ジャッジ

島津宏村

ジャッジ

ジャッジ

               島津 宏村 

日本の大物政治家の子供や、スポーツ選手、芸術家などの子供が通う名門校ハーバーダ小学校。

 明治時代に大阪で創立されてから各界の大物の子供が通う学校として重宝されていた。レンガ造りの建物は到底小学校とは思えない。

 十月の昼下がり。今日は土曜日のため、生徒は既に下校している。学生と入れ替わるようにして今は彼らの親がいる。月に一回開かれる懇親会。今はセレブ達の自慢大会と化している。

「北川さんは確かスーパーのオーナーをなさっているのでしたな。日々くたびれた主婦たちと一緒にいると服装も変わってくるのですな」

 中年のでっぷりとした腹を揺らしながら小野寺はあざ笑う。与党政調会長の小野寺は懇親会など限られた行事にのみ顔を出しては他人をあざ笑う。

 北川は大手スーパーの支店長だ。広さだけを言えばここにいる小野寺の家よりはるかに大きい。もちろん一スーパーの店長が大物政治家に勝てるはずもない。

 「……」

 小野寺は無言の北川に飽きたのかその場を去る。

 明るい日差しに照らされる室内に沈黙が流れた。小野寺は政界でもかなりの大物で支配者的存在と言える。そんな小野寺をスーパーの支店長が無視するとはだれも思わなかったのだ。

 気分を害したのか小野寺は早足に会場を出ていった。辺りにはそれぞれの親の子供もいたが空気の異様さに子供までも沈黙していた。


 小野寺が去って再び談笑が始まろうとしているときに一つの銃声が鳴り響いた。

「パンッ」

ガラスが割れる音が聞こえて、一人の女性が倒れる。

 その場にいた全員が悲鳴をあげる前に、室内が明かりと膨大なエネルギーに包まれる。その場にいた全員が『どこか』へ飛んで行った。


 「『ジャッジ』か。本当に存在するとは」

民間セキュリティ会社『プロテクト』代表の榎本はそう言ってため息をつく。ハーバーダ小学校の爆破はやりすぎだと分かっていて許可をしたのだが。

「所詮、陰に隠れるような奴っすよ。気にしなくてもいいと思いますよ」

 斎藤はいつものように軽く言ってのける。

 榎本はその言葉を聞くと、瞬時に斎藤のネクタイを引っ張る。斎藤は目を見開く。その目は榎本にこんな力があったのだと驚いているようだった。

 「お前は知らないようだから教えてやるよ。奴の噂を」

 榎本は斎藤の耳元でささやく。

「ジャッジは、榎本組をつぶしたんだよ……。どういう意味がわかるか?」

 しわだらけのネクタイを掴む手が小刻みに震える。

「そうだ、俺の親父が組長の榎本組だよ。正式に発表されていないが、榎本組は手紙が届いて三日でつぶされたらしい。それに相手は一人の男だったらしい。最初俺がその話を聞いたときはお前みたいな顔をした」

 その言葉にも斎藤は動じない。

「だから何だっていうんすか? 噂が本当なら敵は一人だ。社長が心配なら俺がやっときますよ」

 すました顔の斎藤に榎本は拳を振る。拳は頭に命中し、床に倒れる。その様子を見て榎本はため息をつく。

「そんなスピードではだめだ。俺みたいな老いぼれの拳ひとつかわせないなど論外だ」

 斎藤はゲホゲホと咳をする。

「そ、そんな不意打ちなんて聞いてねーよ」

「いいか!」

榎本は窓ガラスが割れてしまいそうなほど大声で怒鳴りつける。

「ジャッジは代々受け継がれるが、その誰もが仕事を成功させてきた。お前のような素人が勝てるような相手じゃないんだ!」

 今度はみぞおちを蹴る。斎藤は腹を抱え込んで目に涙を浮かべる。

 そのまま数分が流れた。榎本はしゃがんで斎藤の顔を覗き込む。

「生きたいか」

その問いに斎藤は勢いよく首を縦に振る。

「計画を承認した俺にも責任がある。第一、手紙は事務所宛てだ……いいだろう。お前を助けてやる」

「なら、ど、どうするんだよ」

 その問いに榎本は口角をあげる。

「助かる方法は一つしかない。ジャッジを殺すのさ」


 「や、やめてくれー」

 倉庫に男の叫び声が響く。

「な、何でもする。だから命だけは、命だけは勘弁してくれ。頼む、頼むよ」

そういって足に縋ろうとするが顔を蹴り上げられる。

「あ、暗殺は違反じゃないはずだ。俺を殺す理由なんてないはずだ!」

 すると『彼』は銃口を向ける。

「斎藤信二は十月二十五日、ボルトアクションで女性議員垣本早苗氏を狙撃した後、証拠隠滅のため学校をプラスチック爆弾にて爆破。死者は居合わせた子供二十五人、成人、計測不可能。暗殺協議会の規定において十五歳未満の子供五人以上の殺害は審査の対象。十人以上は資格剥奪。斎藤信二は以上の規定において資格剥奪となる」

 男はそう言うと躊躇いもなく引き金を引く。

「パンッ、パンッ」

乾いた銃声が倉庫に響き渡る。


二十五歳 男 斎藤信二 資格剥奪


「たったの二発……。一発目は心臓、二発目は脳天を打ち抜いたか」

 榎本は倉庫で待たせておいた斎藤の死体を冷たい眼差しで見つめる。

 斎藤の目は見開いており、何かに怯えていたように見てとれる。顔面蒼白という言葉がふさわしい表情をしていた。

 斎藤はまだ若い。とはいうものの銃の扱いに長けた殺し屋だった。

 「ジャッジ……」

もし、彼をいとも簡単に殺せたのならば榎本もただ黙って見ているわけにもいかない。そして、そんな荒業を成し遂げられるのはジャッジしかいない。

「使用された拳銃を特定しろ。それと場合によってはかなりの武器、弾薬が必要になる。大急ぎで準備させろ」

 榎本は部下に命じて弾薬の確保を急ぐことにした。

 来る嵐への備えだった。


「ボス、いくら何でも心配しすぎでは?」

会社の経理を任せている吉田は怪訝そうな顔をして詰め寄ってくる。

「弾薬もただじゃありません。わが社も殺し屋を百人も抱えています。支出はなるべく抑えていただかないと」

 榎本はしばらく黙考してから口を開く。

「殺し屋を全員集めろ。一人残らず」

吉田はなぜだと言わんばかりにこちらを見つめてくる。

「ジャッジが来たということは暗殺協議会が後ろに控えている。慣例で言えば三日逃げ切るだけで資格剥奪は免れる。だが、ジャッジが導入されてからは一人も資格剥奪を逃れた者はいない」

 しかし、と榎本は心の中で続ける。ジャッジから逃れる方法が一つだけある。それはジャッジを殺すこと。今まで数多のマフィアや暴力団が戦いに挑んだ。もちろん結果は惨敗。噂によると組ごと皆殺しにされた所もあったようだ。


「ほう、ジャッジですか」

吉田は平然としている。この男は命よりも金が大事なのだろうか。

「では、今日付けで退職します」

 沈みゆく船からはさっさと逃げ出したいというのか。榎本は吉田を一瞥し、口角をあげる。

「ジャッジからの手紙には何と書いてあったと思う?教えてやろう」

吉田は唾をのむ。

「『暗殺協議会の決定により、民間セキュリティ会社プロテクトの社長以下全ての社員を資格剥奪とする』どうだ? わかっただろう? お前も俺に従う以外逃げ道はないんだ!」

 社内に榎本の怒声が飛ぶ。吉田の肩が驚きで跳び上がった。

「わかりました。購入しておきます」

吉田はそれだけ言うと逃げるようにして社長室を出ていく。

 榎本は「ふう」とため息をついた。頭の中で作戦を練ることにする。ジャッジから社員を守れるのかは榎本の手にかかっている。一歩間違えれば明日には全員が死体になっている。

 まだ正午にもとどかない時間から明日の夜に思考をめぐらす。仮に今日の夜にジャッジが来れば間違いなく皆殺しにされる。

 榎本は明日を迎えられることを前提として作戦を練っているのだ。


 機関銃を搭載した物騒な車が何台もガレージに並ぶ。遮蔽物は車以外存在せず一人を集中砲火しやすい。

 榎本はこれでもかというほど罠を張り巡らせている。新しくオフィスを買い取っていてよかった。この物件は二階建てとなっていて窓も数えるほどしかない。その複数の窓も防弾使用の嵌め殺しにしている。

 「来るなら来い。殺してやる」

榎本は二階で拳銃を握りしめる。隣では吉田がトランシーバーでしきりに下の階と連絡している。


 午後九時を過ぎた。満月が夜空を照らしている。今にも狼の遠吠えが聞こえそうだった。

 しかし、聞こえたのは「コツン、コツン」という何かを軽く打ち付けているような音だった。その音が傘だと分かるには数分かかった。

防犯カメラには何も映っておらず吉田や榎本も胸をなでおろす。


 オフィスの前には二人の屈強な男が立っていた。

「少しいいですか」

 全身真っ黒のスーツに洒落たシルクハットをかぶった紳士が二人に話しかける。

一人がその問いに答える。

「どうしましたか?」

「こっちです。人が倒れていました」

そう言って男をオフィス裏まで案内する。

 男がついて行ってもなにかあることはなく、あるのは紳士の拳だけだった。男が紳士の異変に気づくのも束の間、紳士はシルクハットを男の顔面に押し付け視界を撹乱させる。

 男は軍隊出身で一対一では誰にも負けたことがなかった。しかし、この紳士にどれだけ鉄拳を放っても全て受け流される。

「クソー」

雄叫びをあげて突進しようとしたが、思うように声が出せない。紳士は傘を猿轡のようにして男に噛ませていた。

 紳士の肘は男の首筋を直撃する。激痛が走るがまだ戦えた。男は傘を吐いて再び攻勢に反転しようとしたが、気づけば視界が反転していた。

 現在男が見ているのは満月の夜の空。今にも狼が出てきそうだ。いや、狼なら目の前にいるではないか。

 「コツン、コツン」

傘を杖のように使う音が聞こえる。男は最後の力を使って話しかける。

「畜生、お前は誰なんだ」

「……」

紳士はその問いに答えることはなく、サイレンサー付きのピストルで男の脳天を撃ち抜く。

 

 相棒が返ってこない。見張りを任されたもう一人の男はオフィスの裏まで行こうと思った時だった。

 足に何かが引っ掛かった感触がする。引っ掛かった『それ』は勢いよく男の足をからめとる。視界は反転し、夜空が見えるようになる。

 傘だ! 傘の取っ手部分に足を引っかけられたのだ。気付いたときには手遅れだった。紳士は傘で男の顔面を殴りつける。取っ手部分が顎に引っ掛けられて首が後ろへ曲げられる。

 脛骨を狙われている。軍隊仕込みの肉体はやられるだけの戦いを許さない。

 男は紳士の位置を瞬時に把握し、二段蹴りを繰り出す。蹴りは見事に敵の顎へ命中する。ここぞとばかりに男はよろめく敵に突進する。

 「うおーー」

叫びながらの突進を敵は交わそうとしない。傘か……

 傘を使う武術のバリツにも金的はある。紳士の武術の割には意外に汚い。

傘を巧みに操る紳士側に軍配が上がった。

軍隊仕込みの男も地面に倒れこむしかない。

 敵は男を一瞥しただけでオフィスの中へと歩を進めていく。「コツン、コツン」という傘で地面をつく音がガレージに響き渡る。

 屈強な男が話しかけられてから経過した時間は、三分だった。


 「ナンバーワン来たぞ。ジャッジだ。やれ!」

隣で吉田が指示を出す。榎本はその様子を欠伸をしながら一瞥する。勝負はまだまだ先だ。

 カメラに映ったのは噂とは全く違った男だった。英国紳士という表現が似つかわしいような服装だ。姿勢も異常なほどに真っすぐで、部下たちにも見習わせたいなどと場違いな感情を抱いた。紳士は真正面から傘をつきながらゆっくりと歩いてくる。「コツン、コツン」と言った音が榎本の背筋も凍らせる。カメラからもその異様さが伝わってくる。まるで通勤しているかのように平然と歩いてくる。

 「まさか正面からくるとは……」


 少しの沈黙がトランシーバーからも流れる。見かねた部下が榎本に確認する。

 「ボス、どうします?」

トランシーバー越しに部下の声が聞こえる。あくまでも平静を保とうとしているようだった。

榎本は戦闘を許可しようとトランシーバーを握る。その時だった。


 ジャッジは近づいて行った五人の部下を一瞬で制圧する。瞬きも許されないようなその動きに誰もが息をのむ。


 ガレージに悲鳴が響き渡る。ジャッジは五人の男たちを相手に互角に立ち回る。

 一人は赤子の手をひねる様な小手返しを。

 一人は風船のようにふわりと浮くような飛行機投げを。

 一人はリズムよく一本背負い投げを。

 もう二人は顔を吹き飛ばされるような二段蹴りを。

 屈強な男たち五人は程よくあしらわれる。


 ジャッジは落ちた帽子と傘を拾い上げる。その時顔がはっきりと見える。五十代くらいの顔でどこにでもいそうな中年男性だった。ただし、顔からは一切の表情が読み取れない。部下たちは淡々と仕事をこなしていくジャッジに戦慄する。


 吉田は冷や汗を流しながらトランシーバーを握っている。ジャッジの迫力に言葉が出てこないようだ。

榎本はじっと画面を見つめる。屈強な部下五人を軽々と倒したジャッジの弱点を探しているのだ。

「発砲を許可する。必ず殺せ!」

 榎本は吉田からトランシーバーをもぎ取って、叫ぶように命令する。


 榎本の言葉を皮切りに、耳を塞ぎたくなるような発砲音が鳴る。ジャッジは弾を数発胸に受けるが中に防弾チョッキを着ているのか全く痛がるそぶりを見せない。


 ジャッジは車を盾に発砲している三人組に標準を合わせる。シルクハットをディスクのように投げて敵の視界を混乱させる。何を投げられているのかわからない男たちは数歩後退る。

 一瞬の隙だった。ジャッジは腰からサイレンサー付きピストルを取り出して三人の心臓を撃ちぬく。「プシュ、プシュ」という音が聞こえる。

 三人を圧倒したジャッジに次はナイフを持った五人組が襲い掛かる。ピストルで二人が撃たれるが、残った三人がジャッジを切りつける。

 ジャッジは男たちが握っているナイフを蹴り上げる。

態勢を崩した男たちにナイフが飛ぶ。ナイフが男の頭に突き刺さる。拳銃を叩き落された代わりにナイフを二本投げつける。

投げられたナイフは綺麗な放物線を描き男の眉間に突き刺さる。

残りの一人がナイフを無造作に投げつける。ナイフの軌道が読めなかったのかジャッジの腕にナイフが突き刺さる。強烈な痛みが走るはずだが、ジャッジは顔をしかめることなく投げられたナイフを抜いて男に接近する。

男は無我夢中でジャッジに突進する。男がちょうどぶつかったときに、彼は首筋に違和感を覚える。

男は首をひねり上げられ、背中にけりを入れられる。

男は冷たい床に倒れこむんだ。

男は既にジャッジから戦力として見られなくなっていた。違和感の正体は首から肩の間に深く刺さっている冷たくきらりと輝くナイフだった。


 ジャッジは発砲が続く中、傘を拾い上げる。

 

 ジャッジが帽子を拾い上げ服装を元の状態に戻した時だ。ガレージの中がしんと静まり返った。

 その時何かの電源が入ったような音がした。ガレージの中が急に明るくなる。障害物が少ないため、すべてが丸見えとなる。

 「ああ、まずい」

 ジャッジは勢いよく走りだす。シルクハットが宙を舞う。ジャッジは飛んでいく帽子には目もくれず傘をやり投げのようにして車に投げつける。

 五台以上の車の上には機関銃が搭載されていたのだ。蛍光灯よりもはるかに明るい火花が飛び散る。

 槍のように投げられた傘が機関銃を操る男の喉仏に直撃する。

 車の上に立っていた男数名が後ろから地面に叩きつけられる。ジャッジは焦っているのか容赦なくピストルで男たちの命を奪っていく。

 他、数台の車も同じように後ろから襲われる。全てが丸見えのはずが、ジャッジのスピードにかなうはずもなかった。

 こうしてガレージの腕利き殺し屋たちは枯葉のように散っていった。


 オフィスの一階には、手榴弾や、センサー付き爆弾など無人の仕掛けが張り巡らさていた。

 ジャッジの服装は再び英国紳士のように戻っていた。一つのしわもないため、ナイフで刺された腕の部分が異様に目立つ。

 ジャッジはオフィスの一回に入る前に口角をあげ、その顔をカメラに向ける。

「なんだ? あいつ今こっちを向かなかったか?」

吉田が身震いする。榎本は心の中ですぐさまそれを否定する。

そんなはずはない。いくらジャッジでも赤外線センサーや、手榴弾を仕掛けた極細の糸に気づくはずもない。


ジャッジは扉を数センチ開ける。その後はカメラが起動しなくなる。どうやら隙間からピストルでカメラをすべて狙い撃ちされたようだ。

「くそぉ!」

榎本はついに抑えきれなくなって机に拳を叩きつける。部下がビクッと肩を震わせた。このままではいつ襲われるか分かったものではない。状況は明らかに相手が不利なのに少しずつ退路が消えていくように感じる。


 ついに最後の砦が陥落する。

二階の扉の前には部下を数人立たせていたはずだがノック音が聞こえる。榎本と吉田の二人しかいない室内に沈黙が流れる。

扉が開く。拳銃を構える……あとはジャッジの脳天を打ち抜いてやるだけだ。榎本は意気込んだ。同時に武者震いする。

ノックから数分後部屋の電気が消え、扉の空いた音がする。そこから聞こえたのは「コツン、コツン」という音だった。

榎本は拳銃を目標もなしに撃ち続ける。しかし弾は一発も当たることはない。その代わりに何も見えない暗闇から男の声が聞こえる。

「榎本猛、暗殺協議会の決定により資格剥奪とする」

「パンッ」

サイレンサーを外したのかジャッジの銃声は室内に悲鳴のように響き渡った。脳天を打ち抜かれたのは榎本の方だった。


五十三歳 男 榎本猛 資格剥奪


男は受話器をそっと置いた。迫りくる脅威に恐怖を感じた。しかし、自分に逆らうものは必ず死ぬのだ。相手がジャッジだろうと。

 公僕を味方につけた自分にたかが一人が何をなしえよう。

警察は自分の思うがままに動くのだ。何も心配は要らない。男はそう自分を励ます。

腹は減ってもいないのに手が勝手に菓子へとのびていく。


閑静な住宅街に警官の悲鳴が響く。ジャッジは男女関係なく投げ飛ばし、蹴り上げ、撃ち殺す。そこに慈悲などは一切感じられない。

 門が無理やり開けられたようだ。男は拳銃を部屋の扉へ向ける。

すると、何かで床を叩く音が聞こえる。

「コツン、コツン」

玄関も開けられてしまったようで、男とジャッジを隔てるのは一枚の薄い扉しかない。

扉が勢いよく開けられた。男は目をつむってむやみに拳銃を撃ち続ける。

「死ねーーー」

弾切れになる少し前に拳銃は叩き落とされる。手首をひねられて体が回転する。信じられないくらい弱い力でひねられたのに、なぜだ。

男はジャッジを睨めつける。

「お、俺が誰だか知ってるのか! お前が誰かは知らんが俺を殺せばお前も死ぬんだぞ!」

 すると、目深にかぶられたシルクハットで隠れていた口がにやりと笑う。

「本当に、俺を知らないか? 小野寺政調会長」

 名前を呼ばれた、男……小野寺は「あっ」と叫んでハットを脱いだジャッジを一瞥し目を見開く。

「き、北川か? ま、まさか。お前はスーパーの店長なはずだ」

「そうだ。俺はただの店長だ。だがな、俺はスーパーだけを経営しているわけじゃあない」

 小野寺は傘で顔面を殴られる。彼の体は氷のように固まっていた。

「普段なら、暗殺協議会の依頼は受けないんだが今回は特別な事情があった」

「な、なんだよ。事情って」

「お前はもちろん資格剥奪だが、その理由は殺し屋の斎藤信二に女性議員の暗殺を依頼したからだ。お前はあの場にいた女性議員に弱みを握られていた。そうだろ? 調べによると後ろから襲ったそうだな。女性議員にセクハラが。哀れなやつだ。

 お前は音声データを垣本議員に取られていた。その上脅されていたらしい。だから斎藤に殺しを依頼したんだ。

 爆弾が爆発することを事前に知っていたお前は俺に喧嘩をふっかけて、憤慨したと見せかけ懇親会を抜け出した。だが、運悪くその場には子供が二十五人も居合わせていた。そこで俺に依頼が来たというわけだ」

「だ、だからって、なぜおまえが依頼を受けたんだ。ただの違反だけならジャッジを雇うはずもない」

 すると、ジャッジ、北川は顔を悲しそうに顰めた。ジャッジが初めて感情を表す。

「あの場になぜ俺がいたと思う?」

そういって何度も何度も小野寺の腹をける。すると小野寺は口から血を吐き出す。

「う、うう……」

「あの場に俺は息子と一緒にいたんだよ。懇親会に息子とともに出るために。息子は、息子はもう戻ってこない。爆弾に跡形もなく吹き飛ばされたからだ」

 そういうと、北川は小野寺に驚く隙さえ与えずに、腰から拳銃を抜いた。


北川は小野寺を何度も何度も撃ち続けた。

閑静な住宅街を怒りに任せた銃声が何発も響き渡った。


五十歳 男 小野寺健一 資格剥奪



あとがき

読んでいただきありがとうございます。

人生初めてのアクション小説だったのですがいかがでしたでしょうか。


多少のミステリー要素はあるものの、書いてみたかったので書いたのですが、これが予想以上に楽しい。お陰で検索履歴が武術の技名で一杯になってしまいました。


個人的にアクション小説を書くのはミステリーよりはまりつつあります。

この作品は一話完結の短編ですが、ご希望があればこのシリーズをもう少し投稿しようかと思います。


感想、続編希望などお待ちしております。

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ジャッジ 島津宏村 @ShimazuHiromura

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