Episode-02 明菜の報告
もう深夜、といえる夜の十一時。
二条香澄は半月ぶりに家に帰ってきた。
これからお風呂に入らないとだが、あまりに眠くて、このまま眠りたくなる。
祖父の実家はとても楽しかったが、移動時間が軽く五時間というのがやはりつらい。
北海道の田舎だから仕方ないのだが。
ただその分、とても涼しかったし快適だった。
それだけに、首都圏に戻ってくるとこの暑さはこたえる。
空港からここまでの道でも相当暑かったので、やはり眠くてもお風呂には入りたい。
「香澄ー。お風呂入りなさいね」
「わかってますって」
眠りたい体を奮い立たせ、とりあえず荷物を部屋にもっていく。
香澄は夏休み後半、北海道の祖父の家に遊びに行っていたのだ。
道北にある祖父の家は、真夏でもかなり涼しかった。それだけにこの気温の寒暖差はかなりつらい。
とはいえ、あと数日で夏休みも終わる。さすがに学校があるからいつまでも涼しい北海道にいるわけにもいかない。
「あ、そうだ。明菜に帰ったこと連絡しないと」
スーツキャリアをとりあえず置くと、手早くメッセージを送る。
するとすぐ返事があった。
『みーちゃんおかえりー。旅行のお土産あるんだけど、考えてみたら北海道まるかぶりだね。私のは道東だから違うと思うけど。明日とかどう?』
明菜はつい先日まで同じく北海道旅行に久しぶりに両親と行っていたと聞いている。詳しくは聞いていなかったが、さすがに近くというわけではなかったらしい。
ただ、それ以上に香澄が気になっていたのは、明菜の誕生日頃の行動だ。
事前に誕生日から数日出かけると言っていたが、どこに行くのかとかを全く教えてくれていなかった。
『明日お昼過ぎは?』
そう送ると、『了解』と
とりあえずスマホを消してお風呂に入る。
眠いながらも、シャワーを浴びるとさすがに意識は再び浮上してきた。
(明菜、ああ見えて一途だからなぁ……また騙されてたりしないといいけど)
中学の時に山北から告白された時も、明菜は一途にあの男を慕っていた――というかそうすることが当然だと思っているのが明菜だ。それだけに裏切られた時の彼女の落ち込み様は、見ていられなかった。
あの時の様な事は二度とあってほしくない。
誕生日にどこに行っていたかはともかく、さすがに噂レベルで同じクラスの秋名夏輝と仲がいい、というのは香澄にも聞こえていた。
同じ学級委員で、かつ同じ天文同好会で活動しているらしいという。
明菜が星が好きなのはよく知っていたし、高校に入った時に『天文部がないよぅ』と嘆いていたのは覚えている。
一度勘違いして問い詰めた時――説明不足を明菜に謝られてクレープ二つで手を打ったが――の秋名の印象は、決して悪くはなかった。
少なくとも、あの山北よりはずっとマシだとは思えるが、いかんせん他クラスであることもあって判断が難しい。
ただ、一学期の期末考査で突然二位になっていたのには驚いた。
少なくとも勉強ができるのは間違いないのだろう。
必然的に真面目な男子だとは思えるが、それ以上はわからない。
ただ、あの後何回か恋愛相談めいたことをされたことがあるが、おそらくその相手は秋名夏輝なのだろう、とは推測できる。
ともかく明日聞いてみよう、とだけ決めて――香澄が眠った時には、とっくに日は替わっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こんにちは。那月です」
「あら明菜ちゃんいらっしゃい。香澄ー、明菜ちゃん来たわよ」
「入ってもらってー。明菜、部屋来てー」
「はい。お邪魔します、おばさま」
勝手知ったる、という感じで明菜が入ってきた。
中学一年の時に香澄がこのマンションに引っ越してきて以来の仲だ。
親同士も仲が良くて、ほぼ家族ぐるみの様な付き合いになっているので、お互いよく見知っている。
明菜が実質一人暮らしになってからは、時々作りすぎた食事を持って行ったり、去年明菜が落ち込んでいた時は、この家に泊めたこともある。
「久しぶり、明菜。はいこれ、北海道土産」
「ありがとー。私もこれ、北海道土産」
北海道の土産を渡し合うのも奇妙ではあるが、さすがに品が被るということはなかった。
「どうだった明菜。北海道、初めてだったんでしょ?」
「うん、すごく広かった。それに自然いっぱいでとても素敵だった」
明菜が行ったのは道東。釧路湿原や摩周湖などを見てきたらしい。
同じ北海道といっても、香澄も行ったことはない。
「摩周湖がホントにきれいでね。そうそう、名物の霧が全然なかったのよ。残念なようなレアなもの見れたような。でも未婚の人が霧のない摩周湖を見ると婚期が遅れる、とかいう話もあるらしいけど、まあ関係ないけど」
「明菜が結婚できないとかは……なさそうだけど、といえば、なんだけどさ。誕生日、結局誰とどこに行ったの?」
すると明菜の頬が少し赤くなる。
これだけで――大体推測はできた。
「あ、うん。みーちゃんには報告ちゃんとしないと、と思って。その……きー……夏輝君と、お付き合いすることになりました」
やっぱり、と少しだけため息が出てしまった。
「彼には失礼だけど……今度こそ、大丈夫なの?」
「む。みーちゃんでもそれは許せない。きーくんはあの男とは全然違うよ」
すでに呼び方が変わってた。あまりに進行の早さに――と思ったが、彼との噂を香澄が聞いたのは六月末ごろ。他クラスに噂が広まったのがそこであるなら、おそらくもっと早く仲良くなっていたとみるべきだろう。
「正直ね、最初は単に名前が面白いってだけで……あとは同じ天文同好会の人ってだけだったんだよ」
そういって明菜は秋名夏輝との馴れ初めを話し始めた。というか。
(これってただのノロケじゃ……)
聞いていて、確かに
あの時はどちらかというと『男女交際』というものに対する憧れでどうするべきかとか悩んでいたことはあれど、
だが、今は――少々、いやかなり食傷気味なほどに――。
「あ、あのさ、明菜、わかったから、その辺で。もう十分過ぎるから」
「えー。みーちゃんに聞いてほしいのに。あと男女交際の先輩だし、みーちゃん」
「え」
「聞いてるよ? 佐藤賢太君、みーちゃんの彼氏でしょ?」
どこから、と思ったがよく考えたら、あの問い詰めた時に付き合ってる、とは言ったような気がする。そこから聞いたのだろう。
ただ――。
「みーちゃんはいつから付き合ってるの?」
「なんでそんなことを話す必要があるのよ」
「えー。私の話聞いたのに?」
明菜が勝手に話したんでしょう、と言いたいが多分明菜は納得しない。
そしてこういう時の明菜はものすごく可愛い。同性から見ても、だ。
そのお願いを断るのは至難の業だ。
「えっと……その、中学三年からよ」
「え。ちょっと待って。佐藤君って高校から一緒じゃなかったっけ?」
「その、塾が一緒だったの」
「えー。じゃあ同じ高校に入ろうって? っていうか私全然気付かなかったよ」
「そりゃああんたは……まあ最初は浮かれてたし後半は受験で忙しかったでしょ」
明菜の中学三年の前半は、初めての男女交際で浮かれていた。
後半は受験勉強が忙しくて会う時間が減ったと嘆いてはいたが、今思えばそれでよかったと言えるだろう。
「む。まあいいや、中学のことは忘れる。でも、今も続いてるなら……その、やっぱ先輩だよね?」
「そ、そうだけど……その、私と賢太は何となくウマがあったっていうかで、その流れで付き合ってるだけだし」
「初めて会ったのっていつなの?」
「その、賢太って幼馴染なの。ただ、小学校の後半私は地方に転校しちゃって、久しぶりにこっちに戻ってきて、塾でばったり再会して……それからかな」
香澄は元はこの地域に住んでいた。その後、小学校の四年生の時に地方に引っ越して、中学進学と同時にこちらに戻ってきたのだ。
戻ってきたといっても、家は変わってしまったので同じ中学になることもなく、別に賢太と会うことなど考えていなかったのだが、偶然同じ塾に入って再会した。
「え。すごい運命的じゃない」
「あんたたちの名前ほどじゃないけどね」
話を聞いた時は正直何の冗談かと思ったくらいだ。
一方の明菜は、人の話を聞くのが楽しいのか、ぐいぐいと乗り出してくる。
「で、再会して付き合うことに?」
「ち、違うわよ。でもまあ懐かしくて、時々一緒に遊んだりしてて……同じ高校行きそうだからって……三年になった頃にいっそ付き合うかって言われて……それから」
「やっぱ運命的だよ。すごい。じゃあもう二年半くらい?」
「そ、そうね……そのくらいになるのかしら」
すると明菜はさらにずずっと前に乗り出してくる。
「ちょ、近い近い」
自分の魅力を理解してほしい。同性でもこの距離だと恥ずかしくなるのだ。
視線を外すために、麦茶を口に含む。
「あ、あのさ。その、どこまでいってるの?」
危うく飲みかけた麦茶を吹き出しそうになった。
「な、なに言ってんの、あんたは!?」
「え。いや、もう二年も付き合ってるなら、どうなのかなぁって」
「何にもないわよっ、まだっ」
「え。そうなの? キスとかは?」
「な、ないわよ……って、明菜もしかして」
返事は聞くまでもなかった。
びっくりするほど顔が真っ赤になっている。
「……距離感バグってるわね……明菜」
「え……でもなんていうか……雰囲気で……」
「私と賢太はそういう感じじゃないからいいのよ。というか流されたんじゃないわよね?」
「違います。ちゃんと結婚まで視野に入れてるし」
お茶を口に含んでいなくてよかった。
そうしたら今度は確実に吹き出した。
「な、な、な……なにそれ!?」
「え? お付き合いするってそういうことじゃないの? きーくんも同じ気持ちだよ?」
「このバカップル……」
高校生でそこまではっきり言うカップルは普通いない。
なのだが――まあお互い真面目に交際しているということだけはよくわかった。
わかりすぎたが。
「ひどいなぁ。ちゃんと真面目に交際してるもん。ご両親にご挨拶だってしたし」
本日三度目の衝撃発言。
というかすでに突っ込む気力すら失せて、香澄は床に突っ伏した。
なんというか、
「ど、どういうこと……?」
「ほら、誕生日出かけるって言ったでしょ。あれ、きーくんのご両親と一緒に星を見に長野に行ったの。まあ、ちゃんと付き合うってなったのはその時なんだけど」
一緒に旅行に行く時点でほとんど付き合ってるような状態だったんじゃないかと思うが、もはや言うだけ無駄だろう。
「で、先週お父さんたちが帰国してる時に、きーくんにうちに来てもらったの」
なんとそこまで終わってた。
となるとあとは文字通り『両家顔合わせ』くらいか。
「そしたら、お父さんときーくんのご両親、知り合いだったことが分かったの。まあ仕事上の付き合いだったらしいけど、後で聞いたらきーくんのご両親もお父さんのことは覚えてたって」
必要な行事がほとんど終わっていた。
というか――。
「あんたらさっさと結婚しなさい……」
「いや、それはだってまだ無理だし」
そういえば法的に結婚可能になるのは十八歳からだっけ、と思い出す。
この調子だとホントに高校卒業前に結婚するとか言い出しそうだ。
「あんたと秋名君の誕生日が過ぎたら、結婚してそうね……」
「うーん。さすがに……どうかなぁ。ちゃんと将来設計必要だし。大学は行くつもりだし。あ、そうそう。誕生日といえば、私ときーくん、同じ日なの」
「…………」
もう何を言えばいいのか。いろいろとお腹いっぱいになった気分だ。
香澄は『運命の赤い糸』などという存在を夢見る乙女ではない。
だが、この二人に関してはそれがあるとしか思えない。
「あ、それでね。ごめん、本題これからなんだけど」
「……は?」
正直これ以上何を聞かされるのか、という気分だが。
「あのね、お願いがあって。みーちゃん、天文同好会に入ってくれないかな」
「はい?」
賢太が天文同好会の幽霊会員であることは知っている。
そして明菜がそれに属していて、それがきっかけで今の様に秋名と付き合うことになったのは分かっていた。
いわば、天文同好会はこの二人にとっては逢瀬を重ねるための場でもあるというか、そこに入るというのはこの二人がいちゃついているのを見せつけられるだけ、ということになる。
「いや、なんでよ。あんたたち二人がいちゃついてるのを見せたいなら……」
「その、違うの。そうならないために来てほしくて」
「はい?」
意味が分からなかった。
「その、ね。私たち二人だけだと、その……歯止めが効く自信がなくて、ね。普段はいいけど、観測会とか、夜の学校で二人きりだと……その」
相当に恥ずかしいのか、明菜は真っ赤だった。
ただ、言ってることに嘘はないらしく、真摯にそういう事態を懸念してることも伝わってくる。
ほっとけ、と思う一方で友人が自制したいと考えているのはある意味健全だと思えて、応援したくはなるが――。
「でも私、ダンス部の副部長よ。そんなに協力はできないわよ」
「観測会の時だけでいいの。名前だけでも入ってないと、さすがに学校に入る許可下りないし。きーくんも佐藤君に頼んでるはずだから、いいでしょ? 夜の学校で星を観るのは、それだけでも素敵だよ。キスくらいならする雰囲気になるよ?」
「そ、れは、いいからっ」
否定しつつ――ちょっとだけ考えてしまった。
確かに星空とかロマンチックだ。今までほとんど関係が進まなかった賢太との関係が少しは変わるかも、という期待も――ないといえば嘘になる。
幼馴染から友人、一応恋人となってみたが――物足りなさを感じていたのは香澄も同じだった。
むしろ、目の前であっという間に先に進んだ友人の可愛さを見ていると、羨ましいと思うのは否定できない。
「……考えて、おくわ……」
そうは言ったが、多分押し切られるのだろうとは思った。
実際。
二学期始まって早々に、香澄は天文同好会への入会届に署名していた。
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