第8話 可哀想なチカコ

 次の日、司は朝からプールのバイトに行った。夏の朝日が司に照りつける。セミがせわしなく鳴き続ける。

 しばらく自転車を漕いでいると地元の男子小学生たちが自転車に乗っていた。おそらく高学年ぐらいだと思う。彼らは海水カバンを持っていたから司のバイト先であるプールに行くのだろう。

 今日、チカコはシフトに入っているだろうか。

 チカコと会ったら、なんて話せばいいのだろう。昨日のチカコとの会話はぎこちなく不自然に終わっていた。だからチカコとは少し話しづらい。

 チカコは司のことが好きだ。

 しかし司はチカコではなく、チカコのお姉さんのことが好きだ。

 チカコにはそのことを言っていないが、おそらく司がチカコのお姉さんのことが好きだとチカコは感づいているだろう。なぜなら司はわざわざ図書館までチカコのお姉さんに会いにいっているからだ。そして偶然、チカコに司がチカコのお姉さんに会っているところを見られた。


 チカコ、そんなに悲しむなよ。


 司は心の中でそっと呟いた。

 

 炎天下の中、司はバイト先のプールに到着した。アスファルトとから照り返した熱気で一気に汗が吹き出した。

 駐輪場に自転車を停めて、控室に入った。 控室は冷房がガンガンにかかっていた。控室には影山が控室の隅で地べたに座り、一人だけいた。他のメンバーは営業前清掃をしているから控室にはいなかった。影山は海水パンツに赤いシャツ、首からは笛をぶら下げていた。トランシーバーを手から手へ投げて、もてあそんでいる。司はそんな影山を見て、子どもみたいだなと思った。しかし影山の顔は異様なほど暗かった。まるで、昨日、身内の葬式があったような顔をしていた。


 「影山さん、おはようございます」

 司は小さな声で影山の機嫌を伺うように言った。

 「なんや、あんちゃんか…。おはようさん…」

 影山は不満を押し殺しているような態度で言った。

 「影山さん、なんでそんなに暗いんですか?」

 「あぁっん?なんでそんな暗いんですかやて?」

 「あっすみません…失礼なこと言っちゃいました。失礼なことを言ったつもりはなくって、ただ影山さんが暗い顔をされていたので…」

 「いつもこんな顔や。あの日からな…。チカコはんに関係することや」

 あの日とはなんの日だろうか?それにチカコとはどういう関係があるのだろうか。

 「あの日って、なんの日ですか?」

 影山はそっと目を閉じた。そして指をポキポキと鳴らした。影山は首を深く項垂れ、深く息を吸い込んだ。

 「ついにあんちゃんにこれを言わなあかんときが来るとわな〜。あんちゃん、今から言う話は、あんちゃん、いや、このプールで働く全ての人間が知っとかなあかんことかもしれん。それを今から話す。」

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