第016話 あれ


「先輩、大丈夫ですか?」


 僕がソファーでぐたっとしていると、洗い物を終えたカナちゃんが心配そうに声をかけてくる。


「大丈夫だよ……それよりごめんね。せっかく出かける予定だったのに……」

「いいんですよ。デートはいつでもできますし、先輩は重い方なのはわかっていますので」


 いい子だ。

 でも、この子は軽い方らしいなんだよなー。

 この理不尽が微妙にムカつく。

 まあ、これが普段から女が男に思っている感情なのかもしれないが……


「ごめんね……」

「お互い様ですよ。今日は部屋でゆっくり過ごしましょう」


 ゆっくり?


「できなくてごめんね」

「いえ、いいんですよ。というか、そう言うと、そればっかりしてるみたいじゃないですか」


 そればっかりしてるじゃん。


「映画でも見ようか」

「そうですね」


 僕達は部屋でゆっくり過ごすことにし、カナちゃんの肩に頭を預け、映画を見始めた。




 ◆◇◆




「TSして唯一良かった点がある。それは男に戻った時に女の人に優しくなれそうなこと」


 いつものファミレスに全員が集まったので本日のテーマを発表する。


「急にどうした? とても良いことを言っているとは思うが……」

「そうっすね。エロミ姉さんは絶対に女性に優しくない人ですもん」


 こらー。

 人畜無害のジェントルマンである僕にどういう評価をしてるんだよ。


「エロミはあの日なのにゃ。エッチできなくて辛いのにゃ」


 辛いのは辛いが、そういうことではない。


「あー、そういうこと……頑張れ」

「お疲れ様っす」


 社長とチヒロっちが励ましてくれる。


「カナちゃんが言うには僕は重い方らしいんだけど、皆は?」

「タマは軽い方だと思うにゃ。そんなに辛くないし」

「俺もだな。仕事に支障もないし、まあ、だるいと思うくらいだ」

「俺もっすね。不調だなーとは思いますが、我慢できないほどではないっす」


 この差はなんだ?

 なんで僕だけ……


「僕は立つのも辛いレベルなんだけど……それなのに仕事の量は減らないんだけど」

「生理休暇ってなかったかにゃ?」

「そんなもんを使う奴はいねーよ! 僕は生理だから休みますって言えるか! しかも、毎月休めないわ」


 というか、有休すら消化できていないのにそんなもんを使うわけがない。


「有休とかないのか?」


 社長が聞いてくる。


「いや、有休がないところはないでしょ。ウチの会社はそこまでブラックじゃない。でも、休んでも仕事量は減らないし、誰も代わってはくれないからね。結局、しわ寄せが自分に来る。だったら頑張るわ」


 さすがに残業はしないけど。


「大変だな……」

「社長、他人事のように言うけど、自分の会社の女性社員には気を付けなよ。僕がネットで知らべた情報によると一番悲惨なパターンは生理が軽い女性が上司の場合らしいから。男はわからないからそういうもんかと思って気を遣うけど、生理が軽い女はそんなことでって思うらしい」


 今の君だよ。


「なるほど…………よくわかった。気を付けるわ」

「そうした方がいいよ」


 社長の部下の女性社員は僕に感謝すべきだね。


「それにしても、最初はびっくりしたけど、慣れるもんだな」

「そうだにゃ。最初は病気かと思ったにゃ」

「俺は姉貴がいますから知識としてはありましたけど、さすがにビビりましたね」


 僕は慣れてない。

 血ではなく、この辛さにだ。


「生理が来るってことは妊娠できるってことか……」


 ポツリとつぶやくと、3人が嫌そうな顔で僕を見てくる。


「その場合、どうなるんだ?」

「と言うとにゃ?」

「いや、たとえば、エロミがどっかの男の子供を孕んだとしよう」


 おい! 社長!

 なんで僕っ!?


「うん。酔いつぶれたエロミがお持ち帰りされたにゃ」


 こら、ニャー子!


「そして、赤ちゃんを産んだ場合、こいつは母だ。だが、男に戻った場合は父か?」

「そうなると思うにゃ」


 なんねーよ!

 産まねーから!


「でも、もし、父親がいたらどうなる?」

「うん?」

「だからエロミが普通に結婚して夫がいた場合だ」


 それ、普通じゃねーから!

 僕をモデルに使うのはやめろ!

 どう考えても適しているのはバイのニャー子だろ!


「それは…………なんかそういう映画がなかったかにゃ? あれのパターン?」


 あ、僕もそれ知ってる。


「もしくは常識改変で養子になるとか?」


 チヒロっちが話に入ってきた。


「遺伝子まで変えられるのか?」

「さあ? でも、そもそも性別が変わるってそういうことじゃないですか」

「うーん……」


 こいつら、なんでそんなどうでもいいことを悩んでいるんだろう?

 イライラするわ。


「いや、ありえないケースだから。お持ち帰りもされないし、そもそもそんなに飲まない。もし、何かあって中出しされてもアフターピルを飲めばいいじゃん」

「そういえば、そういうのもあるか……」

「そうそう。僕はされる前にカナちゃんの中に出したいわ」

「お前、ひどいな……」


 社長が呆れる。


「いや、ひどくない。僕はさっさと男に戻ってカナちゃんと結婚するんだ。そして、素晴らしい家庭を築くんだ」


 まだ付き合って半年くらいだけど……


「調教されすぎて、愛が妄信的に変わってるにゃ」

「俺もそう見える」

「カナさんって怖い人だったんですね」


 怖くないわ!

 あんなに優しいんだぞ!

 たまに有無を言わさない感じになるだけ。

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