商いと君と宝石。

煎れ為替派

プロローグ 行商人の性

 冬が終わり、冷たい風が吹く中でも木々は確かに翠色に移り変わっている。

 小さな小石に馬車が揺れ、手綱を握る手が赤くかぶれる。

 雨が降ると馬車の通らない道はすぐに泥濘ぬかるんで通りづらくなる。

「ここも変わらないな」 

 山を二つ超え、四日間かけ森を抜けることでこの村にたどり着くことが出来る。

「東の国はもう暖かかったんだがな」

 東西南北、この世界には四つの国がありそのどれからも隔離されているこの村には、商人はおろか人だって来ることが少ない。

「カカル村か、どうしてこんなに不便なところに村なんて作っちまったんだかな」

 一番近い北の国からも丸一週間、しかしそんな村にも彼のような行商人が来ることがある。

 ハイダル硬貨。

 今から八年前、南の国の王ハイダルが自国を中心に発行した硬貨で、今ではこの世界での基軸通貨になりつつある。

 たったの八年、その短い期間で今や凄まじい利益を生み出している。

 硬貨の種類は、竜赤宝貨、白銀貨、金貨、銀貨、銅貨の五種で。

 素材もそれぞれ、ブラッドクリスタル、ミスリル、金、銀、銅の五種だ。

 この素材の配分量に比例して硬貨の価値は大きく上下する。

 そしてハイダル硬貨の素材は、一律メイン素材が六割を占めている。

 ここカカル村は竜赤宝貨の素材、ブラッドクリスタルの採掘地である。

 しかしそのことを知っているのは行商人の中でもごくわずかだ。

「極端に隔離された秘境、ここでガツンと大きな商談を取れれば、行商人として一気に出世だ」

 起きても起きても、金のことを最優先に考えて行動する。

 それが商人、行商人の性である。


 針葉樹が無造作に生える林を抜けた。

 林に中からだと見えなかった景色が一気に視界に広がる。

「美しいな、ここがカカル村か」

 思わず言葉になってしまうほどに、美しい場所だった。

 石造りの家々と至る所に張り巡らされる水路。

 村から離れたところでは放牧がおこなわれている。

 そして中央には母なる樹、その大きさは天に届くほどだ。

 そよ風にさらされ草花がざわめく。

 透き通った匂いが直に肺に入ってくる。

 雄大、その一言に尽きる。

 村のほうを見るともくもくと黒煙が上っているのが見えた。

(宿場、いや鍛冶屋だろうか、まぁ門番にでも聞いてみるか)

 馬車を引く馬の脚は手綱に弾かれ早まっていった。


 

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