第5話 チカコの影

 次の日、司は堺プールにバイトにきた。更衣室で水着とライフガードのシャツに素早く着替えた。控室には冷房がガンガンにかかっていた。


 更衣室からでると、チカコがいた。チカコはスクール水着の上からライフガードの赤いシャツを着ていた。首には笛をぶら下げている。


 「司、おっはー!」


 「おはよう。おっはーって古いね」


 「おっはーが流行ったのって、私が小学生の時やった」


 「えっ?幼稚園じゃない?だってチカコってオレの一個下じゃん」


 「小学生の時やで」


 「えっ?じゃあオレの記憶違いかな」


 「司ちょっと頭おかしなったんちゃん」


 「おかしくなってないって」


 「じゃあ、監視行ってきます!プールサイド、めちゃくちゃ暑いで」


 チカコは裸足でペタペタと走り、プールの監視に行った。


 「ヒューイ、ヒューイヒューイ」


 控室にいる司のバイト仲間のひとりが、口笛を吹いて司をはやし立てた。


 「あの子、名前なんていうん?」


 ゆっくりとした動作で名前の知らない彼が近づいてきた。歳は二十歳を少し過ぎたぐらいか。しかし肌が異様に白く、生気が感じられない。


 「吉本チカコさんだよ」


 「やっぱりそうか。チカコちゃんか。あんちゃんの名前は?」


 「嶺井司です」


 「ワテな影山いいまんねん。あの子、なかなかかわええやろ、司くんはあの子のことどう思う?」


 「話しやすくていい感じの子だなと思いますけど」


 影山はかなりクセの強いやつだ。あまり人にいい印象を与えないだろう。


 「司くん…、大事なこと話してええか?」


 彼は一体何を話すのだろうか。


 「はい、大事なことってなんですか?」


 「あんなぁ〜、チカコちゃんやめといたほうがええで。あんちゃん、あの子の正体知ったら後悔しまんで、なんであの子と仲良うしたんやてな」


 「後悔なんかしないと思いますけど」


 「どうやろな」


 「なぜチカコちゃんと仲良くなって後悔するんですか?」


 「ワテの口からは何も言われへん。これはうちのプールのトップシークレットや。このトップシークレットを知ってんのは、ワテと二階堂代表だけや」


 「二階堂代表って説明会をしてくださった人ですか?」


 「せや」


 「チカコちゃんに何か問題でもあるんですか?」


 「問題やて?いや別に問題やないねん。むしろワテはチカコはんのこと尊敬してる」


 「尊敬って。チカコちゃんは影山さんから尊敬されることをしたんですか?それは一体何をしたんですか?」


 「それはな。ワテの口からは言われへん。だから言うたやろそれはこのプールのトップシークレットやて」


 控室のドアが開いた。二階堂代表が入ってきた。


 「影山くん。いつまで休憩しているんだ。嶺井くん。来たらすぐに監視に入って。幼児プールの巡回監視頼むよ」


 「せやから、チカコはんとは仲良うすんな。これはワテの善意から言うてるんや」


 司は影山のそのセリフに対して何も答えられなかった。


 チカコは何をこのプールでしたのだろうか。影山がいう、チカコと仲良くするなとは単に、影山が司にヤキモチを焼いているだけの話なのだろうか。それともチカコには何か人に言えない秘密があるのだろうか。しかし影山はチカコを尊敬しているって言ってた。なぜチカコを尊敬しているのだろうか。ますます謎が深まるばかりだ。


 プールサイドを焦がすように熱い陽光が激しく差している。一気に日焼けしそうだ。それにしてもなぜ影山はライフガードをしているのにあんなに生気がないぐらい色が白かったのだろうか。

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