第5話 雨上がりの空

 あの日、有村さんがカフェから帰ってしまった後、全く状況の飲みこめなかった俺は、何度も彼女に電話をかけたけれど、繋がることはなかった。


 夜になり、ごめんなさいとメールが一通届いたが、その後連絡はこなかった。


 彼女はあの時、確かに涙を流していた。足早にカフェから出ていく彼女を追いかける勇気すら、俺にはなかったのだ。


 その後日にちがたつにつれ、こちらから連絡しづらくなり、疎遠になってしまい、今日に至る。彼女と会わなくなって気がつけば半年以上が経っていた。


 彼女のことが好きだったのか?と自問してみるが、はっきりとはしない。俺の中にはいつも、ともかがいたし、その気持ちをなくしてしまうのが怖かった。


 初めて有村さんと出会ったとき、あの日の勢いと感情のままに彼女とホテルにいった。それがあたりまえだと思えてしまう程、自然な流れだったと思う。有村さんを思い出すことがなかったといえば嘘になる。

 

「え?どうしてあの人に、ともかお姉ちゃんの話しちゃったの?てかさ。そういうことはもっと早く相談してよ。もぅ半年以上たってるじゃない」


 久しぶりにあったはるかちゃんに、有村さんのことを相談してみたのは間違いだっただろうか。女心を知るには、女の子と思ったのだが……。


「考えてみた?好きな人が、他の大切な人の話をしてたら、そりゃショックでしょ!なに考えてんのよ~。いくつになっても女心のわからない人なんだから」


「いや。俺たちは付き合ってたわけじゃないし。好きとか言われてないし」


 浮気した彼氏を目の前にしたかのような勢いではるかちゃんに怒られている俺は、なぜかなだめるような声にならざるをえなかった。


「だから、そういうとこ。私は早くあきらめて正解だったな。結構わかりやすいくらい好きな気持ちぶつけてたつもりだったのに、完全スルーされてたもんね」


「え?はるかちゃん、俺の事そんな目で見てたことあったの?」


「やめてよ。もう過去の話です。自覚のないイケメンって本当困るんですけど」


 そういって笑うはるかちゃんの横顔はどこかともかに似ていて、せつなかった。


「それで、もぅあの人とは会わないの?」


「うーん。もぅ俺のことなんて、忘れてるかもしれないしねぇ」


 正直、自分でもこの気持ちをこのままにしておいていいのか悩んでいた。好きだったのかわからないとは言いながらも、いつも有村さんのことが気がかりで仕方なかった。誰かに背中を押してほしかったのかもしれない。


「ねぇ透矢さん。ともかお姉ちゃんが亡くなって、もう3年だよ。私達、前向いて進まないと、心配してるんじゃないかなぁ、お姉ちゃん」


 はるかちゃんは、心配そうな表情で、俺をのぞき込む。


「あの人の気持ちの前に、透矢さんが会いたいかどうかなんじゃない?」


 気がつけば、はるかちゃんも大人になった。ともかが亡くなったとき、あんなに泣きじゃくって、壊れてしまうかと心配していたのに。


 俺は、有村さんに何を伝えたいのだろう。でも、もっと彼女のことを知りたいと思っていたのは本心だった。その前に、あんな形で会えなくなったしまったことをいつまでも後悔していたのだ。


 ともか。俺は、他の誰かを好きになっても許されるのだろうか。君のいない世界で、笑っていてもいいのだろうか。

 有村さん、俺はあなたの涙を笑顔に変えることができるのだろうか。

 

 その日も、有村さんのことが頭から離れず、そのまま家に戻る気分にはなれなかった。蓮の時期は外れていたが、彼女と会った蓮の公園にひとり立ち寄ることにした。


 雨上がりの空は、いつもより眩しく、俺の心を後押ししていた。


 



 

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