第1話 商いとカカル村

 林を出てからしばらく、小さな建物と二人の武具を身に着けた人が見えた。

 よく見ると片方がこちらに向かって手を振っている。

 こちらも大きく手を振り返すと、遠くから声が聞こえてきた。

「おーい、行商人さん、今カカルでは感謝祭ってのやってんだよ、悪いけどあと十分、いや二十分ここで待っててくれねぇか?」

 遮るものがないからだろうか五十メートルは離れているが風に乗ってよく聞こえる。

 そのままカラカラと馬車を動かして二人の前に馬車を止めた。

「あと十分ほどですかね、中ではどんな催しが行われているんですか?」

 行商ギルドが発行しているギルドカードを提出し、確認している中年の番人にそう尋ねた。

「その前にまずこっちの質問が先だ、あんた行商人だろ、ここに何を売りに来たんだ?」

 そういって中年の門番はもう一人の若い門番に積み荷の確認を指示した。

「そうですね、ではトナカイの毛皮が三十四枚、釘と金具がそれぞれ百組、東の国のはやり衣装が四十着、それから塩が六十キロ分ですね」

「ほぉ、塩かカカルでは取れないからな、トナカイもここにはいねぇ、商人さんもなかなかやるなぁ」

「いえいえ、ではこちらの質問も」

「ああ、そうだっな、今年の感謝祭は少し長くてな一週間かけて行われる、最初の三日間は村の連中だけでそれが終われば外の奴らも参加は可能ってわけだ、まぁ人なんてめったに来ないがな」

「そうですか、ではちょうど終わったところですか?」

「ああそうだ、ほんとにいいタイミングできやがるぜ」

 そういうとガハガハと笑いに馬車をたたく。

「すみません、何せ知らなかったもので」

「いいんだよぉ、それと催しだったな、今から四日間はパレードが昼と夜に行われるが、それ以外は大したことはしないさ、そうだよなぁ?」

 中年の番人が若い番人に話を振った。

「え、えぇそのはずです」

 一瞬のためらいはあったものの否定はなく、本当にそれだけみたいだ。

「わかりました、パレードですね楽しみにしておきますよ」

 ギルドカードが返却されあたので、馬車を進める。

 番人たちは馬車の影が見えなくなるまで手を振り続けた。

(しかし厄介だな、早めに商品をさばいて商談に取り掛かりたかったんだが)

 祭りということは村の端からは端までほとんどの住人が集まるということ。

 なら、商談はおろか積荷の売買だって難しいだろう。

(困ったな、幸い劣化する品があるわけじゃない、しばらくは大丈夫だが)

 そう頭を抱えながら村の中央道りを進んでいく。

「はぁ、しょうがない今はお金に困っているわけじゃないししばらく観光でもしながら街の様子でも見てみるか」

 石畳で作られた道にガコガコと車輪が沈む。

 しばらくすると先ほどの番人から教えてもらった宿屋が見えてきた。

石窯石炭亭いしがませきたんてい、ここだな」

 白と灰色と浅めの黒の石でできた四階建ての大きな宿だった。

「見た感じ一回は馬宿っぽいな」

 馬から荷馬車を外し、宿の裏へ止めた。

(しかし不思議な話だ、外からの客なんてめったに来ないこの村でどうして宿屋なんて開いていけるんだ?)

 あたりは山に囲まれていてほとんどカルデラといってもいいところだ。

 よっぽどの理由がない限りここに来る奴らもいない、だがしっかしと整た宿屋が設置されている。

(まぁ、泊まれるならいいか)

 そう思い入り口の扉を開けるとここで宿屋が成立する理由がすぐに分かった。

「二階は酒場か、それもかなり人の入りがいいぞ」

 中では制服を着た店員さんたちがせっせと料理を運び続けていた。

 見えるだけでも十、いや十五はいる、国のほうでもなかなか見ない人の入り方だ。

(驚いたな、ここまで効率のよい宿は初めて見た)

 そう口を開け傍観していると、一人の女性に声をかけられた。

「お客さんかい?見ない顔だけど外の者か」

「は、はい、今日から一週間ほど宿をお借りしたいのですが」

「はいよ三〇二号室ね、これがカギ、なくしても責任は自分で取るんだよ」

「はい、えっとお金は?」

「そんなの、後ででいいんだよ疲れてるんだろ、早く休んじまいな」

 そう笑顔で指をさし部屋の場所を教えてくれた。

 キシキシそなる階段を登りきると、光がよく差し込む廊下に出た。

 太陽に照らされたほこりがキラキラと光っていて。

 先日の雨のせいか木からは生乾きのにおいがしている。

「とりあえず一度休もう、旅続きでろくに体も休んでないからな」

 部屋を開け、そのままベッドへ倒れこんだ。

 

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