しかも貸切風呂は無料で入れる。予約は必要。


 夕食までにひとつ、貸切風呂を使わせて頂いた。


 母は大浴場にしたらしい。


「えっらい長ーい髪の人がおってんや。それがもー、ずーっと、ずーっと、ドライヤーつこてんねん」


 なんか、髪の長い人がとにかく邪魔だったそうな。それ、まさか幽霊の類じゃないよな?


 そして、夕食。


 これが、すごい。ものすごい。すごすぎる。


 阿蘇の美味・季節の美味を取り揃えた会席料理フルコース。


 ……やべぇ。超、うまい。コメントできん。ただ、ひたすらに美味しい。知りたかったらググって下さい。私には無理。言葉にできない。この料理に会えて本当に良かった。嬉しい。


 でも、料理長さんはあれだ、ロンドンの長靴な芸人さんの賢い方と名前が同じでびっくり。ただし読み方が違うみたいで、そこをアピールしてた。同じ名前ですねー、ってよく言われるとのこと。


 夜、もうひとつの貸切風呂にも入らせて頂いた。いやー、温泉、最高……。


 食事はうまいし、温泉は気持ちいいし、母は満足してるし。とってもいい宿でした。






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