16.魔導書

 本屋に着いてまず思ったことを述べたい。


 ──最っ高に居心地が良い。


 俺は目が悪くなる前は本の虫と呼んでも差し支えないくらいには本が好きだった。

 あの本独特の匂いと紙の柔らかさが不思議な世界観を醸し出してくれる。


 それでも、本は雑多に積まれ、照明は所々に配置されたランタンだけ。

 本を読むことなど到底考えられていないような雰囲気。

 だがそれがいい。

 人生で一回くらいはこんな不思議感のある場所で本を読んでみたいと思っていた。

 やっぱり現代の図書館や書店は綺麗すぎる。

 その方がいいって人ももちろんいるだろうけど、俺は圧倒的にこっちの方がいい。

 更にここに魔法に関する書物があるだぁ?

 最っ高じゃねぇか!


 俺が一人興奮していると、前を歩いていたグラさんが一切の躊躇無く受付の奥へ押し入って行った。


「おーい、サラ。納品に来たぞー」


「ふぁ……グラ……もうそんな時間……?」


 すると奥からグラさんと連れ立って一人の少女が出て来た。

 銀髪に白いフードを被った可憐な少女だった。

 そして何よりほっぺがもちもちだった。

 もちーんみたいな効果音が鳴ってそうなほどにもちもちofもちもちだった。


「……どちら様?」


「おい、そこは客として扱えよ。お前仮にもここの店主だろ」


 グラさんのツッコミを眠そう目を擦りながら無視し、グッと俺に近付いてジロジロ見てくる。


「あ、あの、グラさん。この人が……?」


「あぁ、ここ『精霊の智慧』の店主だ。まだだいぶ若いがな」


「……よろしく……あなたは?」


「あっ、えっと俺は──」


「──そういうのはいいから、コイツに魔導書を見繕ってやってくんねぇか?」


「……魔導書?」


 そう言われるや否やキリッと表情に真剣味が増──したように見えなくもない店主さん。

 相も変わらずほっぺがもちもちだった。


「何属性が欲しい?」


 心なしか先程までふにゃふにゃだった声にも芯が通っている。

 だか──


「えっと……何属性があるんですか?」


 生憎と俺は無知だった。


「むぅ……そこからか」


 と言うと店主さんは受付奥に引っ込んでしまった。


「ちょっと待っといてやってくれ」


 グラさんにそう言われたので、少し待っていると店主さんが奥から黒板のようなものを引いて戻ってきた。

 俺たちの前までそれを引き摺ってきてから一息つくと、手に持っていたチョークのようなもので持ってきた黒板をコツコツと叩いた。


「まず、魔法には発生魔法と吸収魔法、操作魔法と精神魔法の4つの分類がある」


 そう言って店主さんは黒板に今言った分類を区切りながら書き込んでいく。


「で、発生魔法の中に含まれているのが火魔法と水魔法、光魔法の3つ。そして吸収魔法に含まれているのがそれらの逆にあたる氷魔法と乾燥魔法、闇魔法。

 発生魔法はその場で一から魔法の元になるものを作り出すから発生、吸収魔法は発生魔法で発生させるものを逆に吸い取って魔法の元にするから吸収って言う」


 綺麗な文字が黒板にどんどん書き込まれていく。


「ここまでいい?」


「……はい、何とか」


「じゃあ、次は操作魔法について説明する。操作魔法に含まれているのは風魔法と土魔法の2つで、これは元々存在しているものを操って魔法を行使するからこう呼ばれてる。だから前のふたつよりも魔力消費が少なくて済む。

 発生魔法の発生させる手順を省いたものと考えた方がわかりやすいかも。

 だから、発生魔法でも魔法以外で発生したものを使うこともできる。限定的な操作魔法だと思えばいい。もちろんその場合は操作魔法と一緒で魔力消費は少なくて済む。でも、吸収魔法はその性質上難しいと思う」


「お、おぉ……」


 恐ろしくテンポが早い。

 段々と早口になっていっている気もするし、えらく前のめりで熱弁している。

 ここで俺は確信した。

 あぁ、この人──オタクだ。


「理解した?理解したね。じゃあ精神魔法について行くよ。精神魔法は────」


 店主さんのマシンガントークは更に加速し、俺の体は打ち付けられていく。

 徐々にぐったりしていく俺と、止まらない店主さん。

 グラさんはそれを遠くから眺めて苦々しく笑っていた。

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