第3話 First Mission

 思わぬかたちで、彼の携帯番号を手にした私。杏ちゃんからも、早く連絡しなさいとお尻をたたかれている状況だ。


 何度もスマホとにらめっこすること3日目の夜、意を決して電話をかけてみる。初めての電話は、いくつになっても心が震える。


 一度弾む気持ちを抑え、水をひとくち。そのあとの2回目のコールで、電話はあっさりと繋がってしまった。


「はい?どなた様ですか?」


 当たり前なのに、彼の声にあわてる私。


「あの。先日お会いした有村と申します。いきなりお電話してすみません。今、お電話大丈夫ですか?」


「あ。お電話大丈夫です!」


 彼も慌てているのが伝わってきて、なんだか少しホッとした。


 彼の声、それだけでドキドキが止まらない。杏ちゃんが言っていたように、この気持ちは恋なのかもしれない。本当は公園で彼とすれ違っていた頃から、すでに恋に落ちていたのかもしれない。


 大人になるほど、自分の気持ちに鈍感になるなんて。人とは、おバカな生き物だと、心の中でくすりと笑ってしまう。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼が突然、改まったように話しだした。


「あの。今更なんですけど。お名前教えてもらえますか?」


 思わずふたりで同時に笑ってしまった。


「私の名前は、有村 優里ゆうり


「あ。俺は、柳 透矢とうや。27歳独身」


「私のほうが4歳年上ですね」


「えっそうなんですか?有村さん若く見えるし、同い年くらいかと思ってました」


「私は柳さんが年下だって、最初からわかってましたよ〜泣き虫さんだし」


「それ忘れてくださいよ~。俺、第一印象かっこ悪すぎ」


「でも、あの涙がなかったら、こうして出会うこともなかったのかも」


 私たちは緊張もなくなり、時間を忘れるほど、他愛もない話を楽しんだ。


「もしよかったら、これからふたりで飲みませんか?って言いたいとこだけど、もうこんな時間かー」


 時計を見あげると夜の10時を回っていた。会いたい気持ちは山々。今にも走っていきたいと声をあげていたが、そこは大人の対応しなければと我慢した。


 なにより、彼のそんな気持ちが、嬉しかった。それに、また会えるかもしれない期待と、先日の甘い時間が脳裏をよぎる。


「また、会ってもらえますか?」


「もちろんです」


 思わず食い気味に返事をしてしまい。顔が真っ赤になっているのが、自分でもわかるほどだった。


「よかった、俺も会いたい。有村さん、おやすみなさい」


 彼の声がまだ耳に残ってくすぐったい。彼に触れた唇に嫉妬してしまう程、やりばのない熱い感情でいっぱいになった。


 次の日、私は職場で杏ちゃんに、柳さんに電話したことを報告。杏ちゃんは、目をクリクリさせて一緒に喜んでくれた。


 その後、何度かメールを送り合い、最初に会った蓮の公園で会う約束をした。


 これってデートだよね?自問自答して、思わずニヤける。何年ぶりだろぅ、こんな気持ち。しかし、そんな気持ちの裏で、不安が大きく頭をもたげていた。


 3年前、私はこれまでで一番大きな失恋をした。結果的に、彼に他に好きな人ができて、別れることになったという、ありきたりな話。


「ごめん。優里といるの疲れちゃった」


 2年付き合った彼にそう言われた時は、かなり落ち込んだ。同じ会社だから、しばらくは気まずさもあったけれど、仕事に打ち込み乗り越えた。いや、乗り越えるしかなかった。


 それから半年もしないうちに、その元彼は、取引先の受付の女の子と授かり婚。会社のみんなからも祝福され幸せな空気が充満していた。


 私と過ごした2年は、彼にとっては空虚なものだったのかもしれない。


 その日はさすがに、家に帰って、目が腫れるまで泣いた。それでも、朝はやってくるし、日常は繰り返される。あたりまえの毎日に救われた気がした。


 それから何度か、恋もしたし、付き合ったりもしたけれど、1、2か月しか続かなかった。


 それ以上深く踏み込むのが怖かったのかもしれない。傷つくことから自分を守ろうと、無意識に壁を作っていたのだろう。


「始まる前から心配ばっかりしないの〜」


 いつも杏ちゃんに怒られちゃうのを思いだす。恋愛のことになると、どっちが先輩だかわかったもんじゃない。


 初めて言葉をかわした日、柳さんの心の中は亡くなった彼女で溢れていた。今、少しくらいは私の存在をみてくれているのだろぅか?


 あれから柳さんは一度も彼女の話をしないままだった。私自身も聞くのが怖くて話題にできなかった。そんな不安な気持ちを抱えたまま、私はデートの日の朝を迎えた。


 


 



 



 



 













 

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