第4話 今はもう、鉄道では行けないところ。暗闇の底。貴重な体験だった
それは東日本大震災の後のことだった。
次々と廃止されていくブルートレインに乗りたかった。子どもの頃に憧れ、でも、お金がなくて乗れなかったブルートレイン。大人になって収入を得て、お金はあっても時間がなくて乗れなかったブルートレイン。とにかく乗れなかった。乗れない言い訳をしていたのかもしれない。
ブラックな職場とはいえ、ある程度長く勤めて、休みを手にするコツを掴んだ頃には、ブルートレインはどんどん整理縮小、そして、廃止となっていく段階だった。
寝台特急「日本海」が廃止されるだろうと言われて、とりあえず、乗っておいた方が後悔しないだろうと、無理矢理、旅程を組んだ。
メインは「日本海」の乗車ではあったが、せっかく青森に行くのなら、と。いろいろと考えた結果、三内丸山遺跡、六ケ所原燃PRセンター、尻屋崎、大間崎などをレンタカーで巡って、さらには海を渡って函館へ。
その途中で、竜飛海底駅にも行っとこうか、と。ここも、いずれは行けなくなるという噂があったのだ。北海道へと新幹線が繋がる頃には。
大阪から「日本海」に乗車して、乗っているという事実に興奮する。
乗車した感覚は別に、大阪~東京の寝台急行「銀河」や、熊本~東京の「富士・はやぶさ」とも(富士は厳密には大分~東京)、変わらないものだった。まあ、寝台車であることは同じなんだし。長崎~京都の「なは・あかつき」とは(なはは厳密には熊本~京都)、長崎から個室のソロで乗ったため、かなり印象は異なるが……。
当時は、トワイライトエクスプレスの次に長い距離を運行する旅客列車だったはず。
基本的には夜行列車なので、車窓の景色はあきらめが肝心だ。
目覚めて、明るくなった秋田あたりで、八郎潟干拓地の広大な農地を見て、なぜだか感動したことを覚えている。ここがかつては湖だったとか、信じられるか、という感じで。
ちょうど、万城目学先生の『偉大なる、しゅららぼん』を読んだ頃、というのもあって、ここを農地にしても食料自給率は低いんだよなぁ、なんて思ったのだ。
青森に到着したら、レンタカーでの移動に。
初日は三浦綾子大先生の『氷点』を思い出しながら青函連絡船八甲田丸を見て、うしおととらで襲われたんだよな、なんて考えた。それからレンタカーを借りて三内丸山遺跡で縄文時代を感じた。夜はぎょうざ。浜松餃子とか宇都宮餃子とか、有名なぎょうざはいろいろあるんだが、青森の、行者にんにくを使ったぎょうざも乙なものだ。
二日目は下北半島へ。
震災後ということもあって、原発関係は停止中で、原燃の見学施設も閑古鳥が鳴いていた。
端っこは大好きだから尻屋崎の灯台を訪れ、馬を眺めて、さらには大間崎へ行って寿司を食べ、まぐろの石像で写真を撮影し、温泉施設にもお世話になった。
帰りは眠気覚ましのガムを嚙みながら、青森まで戻って、レンタカーを返して、また、ぎょうざ。このぎょうざ、とっても気に入った。その後の旅で「あけぼの」に乗りに青森へ行った時も、ここのぎょうざを食べた。
メインは「日本海」の乗車だったのだが、三日目の函館への移動に、竜飛海底駅を加えたのは、私にしては英断だったと思う。
青函トンネルへと潜り込んだ特急が、真っ暗闇の海底にある薄っすらとした光の前で停車する。限られた扉だけが開いて、特別な切符を持った者だけが降りることができる。
なんという優越感。
……いや、鉄道に興味がない人、日常的に青森~函館間を移動している人には、関係ないし、興味もないんだろうが……。
まだガラケーの時代に、ぱしゃぱしゃとガラケーで写真を撮りまくった。駅名看板と自分を自撮りして、旅行好きの親戚にメールで自慢したりもした。
青函トンネルの中に駅があって、そこで降りることができたなんて、鉄道に興味がない人なら、本当に知らないだろうと思う。ダンジョンっぽくて面白いところだ。
ケーブルカーで上へ移動して、青函トンネル記念館を見学。またケーブルカーで下へ降りて、ほとんど幅がないホームから、また特急に乗り込み、函館を目指す。
今でも、ケーブルカーで下へ降りることはできるらしいが、ホームにはもう立ち入れないそうだ。新幹線に吹っ飛ばされたくはないな、うん。
もう二度と行けないだろうところに行けた、という事実。
後悔しない旅ができた、という思い出だ。
函館は展望台から夜景を見て、観光バスに乗っていろいろと見学して、五稜郭にも行った。頭の中でユキの曲が次々と流れてた。あ、JAMも、か。ユキの歌声、と言うべきか。
土方歳三を見て、なぜか、そばかすの数を数えたくなるとは……おそるべしるろうに……いや、そこはゴールデンかむろうよ……。
青函連絡船にも乗ってみたかったなぁ、と思いながら、ラッピの酢豚バーガーを夕食にした。ラッピ、美味しいな。
帰りは函館空港からの飛行機だった。マイルで特典航空券だし。ありがとうANA。
そういえば、まだ、行きたいな、と思って行ってないところがいろいろと、ある。後悔しないように、早目に行っておくべきかもしれない。
そんな風に、あの旅を思い出しながら、今、思う。
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