四章 謎に迫る日

 翌日。朝食を食べ終え一息ついている時間帯。晃へと皆ちらちら視線を向けるも誰も口を開かない。そしてまた彼も調べ物があるのかずっと今までのヒントやメッセージを書き留めた学生手帳を見詰めては何かを思案していた。


「ね、ねえ。晃君……昨日確証がないけれど、何かわかったみたいな感じだったけれど、僕達に話してはいけない事なの?」


「……真相に辿り着いたわけではないから言えないだけだ。少し調べ物がある。皆はここで待っていてくれ」


「一人でいったら危ないよ。僕達も一緒に……?」


意を決して口を開いた奏介へと晃が答え立ち上がり教室を出ようとする。その背中を呼び止め一緒に行くと言おうとした時。複雑な感情を押し殺した目で見詰められ驚いて立ち止まった。


「……残念だよ。このような結果を招いてしまった責任はちゃんととる。後は、頼むぞ」


「晃君?」


静かな口調でそう告げて教室を出て行ってしまった彼の残した言葉の意味を考えてみる。しかし何も思い浮かばなかった。


(晃君一体何を言いたかったんだろう。……このような結果を招いてしまった責任を取るって……もしかして、犯人が誰か気付いているのかな?)


考えても答えが出てこないので他の皆に目線を向けて聞いてみる。しかし全員から視線をそらされ、彼等も分からないのだと思い尋ねる事をあきらめた。


それから時間は経過していき気が付いたら時計の針は十五時を指していて、いくら調べ物をしているとはいえ遅すぎやしないかと皆で話し合う。


「ねぇ、晃君戻ってこないね」


「まだ調べ物をしているのかな」


「でも、心配だわ。探しに行きましょう」


不安な顔で扉を見詰める優紀の言葉に奏介も心配そうにそちらを見詰め呟く。


瑠璃が言った言葉に皆異論はないようで四人で探しに出かけた。


校舎の中は広い。あっちこっち探し回ったが一向に見つからない。その時図書室の扉が少しだけ開かれているのが見えて、もしかしたらそこに居るかもしれないと思いそちらへと足を進める。


「晃君、いるの?」


大きな図書室だ。たくさんの本がずらりと並ぶ。紙とインクの匂いと入り交ざり鉄くさい臭いが鼻についた。


「晃君、怪我してるのか?」


嗅ぎなれてきた血の臭いに慌ててその出どころへと駆け寄ると、細くて白い首に赤い線が走りそこから滴り落ちる赤い滴。床に落とされたカッターには血の跡がついていて、彼の手には生徒手帳が握りしめられていた。調べ物をしていた時に襲われたのか、床一面に散らばった本。その光景に皆息を呑む。


「……晃君は、最初から真相に気が付いていたのかもしれない。でも、確証がないから言い出せなかった。そのせいで皆が死んでいってしまったことに責任を感じて一人で調べようと思ったのね。それが……そのせいで命を落としてしまったんだわ」


彼の手に握られていた生徒手帳を丁重に取り上げ広げてみたそこに書かれた文字に、瑠璃が瞳を揺らして呟く。


「これを見て、晃君が残してくれた暗号よ。この暗号を読み解けば、謎は解明されるわ」


そう言って差し出された手帳を皆で覗き込む。暗号は数字で書かれていて昔の人ならばポケベルでやり取りしたのでそれを連想すれば分かると思うが、所々に意味のない数字を混ぜた語呂合わせになっていた。それを文字で表すと次の通りに読み解ける。


【全ての謎を正確にときあかさなくてはならない。ただ謎を解くだけでは意味がない。謎がかいめいされれば皆は解放される。だが、謎がとけなければ***は生きてここから出られない】


またもや大事な部分は血痕が付着し消されてしまっていて読み解けなかったが暗号化された文章はこう書かれてあった。


「……私、少し疲れてしまったわ。ちょっと休憩してくる」


「休憩ってどこで?」


小さく溜息を吐いた瑠璃が本当に疲れ切った様子で呟く。その言葉に優紀が不安そうな顔で問いかけた。


「職員室って皆は入った事ないから分らないと思うけれど、奥に簡易台所があってね。そこで来賓とかにお茶を用意して持って行ったり、教師達が休憩時間にコーヒーとか入れて飲めるようになっているのよ。だから、そこでお湯を沸かして紅茶を飲むの。大丈夫よ、あなた達だけ残していったりしないから」


彼女は不敵に微笑みウィンクを一つ残すと職員室へと向けて歩いて行ってしまう。


「僕達も行こう。一人きりにさせて何かあったらもう、嫌だから……」


「それなら私が瑠璃さんと一緒に行くわ。女の子通しの方のが色々と話しやすいだろうし、それに……私もあんな魅力的な女性になりたいから。その秘訣をこっそり教えてもらいたいのよね」


奏介の言葉に優紀が言うと一瞬言葉を止めじっと男子二人を見詰めてからにこりと笑い答えた。


二人は意味が理解できなかったのか揃って疑問符を浮かべる。そうこうしている間に彼女はさっさと図書室を出て行ってしまった。


「ねぇ、魅力的な女性になるのに秘訣って何かあるの?」


「知らねぇーよ。……女って怖いな」


「えっ、何か言った?」


不思議そうな顔で海へと視線を向ける奏介に彼がぶっきらぼうに答えた後小声でボソッと呟く。それが聞き取れなくて彼は更に首をかしげる。


「何でもな――」


「瑠璃さん!?」


「「!?」」


海が返事をしようと口を開いた時優紀の悲痛な叫び声が木霊した。それに二人は驚き顔を見合わせると何かあったに違いないと直感で感じ取り慌てて職員室へと向かう。


「優紀ちゃん大丈夫?」


職員室へと駆け込むと給湯室の前でしゃがみ込んで震えている優紀の姿があり、奏介が慌てて支えるように肩に手を乗せる。


「……いかないって言ったくせに。これだから大人って嘘つきだ」


「っ……瑠璃さん」


海が見詰める給湯室の中へと奏介も視線を向けた。そこにはカップがひっくり返され紅茶が床へと滴り落ちる中、シンクの側で倒れて動かない瑠璃の姿があり、腰の辺りに深々と突き刺さった果物ナイフから赤い血痕が白い床へと広がっている光景が見えて奏介も震える声で彼女の名前を呟く。


「皆、皆死んでく。もう、もういやだよ。やめて。もうこれ以上誰も奪わないで。私、私が犠牲になるから……だから、もう止めてよ!」


「優紀ちゃん……大丈夫。君の事は僕が、僕が守るから。だから……」


錯乱したかのように泣き叫ぶ優紀を奏介は落ち着かせようと必死に抱き締めなだめる。


「……これ、最後のメッセージか」


海が壁に画鋲で刺してあった紙を取り外して見せる。


【全ての謎を見届けし者よ。明日、屋上で待つ……正しい答えを導いて……】


そう書かれたメモに三人の顔色は一気に悪くなった。屋上に犯人がいる。明日になればすべての謎が解明される。そうなれば皆解放される。今生き残っている優紀と海だけは何とかして自分が犠牲になってでも助けよう。そう、奏介は心に誓った。


翌日。まだ二人が眠っているのを確認するとそっと教室から抜け出した奏介は屋上へと向かう。犯人が待っていると言った場所だ。何か武器になるものでも持って行った方が良いだろうかとも考えたが、すでに何人もの人の命を奪っている犯罪者にただの学生が立ち向かったところで何にもならない。


それならばなんとか話をして時間を稼ぎ、謎を解き明かして二人をここから出してもらおう。たとえそれで自分の命が奪われることになったとしても。そう決めたからこそ二人に何の相談もなしに一人で向かうことを選んだのだ。


「……ごく」


生唾を飲み込み緊張で手に汗を握りながら屋上へと続く扉の取っ手を捻り開ける。


「……誰もいない」


しかし開け放たれた屋上には誰の姿もなかった。隠れているのかもしれないそう思いくまなく辺りを見回したが、だだっ広い空間には誰の姿もない。


「……奏介君。こんなところに一人で来るなんて、危ないよ」


「優紀ちゃん……ごめん。でも、屋上に犯人がいるなら、それならば僕がこの学園に隠された謎を全て解き明かして、それで優紀ちゃんと海だけでも助けられればって思って」


いつの間にか背後に立っていた優紀に声をかけられ慌てて取り繕うように話す。


「もしかして、奏介君。自分が犠牲になればいいなんて馬鹿な事考えていたわけじゃないよね? 嫌だよ。奏介君が死んだら私、私……お願い、奏介君ずっと一緒にいて。生きていて!!」


「優紀ちゃん……」


抱きついて涙を流しお願いされてしまっては奏介も言葉に詰まり考えるように黙り込む。


「優紀ちゃん、その……」


「っ!?」


如何返答しようか迷っていた時優紀がいきなり奏介を突き飛ばす。冷たいコンクリートの床にお尻を付いてしまった彼が驚いて乾いた音を立てた方へと視線を向ける。


「海? 何で……お前そんな物騒なものもってるんだよ?」


「……奏介。そいつから離れろ。こいつが……こいつが皆を殺した犯人なんだ!」


「え!?」


拳銃を構えた状態のまま身動き一つつかない海の姿に驚いて目を見開く。動揺しすぎて声が震える。しかし奏介の姿も見ないまま淡々とした口調で彼が言った。


その言葉に本日二度目の驚愕に目を白黒させ暫く呆気にとられる。一体目の前で何が起こっているのか理解が追い付かなかった。


目の前で友人が女の子を殺そうとしている。そして殺されそうになっている少女こそ皆の命を奪った犯人だという。その驚愕の事実に奏介は頭の中をフル回転させ何とか現状を理解しようとしていた。


「な、何を言っているんだ。優紀ちゃんが犯人だなんて……そんなわけないじゃないか」


「今までずっと優しくて穏やかな悲劇のヒロインを演じていたが、優紀の本性は最も残酷で残忍な女なのさ。女であることを利用して亮人を油断させ、隙を見せたところを殺害。秘密に気づいてしまった彩夏の命も奪い、犯行を見られたため恵弥や暉。そしてうすうす勘づき始めていた畔柳さんに呼び出され説得を試みる彼の隙を付いて胸に包丁を突き刺した。鈴や朱もこそこそと嗅ぎまわっていたことに気付いていた優紀は二人に近づき女の子通しの方が話しやすいだろうと言って、鈴をまず殺害し、彼女の悲鳴に気付き現場に駆け込んだ朱も殺した。確実に真相に近づき謎を解き明かそうとした晃を殺し、そして瑠璃の命も奪った。本当に女って怖いな。そこまでして自分一人だけ生き残りここから出たかったのか?」


「そ、そんな。酷い……酷いわ、海君。私を疑うなんて……海君こそ拳銃なんか持っているじゃないの。海君私を犯人に仕立て上げて私達を殺すつもりなんでしょ。酷いわ……うっ……うっ……」


奏介が何とかその言葉を絞り出すも、海は淡々とした口調を崩さずに推理する。その言葉に優紀は震えて涙を流し俯く。


「泣きマネなんかでオレを落とせると思ったら大間違いだぜ。そんな子供だましの手が通用すると思うな。他の連中が死のうが生き残ろうがオレには関係ないけど……お前は今、奏介の命まで奪おうとした。それだけは黙って見過ごすことはできない。その背中に隠した包丁が何よりの証拠だ」


「え?」


「…………」


海の言葉に驚いて優紀の姿を凝視する。うつむいたまま黙り込む彼女はもう震えていなかった。


「……ふ、ふふっ。……あっはははははっ! あ~ぁ。あともう少しで全て上手くいくと思ったのになぁ~。奏介君の側にいる君がいつもいつも邪魔だったのよ。あんたから引き離せさえすれば奏介君を殺せる。残ったあんたと相打ちになったとしても私だけはここから解放される。そう思っていたのに計画が全て水の泡だわ」


「ゆ、優紀ちゃん?」


今まで見たこともない黒い笑顔で悪態をつく優紀の姿に奏介は愕然としてしまう。


「あんたさえいなくなれば、奏介君を殺す事なんて簡単なのよ。だから、あんたから先に死んじゃえ!!」


「っ!?」


狂乱した様子で皮肉な笑みを浮かべ包丁を両手に構え海へと突っ込んでいく優紀。しかし瞬間乾いた発砲音が屋上へと鳴り響いた。


「……奏、介君。……貴方の事、好きになったのは、本当……でも、ごめん。許して、ね」


「優紀、ちゃん……」


胸を貫かれその場に崩れ落ちる彼女は涙を流しながら最期の言葉を呟く。その瞳にはすでに光はなく奏介の顔なんか見えていないだろうに彼の方へと微笑む。


「……優紀ちゃん! っ。海、何も、何も殺さなくたって良かったじゃないか! 彼女が犯人だったとしても、捕まえてもう悪さできないようにしておけば済んだ。それなのに、どうして!!」


尻餅をついた状態のまま一連の流れを見ていた彼が俯き泣き叫び喚く。


「……それじゃあ意味がないんだ。……が、生きていたら何の意味も」


「海?」


様子のおかしい友人へと顔をあげてその姿を見た奏介は目を見開き息を呑む。


「……奏介、お前は生きろ。俺が死ぬことでお前はこのイカレタ学校から生きて出られる。だから、無事に家に帰ってまた……学校で会おうな」


「っ、海!?」


自分の頭へと銃口を突き付け優しく穏やかに微笑む友人の姿に奏介は慌てて立ちあがる。


しかしそれと同時に目の前で海が引き金を引いた。乾いた音の後崩れ落ちる銀の髪に彼はまるでスローモーションで映像を見ているかのような気持ちでただ呆然と立ち尽くす。


「っまたなんて……またなんて起きないだろう。お前が死んじゃったら……もう学校でも家でもどこでも会えるわけないじゃないか!!」


そして呆然としたままその場に力つきたかのように座り込み泣き叫ぶ。ただ一人きりになった空間で暫く嗚咽する。


「……皆、皆善い人達ばかりなのに。どうして、こんな弱虫でどうしようもなくて、何一つ気付けないまま誰も助けることが出来なかった僕だけが生き残っちゃうんだよ。そんなの認めない! 認めないよ! うっ……うっ……あぁああああぁぁぁぁっ!」


叫びまくり泣きじゃくり声も枯れてしまった頃、彼はぼんやりとした瞳で屋上の縁へとフラフラと歩み寄る。


「そうだよ。僕だけが生き残っていたって何の意味もない。謎も解明できなかった。皆をここから解放することも、生きて家に帰る事も。それならば、そんな何も出来なかった僕が生きているなんて、そんなの……意味がないじゃないか。僕も皆の側に逝くよ。だから、僕だけを措いて逝かないで……」


その瞳に光は灯っておらず、絶望に飲み込まれてしまった青年はただ、清々しいほどのまっさらな空の下、自らの意志で屋上から足を踏み外し飛び降りる。


あの世で皆と再会することを願いながら、奏介は意識を手放した。

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