第211話 反撃
大樹の裏は徹甲弾が削った木くずが散らばり、惨憺たる有り様だった。
すでに男の姿は無く、遺留品も見つからない。
ふと、もう一本奥の樹の影を捜索した石動は、そこに出血の跡を見つける。
仕留めそこなったが、どうやら負傷させることは出来たようだ。
そう思った石動は、一旦ロサのところへ戻った。
「ヤツは逃げたが、手傷を負っているようだ。血の跡を辿れば止めを刺せるかもしれない」
「ダメよ! それはやめたほうがいいわ。間違いなくヤツはエルフの血を引いている。フードが外れたからよく見えたけど、あの耳はダークエルフの血を引いている者の証よ。
たとえあなたが追いかけても、森の中では相手の方が上手だし、危険だわ。
私が動けない以上、皆で早く森を抜けたほうがいいと思う。森でさえなきゃ、ツトムなら互角以上に戦えると思うから・・・・・。
心配しなくてもアイツは必ず追ってくるわ。あの顔はそういう顔よ」
「分かった。それなら、とりあえず君の手当てが先だな。馬車に戻ろうか」
頷いた石動はFG42を肩にかけ、ロサを矢傷に触らないようそっと両手で抱きかかえると、馬車へと急いだ。
馬車に近づくと、中から無傷だったサンデル騎士と腕に包帯を巻いたフィリップ騎士が中から出てきた。ヤコープス騎士の右腿の矢はうまく摘出できたようだが、巻いた包帯には血がにじんでいる。傷が開かないよう馬車の座席に座ったままだが、顔色は悪くない。
サンデル騎士らの力を借りてロサを馬車の中に運び込んで座席に寝かせると、とりあえずロサの言葉を信じて、早急に森を抜けることにした。
ヤコープス騎士の代わりにフィリップ騎士が御者台に座り、サンデル騎士がフィリップ騎士の馬を引いて、馬車に並走する形で走らせる。
馬車の中では、石動がヤコープス騎士に手伝ってもらい、ロサに刺さった矢を抜く処置に取り掛かる。
本来であれば矢を抜かずにそのまま医療機関に連れて行くべきだが、昨日泊まった街にそんなものは無かった。
クレアシス王国まではまだ遠いし、ワイバーン討伐の時に泊まった国境の町が一番近いが、それでもまだ相当な時間がかかる。
矢傷の治療は切開手術で慎重に摘出しなければ神経に障害を起こしかねない。
また血管を傷つけたりすれば大変なので、素人が力任せに抜けばかえって危ないのだ。
しかし、幸いなことにロサは「
肉が締まって抜けなくなる前に、矢さえ抜いて止血処理をしておけば、国境の町までもつだろう。
そのため石動達はまず、重症である肩の矢から抜くことにした。
ロサの口に食いしばってもいいようにハンドタオルを噛ませると、矢を身体近くで切り落とす。
そして石動がロサの身体をしっかりと抱きかかえると、ヤコープス騎士に背中に抜けた矢尻の方から、慎重に矢を引っ張って抜いてもらう。
肉が締まりかけていたのか、ミリミリッという不気味な音をたてて矢が抜けてくる。
矢を抜くあいだじゅう、ロサはタオルを固く噛み締め、低く唸り声をあげて脂汗を流していたが、悲鳴までは上げなかった。
やっと矢が抜けたら、石動がタッパーウェアのファーストエイドキットから取り出した消毒液で素早く傷口を洗い、止血剤と抗生物質をガーゼで塗り込む。
そこへ少し落ち着いたロサが左手を翳してヒールを発動させた。
はじめてヒールを見た時のように傷口が光りはじめ、みるみるうちに薄皮が張り出血が止まってきた。
念のため石動は、その上からもう一度止血剤と抗生物質を塗ったガーゼを貼り、包帯を巻いておく。
同様にして太ももの矢も抜いて処置を済ますと、ロサはぐったりとして石動にもたれかかり、そのまま意識を手放してしまった。
石動はそっと馬車の椅子にロサを横たえると、毛布を掛けたりして少しでも寝やすく整えてやる。
そこまでして、やっと一息つき、石動はヤコープス騎士の隣にドサッと座り込んだ。
「ふぅ、これでとりあえずは、一安心ってとこかな」
「良かった・・・・・。しかし、ロサさんがここまでやられるなんて、どんな相手なんでしょうか?」
「わからないけど、ロサが言うにはエルフの血を引いているヤツらしい」
「・・・・・なるほど、道理で弓の腕がいい訳だ。森の中では戦いたくないヤツですね」
「ああ、そのかわり森の外に出たら目にもの見せてやる」
石動は暗い眼で拳を掌にバシッと音を立てて打ちつけた。
その時、馬車と並走するサンデル騎士が引く馬の首に、山なりに飛んできた矢が突き立つ。
馬が悲鳴のような嘶きをあげて、横倒しに倒れる。
サンデル騎士は咄嗟に引き縄を離したので巻き込まれなかったが、馬首を巡らせて倒れた馬に駆け寄ろうとした。
「停まるな! もうすぐ森を抜ける! そこまで止まらずに走り続けるんだ!」
御者台のフィリップ騎士から鋭い声で指示が飛ぶ。
倒れた馬を見捨てなければならないのが悔しいのか、唇を血がにじむほど噛み締めていたサンデル騎士は、倒れたもののまだ藻掻いている馬から無理矢理、視線を剥がす。
前を向くと騎馬に鞭を入れて、スピードを上げた馬車に追いつき、横についた。
すでに腰から長剣を抜き、片手で手綱を持って馬を操っていた。再びサンデル騎士を狙って、山なりに飛んでくる矢を長剣で叩き落とす。
フィリップ騎士も長剣を抜き、馬車の馬を狙って飛んでくる矢を払い落としていた。
「くそっ! しつこい野郎だ!」
かなり離れた距離から矢を射ているはずなのに、ほぼ正確に馬や乗員を狙ってくるからたちが悪い。
「あと少しの辛抱だ」
そう思いながら、フィリップ騎士は必死に矢を払い、馬車を走らせた。
鬱蒼とした森の中を走る街道の先が明るくなってきたと思ったら、突然視界が開け、国境の森を抜けた。
目の前には壮大なミルガルズ山脈の山々が聳え立ち、その麓を街道がうねうねと走っているのが見渡せる。
「ふぅ、ミルガルズ山脈を見てホッとするなんて、初めてだよ・・・・・」
フィリップ騎士が思わず笑みを浮かべながら零す。
森を抜けると街道脇に樹々ではなく、たちまち岩場が増えてくる。
フィリップ騎士とサンデル騎士はスピードを落とすことなく街道を走り続けたが、岩場を縫うように街道が走っているため、思うようにスピードを上げられなかった。
そこへ再び矢が飛んでくる。
馬車の御者台に座るフィリップ騎士を掠めて御者台に矢が立った。
「クソッ! まだ来やがるぞ!」
石動は馬車の屋根へ通じる戸を開けて、馬車の天井から身を乗り出すようにして双眼鏡を使ってフードの男の姿を探す。
その時、森の出口付近を見張っていた石動の眼に、人影が森から走り出て街道脇の大きな岩陰に隠れるのが見えた。
その姿を見た石動は、御者台のフィリップ騎士に声を掛ける。
「フィリップさん、その先の道が開けた辺りで停まってください。停めたら矢が当たらないよう、馬車の影に入ってもらえますか。サンデルさんも早くこちらへ」
石動が馬車の中からフィリップ騎士に指示して馬車を止めさせた。
サッと馬車を降りるとFG42の二脚を下ろし、セレクターをセミオートにする。
地面に腹ばいになると、伏射でフードの男が隠れた岩場を狙って引き金を落とす。
「ターンッ」という開けた場所のせいか乾いた銃声があたりに響き、フードの男が隠れている大きな岩に当たり、チューンと音を立てて銃弾が弾かれた。
その反撃として岩陰から山なりに飛んできた二本の矢が、伏せたままゴロゴロと転がって避けた石動を目掛けて飛んできて、トストスと地面に突き立つ。
「あの岩場にいるのは間違いないな。今度は岩の影だから銃弾では貫通できないと思っているんだろう」
石動はニヤリと嗤うと、呟く。
「今度は私のターンだ」
一度、馬車の影に戻り、心配そうに見守る三人の騎士に決意をつたえる。
「ここでヤツと決着を付けようと思います。このまま馬車で逃げてもいいですが、必ずヤツは追ってきて、私たちを射殺すまで止めないでしょう。だから、私がここでヤツに止めを刺すことにします」
「でも、どうやって・・・・・。今みたいに銃弾は岩で防がれてしまうのでは?」
「フフフ、山なりに遮蔽物の裏を攻撃できるのが弓だけだと思ったら大間違いだと言うことを教えてやりますよ。ロサを傷つけた報いは必ず100倍にして返してやります」
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