三章 皆が狂っていく日

 翌日。朝も早いうちから暉の姿を探すこととなっていたのだが、目を覚ますと畔柳の姿がどこにもなかった。


「畔柳さん一体何処に行ったんだろう?」


「同じ部屋で皆寝ていたのに、誰も出て行ったことに気付かなかったなんて……あの人年長者の責任とか感じてそうだし。暉に一人で会いに行って問い詰めようと思ったとか?」


奏介の言葉に朱が仮説を唱える。


「いくら責任を感じているとはいえ、万が一彼が本当に犯人だとして、危険だと分かっている相手に一人きりで会いに行くと考えるだろうか? それよりも、今までは大人だし年長者だからという理由で納得してきたが、いつも、いつも、勝手に場を仕切ったり、死体の処理をしてきたのは畔柳さんだ。それって、ぼく達に知られたくない何かを隠すためにやっていたのでは……」


「ち、違うよ。そんな、畔柳さんを疑うなんて。晃君おかしいよ。畔柳さんは一番年上で大人だから、私達の心に傷を負わせないために死体の処理をしてくれていたんだと思う。そんな優しい人を疑うなんて……どうかしている!」


晃の言葉に悲痛な思いで鈴が叫んだ。


「皆如何かしている。朱君も恵弥ちゃんが犯人じゃないかって疑って、今度は暉君が犯人なんじゃないかっていい出して、最終的には私達を支えてくれて守ってくれている畔柳さんまで疑うなんて……おかしいよ」


優紀も涙を流しながら震える声で訴える。それに晃も「すまない」と呟く。


「どうも、気が狂いそうなことばかり起っているせいか、冷静さを欠いていたようだ。もう、もう大丈夫だ」


「皆、落ち着いたなら畔柳さんと暉君を探しに行きましょう」


皆が落ち着くのを待ってから畔柳がいないため瑠璃が場を仕切る。促された全員で学校の中を探して回った。


校舎の中は何処を調べてもいなくてグラウンドにも中庭にも姿はない。


「行き違いとかかな。一度教室に戻った方が良いかも」


「いや、まだ一か所だけ見てないだろう」


奏介の言葉に海が首を振って話す。それに不思議そうな顔で見詰めていると裏庭の方へと視線を投げかけ口を開く。


「畑があった裏庭だ」


その言葉に皆確かにそこは盲点だったと言わんばかりにハッとする。


「確かに野菜をある程度抜き取ってしまったから、行く事もなかった。そこに……いるって可能性もあるよな」


朱の言葉にそう言う事だと頷き皆で裏庭へと向かう。


「暉君、畔柳さん。いるの?」


「いたら返事しなさい」


優紀が大きな声で呼びかけると瑠璃も必死に探しながら叫ぶ。


「っ……き、きゃあっ!!」


「鈴! ……っ!?」


その時楠の並ぶ辺りへと視線を向けていた鈴が悲鳴をあげる。その声に瞬時に反応した朱が彼女に何か危険が及んだのではないかと思いかけよると、目の前の光景に言葉を詰まらす。


「そ、んな……畔柳さんまで」


奏介も駆け寄ってみた光景に膝を折り曲げ力つきたかのように地面へとへたり込む。


楠林の一本の木にへたり込むような感じで座って息絶えている畔柳の姿。胸には包丁が突き立っておりそこから赤い滴がしたたり落ちていた。


「血が止まっていないってことは、それほど時間が経過していない?」


「なら、この近くに暉君が――っ。暉君!」


朱の言葉に鈴も反応して辺りを首ごと振って探すと遠くに人影が動くのを見つける。


皆もその影を追いかけるようにそちらへと駆けだす。


「音楽室の方よ!」


一番前を走る鈴が叫んで位置を知らせる。そうして一生懸命走り音楽室の前へと来るとその閉ざされた扉から赤い海が広がっているのが見えて皆息を呑む。


「ま、まさか……」


「兎に角開けるぞ」


青ざめる鈴を背後へと押しやり朱が扉をひき開ける。同時にそこに寄りかかっていたらしい何かが床へと倒れ込む。


「「き、きゃあっ!!」」


「ひ、暉君……」


扉が開かれたことにより支えを失い廊下へと倒れ込んできたのは胸から血を流して息絶えている暉だった。


「銃で撃たれているわね。……銃だなんて。そんな物騒な物を犯人は持ち歩いているっていうの?」


瑠璃が震えながら大人だからと自分を奮い立たせ様子を見る。そして胸に食い込む銃弾の様子に銃で撃たれたことに気付く。


震えて立ち竦む優紀と鈴を連れて一度教室へと戻るも、空気は重苦しいままだった。


「……畔柳さんのズボンのポケットに入っていたメモの切れ端と、暉の死体の側に落ちていた血痕のついた紙切れ……この二つにはそれぞれメッセージが書かれていた」


静寂を破ったのは晃で、彼はすらすらと説明を始める。


「まず、畔柳さんのポケットから出てきたメモの切れ端には【謎をとき明かすためには、いつも側にいるあ……】ここまでしか読み解けなかった。後は文字が乱れていたからな。次に暉の側に落ちていた血痕のついた紙切れには【真相はもう明かされない。謎を全てとくカギは側にある。犯人を見つけ出せなければ皆命を落とすだろう】……と。今までのヒントもまとめて推理すると、すでにぼく達は全ての謎をときあかせる状況にあった。だが、もう真相は明かされない状態となってしまった。謎をときあかすためにはつねにぼく達の側にいるカギを握る犯人を見つけなければならない。でなければ皆命を落とすことになる。……という事だろう」


「いったい、誰が、誰が皆を殺したの! もう、いやだ。私、家に帰りたいよ~」


「鈴。……僕達は少し席を外す。ここにいたら気が狂いそうだ」


晃の言葉に泣き叫ぶ鈴。その様子に朱が寄り添いながら彼女を連れて部屋を出て行った。


「奏介、大丈夫か?」


「どうして、僕達なんだろう。僕達がどうしてここに閉じ込められたんだろう。皆、皆とても善い人達ばかりなのに……」


「……善い人達ばかりだからだ。それ以外に考えられない」


教室の中に再び静寂が訪れる。俯き顔を青くさせている奏介へと海が声をかける。


それに彼が涙を堪えた声で呟く。聞き拾ったらしい晃が複雑な顔をして答える。


「善い人だからって……だから閉じ込められた? 何で、どうして?」


「……もう、謎をとき明かせないのなら、ここから出られる望みは……一つだけ。犯人を見つけてこのイカレタ犯行を終わらせるそれ以外にもう、もう手は残っていないのだからな」


「「「「……」」」」


彼の問いかけに答える事無く晃は瞳を曇らせて話す。その言葉に皆それぞれが各々の想いを抱き彼を見詰めた。


「さぁ、お昼になるからそろそろご飯にしましょう。いくら悲しいことが起こっていたとしても、食べなくちゃ。食べて生きて行かなくちゃ」


「私鈴と朱を呼びに行ってきます」


「ぼくも一緒に行く。一人だと危ないからな」


瑠璃が切り替えるように明るい声を出すと言い聞かせるように話す。それに笑顔を作った優紀が椅子から立ち上がると晃も共に行くと動き出す。


そうして瑠璃がご飯を作るので海と奏介も手伝うことに。実際これだけの人が死んでいるのだ、一人で行動して万が一命を狙われてはいけないと奏介の提案で三人が料理を作る事となったのだ。


「簡単な物なら食べられると思うから、今日はスープよ。それからおにぎりも少し握っておいたわ」


(……この場所で亮人君が)


「奏介、今余計なこと考えていただろう」


「え?」


お鍋を掻きまわしながら瑠璃が言う隣で、ちらりと床に視線を落とし奏介が内心で呟く。その様子に海が小声で尋ねてきた。


「……余計なことは考えるな。今をどう生き残るかだけを考えていろ。お前まで狂ったら困るからな」


「う、うん」


おにぎりを皿へと入れる作業をしながら彼が言った言葉に奏介は小さく頷く。そうして出来上がった料理を持って教室まで戻るも誰の姿もなかった。


「まだ、皆戻ってきていないみたいだね」


「きゃぁ~!」


机の上に料理を並べながら奏介が呟いた時優紀の悲鳴が聞こえる。


「まさか……」


血相を変えた奏介に小さく頷く海と瑠璃は聞こえてきた声の方へと駆けだす。


「優紀ちゃん!」


「奏介君……うっ……うっ……」


駆け付けた奏介の声に彼女は彼の胸へと飛び込み涙を流す。その震える体を抱きしめあやしながら視線を扉の奥へと向ける。そこはご丁寧に人数分布団が敷かれていた部屋で、その寝具の中に横たわる鈴と朱の姿が。二人分の血で真っ赤に染まったシーツ。まるで昼寝をしているところを襲われたかのように二人は静かに眠るように死んでいた。


「紙が落ちていたそこにはこう書かれていた【残念だ。もう誰も止めることはできない。このまま終焉へと向かうだろう】と」


「それって、犯人からのメッセージってことかしら」


「明らかに二人が残した物ではない。二人を殺害した犯人がわざと置いて行ったのだろう」


晃の言葉に瑠璃が尋ねる。それに小さく頷き説明すると何か思案するように顎に手を宛がいじっと現場を見詰めていた。


「何かわかったのか?」


「……確証はない。だが、もしかしたらというのはある。もう少し調べてみない事には何とも言えないが、明日心が決まったら話そう。それまで、待っていてくれないか」


海の言葉に彼がごまかすように首を振ると小さく笑い話す。


それから時はゆっくりと過ぎて行き、もう寝床は使えないため教室で夜を過ごす。


(晃君は何かを突き止めたのかもしれない。僕達には分からなかった何かを……明日、聞いてみたら教えてくれるかな?)


奏介は睡魔に負けそうになりながらそう内心で呟くとゆっくりと瞳を閉ざした。

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