二章 少しずつ壊れていく日
翌日。清々しいほどの晴天。だけど昨夜の出来事を引きずる皆の空気は暗い。
「何時までも引きずっているわけにはいかない。これ以上犠牲者が出ないように今日から学園に隠された謎とやらを探しに行くぞ」
「探すっていっても謎というのが物であるとは限らないだろう? 奏介以外は皆一度一通りこの学校の中を見て回ったじゃないか。その時に何もないことは確認済みだぜ」
畔柳の言葉に海が疑問をぶつける。謎を解明する前にいきなり手詰まり感が半端ない現状に皆困ったといった感じで黙る。
「ま、まぁ。いつまでも暗いまんまじゃだめだし、一度見たって言ってもざっと見渡しただけだからもっとよく探せば何か隠されているのかもしれないよ」
「そうだね。みんな元気出そうよ。昨日の黒板に書かれたメッセージ……逃げたりしなければ殺されることはないって解釈もできるし。だから真面目に謎をときあかしていけば問題ないんじゃないかな」
掌を叩いて空気を切り替える様に彩夏が言うと、鈴も明るい声で前向きに捉えようと言う。
「謎をときあかすにしてもこれだけ広い敷地内を全て調べるのは流石に骨が折れそうだけど」
「それなら手分けして探すしかないな。昨日組んだグループは覚えているか? 各チームでそれぞれの場所を調べて、手がかりが見つかっても見つからなくても三時間後にはこの教室へと戻ってくること。以上」
朱の言葉に畔柳が仕切るように言うと皆それぞれ昨晩に決めたメンバーで組んでそれぞれどこを見てくるかを話し合った後教室を出て行く。
「音楽室……何かあると良いけれど」
「まぁ、入ってみてみるしかないだろう」
奏介達の姿は音楽室の前にあり、優紀の言葉に海がぶっきらぼうに答える。
「特に変わった様子はないよね。そもそも謎を解き明かせって言ったって、ヒントも何もない状況で何を探せばいいんだろう」
「……オレ達がここに閉じ込められたこと。そしてこのメンバーでないといけない理由……そこに何かありそうな気はしないでもないが、今の段階では皆接点なんてなさそうだからな」
「でも、私達全然接点がないって訳ではないよね。だってここにいる皆同じ学校の生徒でしょ? 畔柳さんや瑠璃さんはおそらく教師。学生と教師だけが集められたって所に何か意味があるような気がするな」
三人は話し合いながら音楽室の中を調べた。しかし特に何も見つけることが出来なくてそろそろ集合時間となる為一度教室まで戻る。
教室に戻って来ると畔柳と瑠璃、鈴と朱の姿があった。
「お帰り、良かった。無事に戻ってきて……あんなことがあった後だから誰かに何かあったらって、ドキドキしながら不安で仕方なかったんだょう」
「まぁ、そうそう何か起きたらたまったものじゃないんだけどね」
安堵した様子で鈴が話す横で朱が溜息交じりに呟く。
「そうだね。あんなことそうそうあったら嫌だよね」
「後は彩夏ちゃん達だけだね。皆無事に戻ってこれると良いけど。……戻って来るのが遅くない?」
奏介もその言葉には同感だと言いたげに頷く。壁にかけられた時計を見やり優紀が心配そうに言った。
「はぁ、はぁ……そんな、ここにもいない」
「如何したの? 皆そんなに慌てて……彩夏ちゃんは?」
勢いよく教室へと飛び込んできた恵弥が肩で息をしながら周りを見回し蒼い顔をする。
駆け込んできた三人の様子に驚いた瑠璃だったが彩夏の姿だけがない為説明を求めるように晃を見た。
「ぼく達は体育館の辺りを調べていたんだが、気が付いたら彩夏の姿だけがなく……皆で周囲を探したが見当たらないため、集合時間に間に合わないと思い先に帰ったのでは、とわずかな希望に縋って戻ってきたのだが……」
「彩夏ちゃん何かを見つけたみたいで、だけど私達には絶対に話してはくれなくて……教室に戻ったら説明するって言っていたの」
「そのすぐ後だ、急に姿が見えなくなって。いなくなったことに気付いて慌てて周囲を探したんだが……見つけられなかった」
晃が説明する横で涙を瞳に溜めた恵弥が震える声で話す。暉も罪悪感にかられた表情で面目ないといいたげに俯いた。
「私が側にいながら気付けなくて……本当にごめんなさい」
「だ、大丈夫だよ。皆で探しに行こう。まだ体育館の辺りにいるかもしれないし」
「そ、そうだよ。トイレに行きたくて黙って行っちゃったって事も考えられるよ」
自分のせいだと謝る恵弥をなだめながら奏介が言うと、鈴も前向きに捉えようと言いたげににこりと笑い話す。
皆で体育館の前までくると彩夏を探してあっちこっちを調べる。
「き、きゃぁ~っ!!」
「今の悲鳴は?」
「倉庫の方だ!」
誰かの悲鳴に気付いた奏介に答えるように海も体育館倉庫へと指を指し示す。
「優紀ちゃん。恵弥ちゃん……如何したの?」
慌てて駆け寄ると皆がすでに集まっていて倉庫の中を見ていた。お互い抱き合い震えながらしゃがみ込んでいる恵弥と優紀の姿に奏介は気付いて声をかける。
「うっ……ぅっ……」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
嗚咽するだけの優紀と謝り続ける恵弥。何があったのかと奏介と海も倉庫の中へと視線を向けた。
「「っ!」」
視線を向けたそこにはバスケットボールを仕舞う籠の中に倒れ込み動かない様子の彩夏の姿があり、よく見ると首には倉庫に仕舞われていた長縄跳びの縄が巻き付けられていた。首を絞められ殺されたことが分かる。そしてその彼女の手には事切れる寸前まで渡すまいと握りしめていたと思われる皺のできた紙が握られていた。
「彩夏ちゃん……」
奏介が蒼白になった顔でようやくその一言を絞り出す。
「……これを見ろ。彩夏が見つけた謎を解明するためのヒントがかかれた紙だ」
【ヒントを握るカギはいつも側にある。君達の中に「犯人」がいる。さぁ、誰が犯人か当てることが出来るかな? 見つけられたならば「犯人」は***を生かすだろう】
また大事な部分はマジックで塗りつぶされてしまっていたが、この紙に書かれているとおりだとすれば、今生き残っているメンバーの中に「犯人」がいるとでも言いたげな感じに受け取れる。
「この中に二人を殺した犯人がいる……って事か?」
「馬鹿々々しい。犯人の思惑だろう。ぼく達に疑心暗鬼を植え付けゲームでもするかのように楽しんでいるだけさ」
「この前もそうだけどこの文章を読むに、犯人は相当イカレテル感じだよね」
周りのメンバーへと鋭い視線を投げつける暉に冷静になれと言いたげに晃が話す。鈴が複雑な表情で呟く。
確かに犯人は尋常ではないほど狂っているのだろう。まるでこの学校に集められた皆を使って推理小説のような殺人事件をゲームするかのように楽しんでいるのだから。
「……とにかく。彼女があの時ぼく達に話してくれさえしていれば――いや。過ぎてしまったことをとやかく言っても仕方ない。それに、亡くなってしまった者を悪く言うのも失礼だからな」
「とにかく一度教室に戻るんだ。まだ近くに犯人が潜んでいるかもしれないからな」
「皆、教室まで戻るわよ」
目配せする畔柳に答えるように瑠璃が、複雑な思いを抱き立ち尽くす学生達や、未だに腰が抜けたままの優紀と恵弥を立たせて教室へと帰る。
また一人欠けてしまった教室で暫く思案する大人組と晃。苛立ちを露に窓辺に立ちバッドを肩にかけてブツブツ呟く暉。椅子に腰かけ俯く恵弥に寄り添うように隣に座る優紀。
鈴と朱は空気の悪い空間に居心地が悪そうに皆から離れた席に座っている。海は奏介の隣に立ち腕組みしていた。そんなメンバーの様子にどうしたら良いのだろうと不安そうに周囲をちらちら見る。
(……彩夏ちゃんはあの紙を見つけてしまったから殺されてしまった……ってことなのだろうか? 謎を解明しないといけないと言いながら、謎に近づいたら殺されるなんてそんなの……)
「あの紙に書いてある通りだとしたらこの中に「犯人」がいるんだろう? 誰だよ。亮人や彩夏を殺した奴は!!」
奏介は思案する。謎を全て解き明かせと言いながら、謎を調べようとすれば殺されるならば何もできやしないじゃないかと、考えているとずっとイライラしていた暉が声を荒げて言い放つ。
「そういえば、確か。最初に亮人の死体に気付いたのって恵弥だったよね」
「え?」
「そう言われてみれば……確かに」
その言葉に朱が恵弥を見やり口を開くと鈴も思い出しながら頷く。
「そ、それは……明かりがついた途端目の前に赤いものが見えて驚いただけで」
「あの……倉庫を調べようって言ったのも確かに恵弥ちゃんだった……」
慌てて弁解する彼女に申し訳なさそうに優紀が口を開き説明する。
「やっぱり。最初に死体を見つけた奴が怪しいってドラマや小説なんかじゃ言うけれど、ねぇ」
「ち、違う……わ、わた、私じゃあ……なぃ」
鋭い目で睨む朱におどおどした様子で最後は尻つぼみになりながら涙目で否定する恵弥。
「恵弥ちゃんはこのメンバーの中で一番力が弱い。そんな子が自分よりも背が高くて力のある亮人君や力いっぱい締めないと殺せないような長縄跳びの縄を使って彩夏ちゃんを殺害したとは考えられない。朱も皆も落ち着けって。あの紙きれ一つの情報を鵜呑みにしてどうする。犯人は俺達が思っている以上に頭のイカレタ人物らしい。となれば、俺達を仲たがいさせ一人ずつ殺していくって魂胆も考えられるだろう。だから状況を悪くするような発言は止めろ」
「でも、私が彩夏ちゃんを殺したようなものよね。だって、一番近くにいたのに、いなくなっていた事にも気付けなかったんだもの。私、私が……私が悪いんだわ!」
場の状況が悪くなる様子に畔柳が鎮めようと話す。恵弥が震える声でそう呟いていたかと思うと、勢いよく椅子をひいて立ち上がり衝動のまま教室の外へと駆けだしてしまった。
「恵弥ちゃん、待って!」
「朱……お前のせいだぞ! これで彼女に何かあったら責任取れよ!」
奏介は慌てて呼び止めるが彼女の姿は瞬く間に見えなくなる。朱を睨んだ後暉がバッドを手に持ったまま彼女を追いかけ教室を出て行った。
それから夕方になっても二人は教室に戻ってくることはなく、このままだと良くないと判断した畔柳と瑠璃が二手に分かれて探しに行こうと促す。
朱は乗り気ではなかったがさすがに自分のせいで教室を出て行ってしまった二人に何かあってはバツが悪いと思ったのか探すことに了承する。
奏介、海、優紀、瑠璃のグループと鈴、朱、晃、畔柳のメンバーの二手に分かれ学校の中をあっちこっち探して回った。
「恵弥ちゃん。暉君……いないね」
西側にある教室の方を探していた奏介達。喉が枯れるまで叫んで呼びかける優紀の言葉に、返って来る声もなければ姿も見当たらない。その時廊下に視線を落とした海が何かに気付きしゃがみ込む。
「なぁ、これ、血じゃないか?」
「え?」
しゃがみ込んでいた彼が低い声で呟いた言葉に奏介も慌ててそれを覗き見る。赤黒く変色した血であることはすぐに分かった。廊下にはその血痕が点々と落ちており皆小さく頷くとそれを辿って一つの教室の前へとたどり着く。
「開けるぞ……」
海の言葉に皆緊張した面持ちで生唾を飲み込む。静かに引き開けたそこには、教室の床に倒れている恵弥の姿があった。頭を鈍器のような物で殴られたのか血痕が広がっている。
「一度腕を切られたみたいだな。廊下についていた血痕はそこから零れたもの。逃げているうちにこの教室へと追い込まれ背後から鈍器のような物で殴られた……か」
「わ、私畔柳さん達に知らせてきます」
「一人じゃ危険だよ……僕も一緒に行く」
恵弥の様子を観察していた海が呟くと、優紀が他のメンバーを呼びに行くと駆け出す。その背中を慌てて追いかけながら奏介も部屋から退出して行った。
それから二人に説明されて駆け付けた畔柳達も彼女の死体に息を呑む。
「これ、メッセージじゃないかしら」
彼等が来るまでの間に死体を調べていたらしい瑠璃が恵弥自信が残したメッセージを指し示す。
【カギを握っている……ひ……】
震える血で書かれた文字。息絶える間際まで何とかメッセージを残そうとした様子がうかがえる。
「ねぇ、鈍器みたいなもので殴られたってことは、バッドを持っていた暉だろう。教室を飛び出していった恵弥を一人追いかけて行ったのも僕達に気付かれないように彼女を始末するため……とか」
「あの正義感の塊のような彼にそんなまねができるかよ」
朱の言葉に海がありえないと首を振った。
「いや、逆に正義感が強いがゆえに悪を許せずに殺した……とも考えられる」
「この「ひ」は「暉」の「ひ」ってこと?」
晃の言葉に鈴が首をかしげて尋ねる。それに皆「まさか」と考え込む。
「最後まで書かれていないから、彼女が何を伝えたかったのか分からないけれど。まだ暉君は見つかっていないのよね」
「あぁ。今日はもう暗い。明日明るくなってからまた探してみよう。本当に犯人が暉君かどうかは明日、彼を見つけてから問いただせばいい」
瑠璃が腕を組み言うと畔柳が今日は切り上げようと話す。
奏介は恵弥の死体に手を合わせると部屋を出て行く皆の後に続いて教室を後にした。
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