第2話 商いと一枚の銀貨
正面からがやがやと人の笑い声や、歩く音が聞こえてくる。
少し湿ったシーツにひどくカビの匂いがしみ込んでいて、それを肺いっぱいにため込んだせいか少し気分が悪い。
「んん、んぁぁ」
重たい体を起こし猫のように大きく伸びた。
所々小さな隙間のある木製の窓を開け外を見ると空には満天の星空が広がっていた。
そして同時に流れ込んできたご飯のにおいに腹部が雷のような音を立てた。
(とりあえず飯でも食べるか)
そう思い部屋を出ると先ほどまでかろうじて聞こえていた人々の声や物音がとても大きく聞こえるようになる。
カチャリと扉の鍵を閉め階段を下っていくと聞き覚えのある笑い声が耳に入ってきた。
階段を下りきってフロアを見渡すと昼間の時とは比べ物にならないほど人が多い。
さっきはしなかったアルコールの匂いが酒場の中に充満していて鼻がツンっと刺激される。
「おお、行商人さん起きたか、昼ぶりだな」
そうガハガハと笑うのは昼にお世話になった中年の番人だった。
「上のほうまでその笑い声が聞こえてましたよ、昼時はありがとうございました」
初めて見る顔だからだろうか、こちらに気が付いた何人かの視線が刺さる。
「いいんだよ、それより今夜は飲もうじゃないか、この出会いに竜神様の加護があらんことを」
そう差し出されたコップには並々のお酒が注がれていた。
「そうですね、神のご加護があらんことを」
強くぶつかり合ったコップから酒がこぼれる。
しかし気にすることはない、これはこの世界での数少ない礼儀なのだ。
「しかし、この酒場は人が多いですね、村にはほかに酒場がないんですか?」
「いや、ここ以外にも三軒あるがここが一番落ち着くんだよ、店員も別嬪さんばかりだぜ、一人除いてな」
そうクスクスと笑っていると、彼の後ろからニコニコと笑う昼間の女性が顔を出した。
「随分楽しそうだねぇ、この前のつけ、今ここで請求してもいいんだよ」
彼女の登場にひえっと情けない声を上げ勘弁してくれよぉとわめいている。
「あんた、気分はどうだい?よくなったんならここで飯、食ってきな」
サービスしとくよというと愛想よく笑ってカウンターへと帰っていった。
「マリーザだよ、いつもああなんだ、人の顔見るなり、つけは?つけは?って俺の給料ぐらい知ってるはずなんだがな」
嫌味を垂らしながらも酒を飲む手は止まらない。
アルコールが回って顔が真っ赤になっている。
「今日は、私がおごりますよ」
そう言うとすぐに姿勢が低くなり、手をこすり合わせる。
「待ってましたぁ!」
喚きまわる中年を宥めて、話を続ける。
「その代わりと言っては何ですか......」
その言葉に顔をしかめて耳を傾ける。
「祭りが終わったらおすすめの商店と鍛冶屋、紹介していただけませんか?」
少し的外れな発言だたのか、たいして考えもせず二つ返事で了承を得られた。
「そんなこと、頼まれればいくらでもやってやらぁ」
彼はその代わりと話を続け、結果銀貨一枚分を一夜にして失うこととなった。
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