第210話 救出
ロサはフードの男が隠れている樹へ忍び寄りながら、頭の中で鳴り響く警報音を無視することが出来なかった。
この敵はどうもおかしい。
弓矢の腕といい、もしかしたら同族なのかもしれない、とロサは疑っていた。
でも、誇り高いエルフ族の者が帝国諜報部の、しかも暗部などにいるはずが無いという気持ちも強い。
それはダークエルフの一族だとしても同様だ。リーリウムらのようなダークエルフ族から、人殺しを生業とするような者が出るはずが無いと思っている。
それでも森の中では無類の強さを発揮するエルフ族のロサから見ても、すべて手の内を読まれているような、同族と争う時に感じるのと同様の違和感がつきまとう。
要するに”やりにくい”のだ。
その証拠が頭の中で鳴り響くこの警報音だ。
本能が、それ以上敵に近づいては危ない、と大音量で叫んでいる。
それでも自分で言い出した以上、やらねばならない。
ロサは、五人の暗部の男たちを倒した時のように、森の中での「隠密」には絶大な自信を持っていた。
私なら出来る! と自分に言い聞かせながら、ロサは森に溶け込みつつ忍び寄る。
そろそろ、石動と約束した100秒になる。
男が隠れていると目星をつけた樹の裏が見渡せるところまで近づいたロサは、マリーンM1895を構えながら、藪越しにそっと様子を窺おうとした。
その時、ロサの目に入ってきた光景は、矢をつがえた弓を引き絞り、ロサに対して狙いをつけているフードの男の姿だった。
フードを深く被っているのでその影に隠れて見えないが、ロサは確かに男と眼が合ったと直感した。
そこだけ見えている口元の口角が、ニヤリと嗤うように上がるのが見える。
ロサがマリーンを発砲したのと、フードの男は矢を放ったのは、ほぼ同時だった。
矢が咄嗟に首を傾げて避けたロサの左耳を掠め、ロサの放った45-90弾はフードの先を掠めた結果、その衝撃波によりフードだけが後方へ吹き飛ばされ、男の顔が露出する。
ロサがマリーンのレバーを操作し次弾を装填する僅かなあいだに、男は速射で三本の矢を放ってきた。
辛うじて顔面めがけて飛んできた矢はマリーンの銃身で叩き落としたが、高低の差をつけて飛んできた矢までは躱しきれず、ロサの右肩と左腿に矢が突き立つ。
その激痛にロサの顔が歪み、痛みのあまりマリーンを取り落としそうになった。
銃を構えようにも右肩に刺さった矢が邪魔だし、痺れたような痛みで持ち上げることも困難だ。
ゆっくりと次の矢を弦につがえた男が、ロサを見る。
フードが外れて顔がむき出しになった男が、ロサを無表情に見据えて弓をキリキリと引き絞った。
もうダメか、とロサが観念しかけた時、凄まじい連続発砲音と共に大樹をも貫通した銃弾が男に襲い掛かった。
石動はロサの身を案じながら、FG42で狙いをつけたまま、言われた通り100数えていた。
ロサの姿は森に溶け込んでしまい、スキルを使ってもおぼろげにしか分からない。
そろそろ90を数えようかという時、突然ロサのマリーンM1895による銃声が鳴り響く。
フードの男もロサも樹や藪に隠れて姿は見えないが、石動の鋭い眼は草藪めがけて射かけられた矢が飛ぶのを見逃さなかった。
石動はFG42のセレクターをつまんで持ち上げると、セミオートからフルオートに切り替える。
そして躊躇うことなく、フードの男が隠れている樹に向けて銃撃を浴びせた。
「ズドドドドッ!!」という腹に響く銃声と共に、毎分750発のサイクルで撃ち出された8ミリモーゼル徹甲弾は、易々と樹木を貫通した。
石動は自分から見て左から右へ、まず普通の人間の胸の高さで掃射する。
次いで、素早く
あっという間に空になる20連マガジンを交換しながら、銃を固定するため樹に差していた短刀を抜いて腰の鞘に戻す。
そして石動は、再びフードの男がいる辺りへフルオートで銃撃しながら、ロサが居ると思われる草藪へと走りだした。
スキルおかげなのか最初の銃弾が盾にしていた大樹を貫通した瞬間、警報を鳴らしてくれたので、しゃがみ込む事ができたのだ。
あと一秒、遅かったら銃火を浴びて、死んでいたに違いない。
まだ、銃弾は降りそそいでいて、バシバシッと派手な音を立てて銃弾が大樹を貫通している。
貫通する銃弾に削り取られて飛んでくる樹の破片が、しゃがんだ
一瞬、銃撃が途絶えた隙に素早く立ち上がると、盾にしていた樹よりも奥に生えている太い樹の裏側へと逃げ込む。
木の周りに生えている下草や低い灌木も、銃弾や木の破片を浴びて、暴風に曝されているかのように大きく揺らいでいる。
徹甲弾だったせいか、射入口も射出口もポツッと丸い穴が開いただけで、射出口がすり鉢状に肉が持っていかれるようなひどい傷にはなっていない。
いつ、被弾していたのだろう・・・・・。危機的状況の中だとアドレナリンが放出されるし、戦闘中は興奮状態だったためか、全く被弾したことすら気付かなかった。
こんな激しい反撃を受けて、これだけで済んだのは奇跡に近いのかもしれないと、
敵に手傷を負わされるとは、と思わず苦笑いしてしまう。
この場はここまでか・・・・・。
一度、仕切り直しが必要だな。
「ロサ! 大丈夫か?!」
「私は大丈夫よ」
「いや、全然大丈夫じゃないだろっ! 肩と腿に矢が刺さっているじゃないか!」
FG42を油断なく構えながらロサに近づいた石動は、索敵と気配察知にヒットするものが無いことを確認しながら、まずロサの怪我の具合を確かめる。
右肩の矢は肩甲骨側まで矢尻が抜けた状態で刺さっているし、腿の矢も大腿骨に当たって逸れたのか、斜めに刺さり、矢尻が皮膚を破って顔を出していた。
いずれも太い血管は損傷していないようだが、かなり出血はしているようだ。
石動はマジックバッグから止血帯代わりになるタオルを取り出すと、心臓に近い位置に巻き、結び目に木の棒を差し込んで捩じり、ガムテープで固定しておく。
止血処理をしながら、石動はどす黒い怒りが腹の底から湧き上がってくるのを感じていた。怒りの対象はフードの男だけではなく、自分自身に対しても同様だ。
「(くそっ、ロサをひとりで行かせるべきではなかった・・・・・暗部の男たちを倒した手際が鮮やかだったから、つい森の中なら無敵だと思った自分を殴ってやりたい!
それにしてもあの野郎、絶対許さん。
ハチの巣にしてやるから覚えとけ・・・・・)」
そんな石動の表情には気づかず、ロサは石動の腕を掴んで訴える。
「そんなことよりツトム、ヤツの気配が消えたわ。逃げられてしまったかも」
「
一刻も早く矢を抜いて処置しないと、肉が締まって矢が抜けなくなってしまう。
急いで馬車に戻らねば、と思ったが、 ロサの言葉に石動は頷いた。
もう一度FG42を構えると、いつでも発砲できるような警戒態勢のまま、フードの男がいた樹の裏へ向かう。
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