第034話 帰ってこい、あの日の記憶


「もう! 先輩、今日はどうしたんです?」


 僕はカナちゃんと夕食を食べ終えた後、ソファーでカナちゃんを後ろから抱きしめていた。


「いや、ちょっとね」

「あのー、お風呂に入りません?」

「そうだね」


 僕はカナちゃんを離す気がなかった。

 どうしてもさっきのことが気になるのだ。


 カナちゃんはコンドー〇を見て、明らかに何かの矛盾の気付き、混乱していた。

 それが何なのかは明白だろう。


 僕は女だ。

 だからコンドー〇が必要なわけがない。

 もちろん、僕に彼氏がいて、とかならわかるが、そんなことはない。


 もしかしたらコンドー〇を見て、元カレとの残り物って思う可能性もあるだろう。

 だが、カナちゃんの反応は明らかにそれとは違った。

 カナちゃんは何かを思い出していたのだ。


 それは僕とカナちゃんが付き合ったあの日の出来事だろう。

 あのコンドー〇は封が開いていたし、一つなくなっていた。

 間違いなく、あの日に僕が使ったんだろう。

 女になった時に混乱していたからゴミ箱を確認しなかったが、もしかしたらゴミ箱には使用済みがあったかもしれない。


 僕にはあの日の記憶がない。

 カナちゃんも男の僕とした記憶はなく、女の僕とした記憶に変わっていた。


 これは社長やニャー子の言うところの常識改変だろう。

 女になった際の矛盾をなくすために常識や人の記憶が弄られている。

 だが、その常識改変も完璧ではない。

 ほんのわずかにほころびがある。


 そして、それは僕とカナちゃんの関係に大きな傷を残しそうなものだ。


 もし、さっき、僕がコンドー〇を隠さずにそのまま話していたらどうだろう?

 カナちゃんの誘いを断り、ごまかしのようなえっちをしなかったらどうなっただろう?


 怖い。

 ただただ怖い。

 僕達の関係が終わりそうな予感がする。

 でも、この問題は放置できない。

 いつ爆発するかもしれない爆弾を抱えているようなものなのだ。


「せんぱーい、本当にどうしたんです? もしかして、し足りませんでしたか?」


 カナちゃんが聞いてくる。


「そんなことないよ」

「ホントにー?」

「ホント、ホント」

「と言いつつ、手が胸に行ってますよー。好きですねー」


 そりゃ好きだよ。

 カナちゃんの胸も、カナちゃん自身も。


「カナちゃん、今日はこのまま過ごそうか」

「えー、いいですけど、一回離れてくださいよ。お風呂に入りたいです」

「じゃあ、行こうか」


 僕はそう言うと、カナちゃんを持ち上げながら立ち上がる。


「あー……一緒に入りたいんですね。甘えん坊さんだなー」


 カナちゃんも大概だけどね。


 僕はこの日の夜はほぼカナちゃんとくっついて過ごした。




 ◆◇◆




「……ということがあってね」


 翌日の日曜日、この日はテスト勉強があるチヒロっちはいないが、ニャー子と社長の3人でファミレスに集まっていた。

 本当はカナちゃんと離れたくはなかったが、2人に意見を聞きたいし、相談したかったので泣く泣くカナちゃんと離れ、ファミレスにやってきたのだ。


「うーん……それは確かにマズいと思うにゃ」

「そうだな……お前とカナさんは男女の関係だったから危ないと思っていたが、思っていたより、記憶のトリガーが緩い」


 2人もそう思うらしい。


「どうやらさ、カナちゃんはあの日、僕がコンビニでコンドー〇を買ったところを見ていたらしい」


 僕はポシェットからコンドー〇を取り出し、テーブルに置く。


「確か、飲みの席で付き合うことになって、お前の家で飲み直そうということになったんだったな?」


 社長が聞いてくる。


「うん。そこでお酒やつまみになるものを買った」

「そこでお前がこっそり買ったコンドー〇が目に入ったんだろうな」


 だと思う。

 会計は僕がするってことになって、カナちゃんはコンビニの入口近くで待っていったが、今思うと、僕がコンドー〇をカゴに入れたのを見ていて、レジの会計を見ないようにしたのだろう。


「まあ、正直、付き合うことになって、家に呼ばれたらそういうことだろうって思うと思うにゃ。カナちゃんだって24歳の大人なんだし」


 僕もそんな気がする。

 カナちゃんは僕がキスをして、ソファーに押し倒した時も一切の抵抗をしていなかった。

 むしろ、すぐに舌を絡めてきたし、僕の背中に腕を回していた。


「多分、僕は最後までヤッたんだろうね」


 コンドー〇が一つないし。


「だろうにゃ。それで寝ている時に女になり、カナちゃんの記憶ごと変わった」

「僕の記憶がないのは?」

「さあ? そこまではわからないにゃ」


 うーん……


「どうするにゃ? チヒロっちがテスト期間中だが、早めに木更津に行ってみるかにゃ?」

「昨日、考えたんだけど、まず、このことをチヒロっちには言わないでほしい。今はテストに集中させてあげたい」


 気が散るだろう。


「それもそうにゃ」

「俺もそれでいいと思う」


 ニャー子と社長が頷いて同意する。


「それとやはり木更津には4人で行くべきかなって思う。何があるかわからないし、同年代の僕達は普通に共通することが多い。唯一年代が違うチヒロっちがいた方が4人の共通点を見つけるにはいいと思う」

「まあにゃ。ニャー子達は学年が違うけど、同時期に同じ小学校を通っていたわけだしにゃ」


 まあ、実は23か24歳のニャー子と17歳のチヒロっちは微妙に被っている可能性があるんだが……


「じゃあ、年末に行くのはわかった。しかし、木更津に行くって言ってもどうする? 広いぞ」

「やっぱり学校周辺の回ってみるのが良いんじゃない? 同じ小学校ってことは皆の家も徒歩圏内でしょ?」

「確かに歩いて通っていたにゃ」

「俺もだ」


 その周辺を探るのがいいだろう。


「学校はさすがに入れないよね?」

「いくら卒業生でも難しいだろうな……一応、学校側に聞いてみようか?」


 社長が提案してきた。


「できるの?」

「無理じゃないかにゃ?」


 最近は厳しい


「年末は当然、冬休みだし、生徒はいない。校内は無理だろうが、校庭のどっかにタイムカプセルを埋めたから回収したいって言えば、校庭には入れてくれるかもしれん」


 なるほど。


「埋めたの?」

「いや、埋めてない。学校の行事じゃなく、個人的に埋めたって嘘をつく」

「まあ、夜中に忍び込むよりかはいいね」

「そうだにゃ。幸い、ニャー子達は女だからあまり変な目では見られないにゃ」


 確かにそうだ。

 しかも、社長は社会的地位が高い社長さん。

 いけるかもしれない。


「じゃあ、社長、任せてもいい?」

「電話しておこう」

「お願い」

「任せるにゃ」


 僕達は今後の方針を決めると、軽くいつもの雑談をし、この日は早めに解散した。

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