第24話 島旅へ。~鹿の親子と急ブレーキ、あと、温泉~
もう、何年前のことか。正確に思い出すのは難しい。それくらい、色々な島へと旅をした。
最初は沖縄方面に偏っていたと思う。
それが変化したきっかけは、やっぱりあの殺人事件だろうか……。
この島へ行ったのは少なくとも8年以上は前だ。それは分かる。大ニュースになったから。
鹿児島までは車で行った記憶があるから、九州新幹線の全通よりも前だろうか。
何か、鹿児島でラーメンを食べて、車は駐車場に預けて、船旅に出発した。4時間から5時間は船の上だ。私も、同行者の友人も、船酔いはしないタイプ。ただ、私は下戸だが、もう一人は飲むのが好きだったので、船に乗ったらすぐビールをあおっていた。
船旅はごろんと横になるのが基本。寝るか、本でも読むか。そうか、あの頃はまだタブレットを持ってなかったのか。
大きなフェリーでも、揺れは感じる。船酔いする人にはこれが辛いんだろう。
もちろん、行くところによってフェリーも色々と違いがある。だから、そういう大きなフェリーに乗る時は、よく探検はするのだ。大きな宿とかも、同じ。冒険心は忘れない。
船が島に到着して、上陸する瞬間は興奮する。
世界遺産の島、屋久島。もう、大人気。いっぱい、人がいる。代表的な島旅ポイントだ。しかも、トレッキングがベースになるから、健康的な旅でもある。自然の中で都会の汚泥のような何かをデトックスする旅。いい感じだ。
……と、見せかけて、屋久島の滞在時間は数分程度。
私と友人はフェリーをここで乗り換えた。
世界遺産の島なのに?
ええ、そうなんです。世界遺産の島なのに。私にとっては、今回の旅においては、ただの乗り換えポイントでした。
目指すは口永良部島。あと、温泉。
屋久島で賑やかなたくさんの旅人たちと別れて、私は別の島へとさらなる船旅に出る。
少なくともこの旅が8年以上は前のことだと分かるのは、噴火と全島避難が2015年の大事件だったから。
旅した島がそんなことになるとは、と驚いたことを覚えている。自然は偉大だが、同時に、怖ろしい。そして、その猛威に対して、人間はどうすることもできない時がある。
ブラックな仕事に疲れ切っていたあの頃の私たちは、島旅に癒しを求めていた。たぶん、そうなんだと思う。
特に、何かをする訳でもなく、完全に仕事とは切り離された場所で、ただのんびりとする。
旅をすること自体が逃避だったのかもしれない。
口永良部島に到着した私と友人は顔を見合わせた。
「いいな」
「いいね」
「「実に何もない!」」
……島民のみなさま、ごめんなさい。そんなことを思ってました。
でも、ごちゃごちゃと人間関係も含めて色々なものがありすぎる場所からやってくると、そのことがとっても心地いいんですよ。
おそらくガソリンスタンドだと思われるところで、レンタカーを借りる。いや、レンタカーというより、軽トラだったけどね。
これが今回の島旅の足になる。
最初は島の学校を見学。本当は勝手に入っちゃダメなんだろうけれど、そのへんはおおらかだ。
先生らしき人と、生徒? 児童? がいた。でも、たぶん、親子っぽい。勤務している先生が子どもと一緒に赴任してきたのかもしれない。そういえば大学の時に、教育学部で陸上部だった知り合いが鹿児島出身で、合格したら最初は離島に行かされる、みたいなことを言っていた気がする。
あいさつをして、見学させてほしいと頼むと、「何もないと思うけど」と言いつつ、許可してくれた。
……それがいいんです。そのことに癒されるんです。
校庭で、バナナを発見。黄色くなくて緑色で、小さいやつ。美味しいからと分けて頂いた。
……甘っ!? え、バナナってこんなフルーツだったっけ?
そう。何年前のことか、思い出せないくらい昔の旅なのに、あのバナナの衝撃は覚えてる。たぶん、一生、忘れないだろう。
目的は温泉。この島には温泉がみっつあると聞いていた。それを全部、はしごするつもりだった。
で、軽トラで温泉を目指す。もちろん、ナビとかなかった。
ま、そもそも、迷うほどの道もない。すれ違う車もないけれど、たまたまそれがやってきたら大変ですね。道がせまいんで……。
で、温泉。それがもう、男湯とか女湯とか、そういうのないんでしょうね。混浴なんかな? ただし、だーれも入ってなくて、貸切。ほんと、貸切。
一か所、長期の湯治場みたいな、宿泊所みたいなところがある温泉もあったけど。
基本、だーれもいないの。
そりゃもう、裸族になって、身体が熱くなったら、裸族のまま一度外に出て、海を眺めて、少し冷めたら温泉に戻る、みたいな。
誰もいなくてちょっとモラル崩壊してたかもしれない。仕事のストレスの発散がおかしな方向になってたのかも……。
「やべー」
「まじやべー」
友人とふたり、語彙を失って、そんな感じになっていた。
温泉巡りのあとは、今夜の宿へ。民宿だ。
ただ、めっちゃおしゃれな感じの民宿だったのでびっくりした。いっぱい本とか置いてあって、食事も美味しくて……硫黄島が綺麗に見えた。あ、この硫黄島はニノが映画で出てた方ではなく、三島村の方の硫黄島ですね。
まるで時間が止まってしまったかのような。
癒され感がハンパなかったです。
許されるなら、長期滞在してずっとここの本を読んでいたかった……。
二日目も温泉巡り。
癒しとデトックスを求めて。でも、その熱さにぐったりしつつ。
ただし、二日目の宿は別のところだったので、そっちへと移動しなきゃダメだった。
細道で山道。そんな感じの道を軽トラで走る。友人は飲むので運転は私だ。慣れてるからそのことは気にならない。
でも、その運転中に、ガサガサっと音を立てて目の前に飛び出してきたのは鹿の親子!
「うおっ!」
「やべっ!」
私は思わず急ブレーキ。
私たちの軽トラの進行方向へと走り去っていく鹿。奈良公園とか宮島とかで見る人間に慣れた感じの鹿ではなくて、たぶん野生の鹿。マジもんの鹿。
「………………いや、もう」
「………………びびった」
そして、二人で顔を見合わせた笑った。
「鹿とか、ウケるー」
「いや、飛び出すか、フツー」
「車見たら逃げんだろ?」
「慣れてないとか?」
「あー、そーかも」
「車、少ないし?」
尊い自然の命を運良く守ることができた。私は自分の運転を誇りに思ったのだ。
そして、軽トラは今夜の宿がある集落へ到着した。
こっちはフェリーが入った港とは違って、漁港らしい。でも、防波堤の向こうの一面の海が最高に綺麗で、あと、テトラポットがめっちゃデカい!? めちゃめちゃデカい!?
そんなところにも感動してた。
で、宿でごあいさつ。今日はよろしくお願いします、みたいな。
そんな話をしてたら、白いセダンの車がやってきた。私たちとは1分、か、2分の差、くらいか。
「おー、ちょっと来てくれー」
宿の人が呼ばれてる。知り合いらしい。ま、ここに車でやってくる時点でたぶん島の人か。
「さっき鹿がおって、ちょうど良かった」
「あ、そーですか」
「ぐいっと踏み込んでガンっ! 一発でいけた」
「じゃ、こっちでしめますか」
「おう。頼む」
私と友人の目の前で開かれた後ろのトランクに鹿がいた。
どうやら、道に出てきた鹿を車ではねて、積んできたらしい。しかも、それをしめる……しめるって何だっけ? 確か、前に西表島の民宿で琉球イノシシをしめるのを実演してもらった記憶が……って、しめるんかい!? 食べるんかい!?
「……あれって、さっきの?」
「たぶん……」
私と友人は顔を見合わせて、とんでもなく真顔になった。何も余計なことはその場では口にしなかったけれども。
文化が違う。私はブレーキを踏んだが、この人はアクセルを踏んだのだ。だが、それはそれ。郷に入っては郷に従え。それに、ある程度間引かないと増えすぎても困るらしい。
同じ国でも存在する文化の違い。そんなことも感じた、貴重な島旅だったと思う。
……それだけ私が、楽に生きられるところで暮らしてるってことなのかも、しれない。
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