2.勇者は魔王と主従契約を所望です




『そこの床で転げ回っている変態勇者さん。おふざけは此処までにして、いい加減、我を倒してくれないかしら?貴方は勇者で光族、我は魔王で魔族よ。我達は敵対する者のはずよ?毎日来られて何もせずに帰られても正直、屈辱以外の何物でもないわ。』

「倒せとか何もせずって、もしかしてルーシィちゃんほんま期待してくれてたん?ほんなら、期待に応えへんと男が廃るっちゅうもんやなァ」

瞬時に起き上がると、再びベッドに登り、座っていたルーシィの両手首を掴み優しく押し倒す。


『だから、巫山戯ないでと言っているの。我が貴方を殺せない事位…この城の皆が分っているわ。我を殺して、今世覇者の旅でも何処にでも行けばいいでしょ。』

ルーシィは、押し倒されたままアレスを真っ直ぐ見つめ、先程までと打って変わり、威圧するオーラを纏いながら真剣にアレスに話しかける。


レオンは側近で上級悪魔だから耐えられるが、若くても流石は魔王のオーラである。廊下にいた悪魔達が何人か倒れる気配が分かる。


勿論、アレスは威圧をものともせず、何食わぬ顔で今の状況を楽しんでいる。


「そやなァ、ほんまはもっとずっとこうして君だけと遊んでたかったんやけど。そろそろ、世が動き出しそうやしなァ。あァ、勘違いせんとってな、ルーシィちゃん。ボク何度も言うとるけど、君を倒す気もましてや殺す気なんてさらさらないんよ。まァ、今みたいに押し倒すっちゅうんなら何時でも大歓迎やけど。」

『じゃあ一体我に何を望んでいるというの』

「…ボクは、勇者も光族も、ましてや、今世覇者なんて一切興味ないねん。」

『それなら、我に殺されてくれるとでも?」

「んー、ルーシィちゃんに殺されるんなら本望やけど、ボクが死んだ後、君が他の男に殺されるって考えたら嫉妬で狂いそうやし、死んでも死にきれへんやん?」

『何を馬鹿な戯れ言を・・・「やから、ボクと“主従契約”結ばへん?勿論、主は、ルーシィちゃんやで。」

『・・・!?!?っっ正気??』

アレスは、ルーシィからゆっくり離れ立ち上がり、いつもと変わらぬ胡散臭い笑顔を浮かべ、飄々と宣う。


一方のルーシィは、アレスが退いた瞬間ガバっと起き上がり信じられないという顔でアレスを見つめている。


そう、この世界には、主従契約というものがある。


それはある意味呪いにも似た契約だ。



―――内容の一部としては下記のようなものがある。


一.主の命令に従は背くことは出来ぬ。


二.主と従は互いの居場所が常に判り、念話が可能。


三.主が受けた傷の半分の負荷は、従が請け負う。


四.主が死す時、従も死す。


五.一度結んだ契約は死ぬまで解除出来ぬ。


六.契約を結べるのは一生に一回、一人までとす。


その他にも色々と制約があるが、全部を把握している物などほとんどいない。


何故ならば従になる事は、ほぼデメリットしかないため、主従関係を結ばされる位なら皆死を選ぶのだ。稀に主に陶酔した者が、結ぶ場合があるだけで極めてレアな契約なのである。


主が目の前の白い物を赤と言えば赤になるし、主が死ねと命令を下せば従は命に逆らえず死ぬのだ。


正に生きるも死ぬも主の思うがまま。



そのため、レオンとルーシィも、主従契約は結んでいない。彼は、先代魔王に付き従い陶酔していた一人で、死に際にルーシィを託されたため、側近として仕えてくれているにすぎないからである。


レオンは先代魔王との主従契約を望んでいたが、先代はこれを是としなかった。


それは、自分に何かあった時に娘を託せるのはレオンしかいないと考えたからである。


だがしかし、この契約はルーシィを日々日々追いかけ回し、ストーカーしているアレスにとっては正直最高の内容である。


『っな、ふざけないで。主従契約って意味分って言っているの?勇者なんかと結べる訳ないじゃない。それに、我は父様…先代魔王が前代の覇者だったがために余計に色々な者から狙われる身よ。これから先、我を守りながら生きていくとでも言うのかしら?」

信じられないと呆れと怒りを含ませながら睨みつける。


内容が内容であったため、変態の戯言はこの際無視だ。


「その視線ゾクゾクするわ。…ボクは至って本気やで。さっきも言ったけど、ボクは今世覇者なんて一切興味ないねんけど、世はそうじゃないやろ?今、“五大勢力”って言われとる中じゃルーシィちゃんは決して弱くはないけど、歴代最若魔王ってことで付け入る隙が大きいからきっと古狸共に真っ先に狙われるやろうな。それで、もし、ルーシィちゃんが少しでも傷つけられてしもたら、ボクきっと暴走して誰彼構わず皆殺しにしてしまうと思うねんな。ほら、ボク強いやん?」

ルーシィに睨まれ恍惚な表情を浮かべ、ギラギラとした瞳で、舌舐めずりするアレスは恐らく生粋の変態である。



現在、世界覇者の有力候補には、五大勢力が上がっている。


魔王の魔族、勇者の光族、他は、竜族、獣族、霊族である。


恐らく今世覇者は、この勢力の中から出るだろうと言われている。


『さらっと何恐ろしいこと言って!?皆殺しなんてそんなの駄目に決まっているでしょう!』

ルーシィは焦る。この男の瞳が本気だからだ。そして、それがハッタリではなく可能な力を持っている“強者”ということは遠の昔に理解しているからである。


「・・・そ・こ・で・や。ボクも色々考えて、主従契約っちゅう結論に至ったんよ。ルーシィちゃんは争いごととか人が傷つくのほんまは嫌いやろ?魔王なんにほんまお人好しなんやから。まァ、そこが可愛ェんやけど。ボクが暴走せんためにも、いつでもルーシィちゃんを助けられるようにボクと主従関係結ぶっていうのはええ考えやろ?」

最後は、有無を言わさぬ笑顔で言いくるめようとするアレス。


だが、今まで一度だって、無理強いをしてきたことはない。もし“強者”であるアレスに力を見せつけられたら、アレスの前では“弱者”のルーシィには嫌が応でも逆らうことは出来ない。


その優しさを、理解しているからこそ、ルーシィは本当の意味で、アレスを拒絶できないのだ。


『………………。』

黙り込むルーシィ。主従契約を結ぶことは、本当は嫌だが、正直願ってもいない申し出でもあった。


ルーシィも争いに参加する気は初めからなかった。しかし、自分はどうなってもいいが、自分が倒されたとなれば、魔族の者達は“弱者”となり“強者”に虐げられることになるだろう。


それだけは阻止したかった。そのために、今まで守り抜いてきた魔王の座だ。


もし、アレスに倒される場合も可能な限り、自分の命と引き換えに魔族の者達の保護を申し出ようと考えていた。


「ルーシィ様、この話受け入れるべきです。そして、世界には魔族と光族は同盟を結んだとして公表するのです。さすれば、貴方様の危険が減ると共に、半端者は手出し出来なくなります。貴方様の本当の“願い”が叶う日もそう遠くはないかもしれませんよ。」

突然、レオンが口を挟む。最後の一言はルーシィだけに聞こえるように。


それも、魔王ではなく名を呼んだということはルーシィに言い聞かせようとしているのである。


レオンはとても聡い。ルーシィが歴代最若の魔王のため、威厳を損なわないよう、舐められないよう、人前では魔王様という呼び方を徹底していた。そのため、人前で名を呼ぶ等、初めてであった。


100年前に先代魔王が亡くなって以来、ルーシィの側近として守護し、時には厳しく育ててきたのはレオンである。その間も、ルーシィの名を呼ぶ時は決まって、褒める時、叱り嗜める時、慰める時だけであった。


ルーシィの本当の“願い”とやらを知るのも、レオンだけである。


『レオン……。ずるいわ、こんな時だけ名を呼ぶなんて。それに…それなら、主従契約はやめて同盟を結べば…。』

「ほんまにそう思うん?同盟なんて唯の口約束にすぎひんやん。ボクらの生きてる世はそんな形式だけの確約のない事象で互いを信用出来る程生温くないんとちゃうか。まぁ、ボクがルーシィちゃんを裏切ることは死んでもあらへんけど。」

同盟を結ぶ種族はいくつかあったが、少しでも気を許せば、どちらかが寝首を掻かれるのが常である。


他の種族にとっては、多少の牽制にはなるが同盟などなんら意味を持たない。主従契約でも結ばない限り、魔族の魔王であるルーシィは、光族の勇者であるアレスの言葉を全て鵜呑みにして100%信用することは出来ない。


そこまで解っていて、恐らくこの話を持ちかけてきたのであろう。


『…………わかりました。主従契約を結びましょう。そして表面上は、魔族と光族は同盟を結んだと公表するわ。』


長い沈黙の末、ルーシィは、どうやら魔王として心を固めたようだ。





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