第4話 図書館

 ライフガードのバイトの説明会は30分ほどで終わった。プール自体は夏休みが始まる前からの営業していた。新入りの司は、途中からの追加メンバーということになる。説明会では監視の仕方などを教えてもらった。


 司は説明会が終わってから堺市内の大きな図書館に来ていた。


 「すみません。太宰治の人間失格ってどこにありますか?」


 司は司書のバイトの黒髪を頭の後ろで一つに束ねた、雪のような白い肌をした女子大生に声をかけた。胸のところにある名前を見ると「吉本明日香」と書かれていた。


 「こちらです。太宰治、好きなんですか?」


 「いや、好きっていうか、気になるっていうか。太宰治ってメンタル弱かったんですよね?」


 「メンタルが弱いというか明らかに病気だったんでしょうね」


 「そこが気になるんですよね。病気なのになんで小説を書こうと思ったのか。その動機みたいなのが人間失格には書かれてあるような気がするんですよね」


 「ってことは人間失格を読むのは初めてじゃないんですよね」


 「何回も読んでいます。人間失格って読むたびに感想が変わるんですよね。読むたびに毎回発見があるんです。ここはこういう意味だったんだとか。人間失格を読んだときの感想って、多分年齢とか立場や職業によって違うと思うんですよね。だからこそ、こんなにも共感されて、多くの人々に読まれているんだと思います」


 「お名前聞いてもいいですか?」


 「嶺井司です」


 「嶺井くんは本当に読書が好きなんですね」


 「なんでわかるんですか?僕が読書が好きって?」


 「だって嶺井くん、太宰の話ししているとき目がキラキラしているから。本当に本が好きなんやなって思いました」


 「本は僕にとって精神安定剤なんですよ」


 「苦労されているんやね」

 

 「はい、いろいろとね」


 「あなた、大阪の子じゃないでしょ?」


 「はい、東京から来ました。夏休みの間だけ、大阪の叔母の家にいます」


 「へぇ〜、小学生みたいなことしますね」


 吉本さんは口角を上げて小悪魔的に微笑んだ。


 「本当ですね。小学生がおばあちゃんの家で夏休みを過ごすみたいな牧歌的な感じがしますよね。でも僕はそれとはちょっと違うんですよ」


 「どう違うんですか?」


 「僕はね、東京で疲れて大阪に来たんですよ」


 「疲れたって…。あなたまだ高校生でしょ?」


 「高校生です。なにかおかしいですか?」


 「高校生で疲れたって。これから先どうなるの。あなたの将来が思い煩われます」


 「僕、学校に上手く馴染めなくて…」


 「じゃあ毎日図書館に来るといいですよ。私でよければ相談相手になれると思いますよ」


 「仕事中なのにいいんですか?」


 「大丈夫ですよ。休憩時間なら」


 「じゃあ、色々話したいです」


 「楽しみにしてる」


 司は人間失格を借りたあと、しばらく図書館でそれを読んだ。そして涼子おばさんの家に帰った。


 司は若干、吉本明日香さんに惚れていた。


 だから毎日、吉本さんと図書館で話すのを楽しみにしていた。

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