第212話 八九式重擲弾筒

 石動が新たにマジックバッグから取り出したのは、八九式重擲弾筒じゅうてきだんとうだった。


 八九式重擲弾筒とは、大日本帝国陸軍が1932年に制式とした、言わば”携帯できる小型迫撃砲”だ。

 全長60センチメートル、重量4.7キログラムで、太い50ミリの筒身と細い柄稈(支柱)、その先の駐板(台座)から構成されている。


 普通の歩兵が携帯できる爆発物といえば主として手榴弾だが、しょせん人力で投擲するものなので、投擲可能距離は50メートル程度と限られている。

 塹壕戦を戦う第一次世界大戦の頃から、投擲だけに頼らず手榴弾をより遠くに飛ばすことで、隠れた敵を倒すことができるようになる方法を世界各国の軍隊が試行錯誤していた。

 

 そこでまず各国で開発されたのは、小銃の先にカップ型の発射装置を取り付け、カップの中に手榴弾を入れて空砲で撃つことにより、そのガス圧で手榴弾を遠くに飛ばすというものだった。

 ただこの方法では重量の重い手榴弾を小銃で発射するため反動が大きく、人間では肩付け射撃できないことから、射撃精度が低いという問題があった。


 これはのちに小銃の銃口部に簡単な管を装着することにより、管にロケット型の榴弾を差し込んで空砲などで射出する方式へと発展し、ライフルグレネードとして現代まで存続している。


 しかしカップ型手榴弾発射装置では小銃にかかる負担も大きく銃本体の損耗が激しいため、それに代わるものとして開発されたのが、大日本帝国陸軍が採用した十年式擲弾筒のような小型迫撃砲に似た兵器だったのだ。

 これは大日本帝国陸軍だけでなく、日本以外にもイギリス軍などでも同じような研究がおこなわれ、実用化されている。


 最初に開発された十年式擲弾筒は、三十八年式小銃に使用する小銃擲弾用として十年式手榴弾を造ったものの、小銃擲弾としての実用化が困難と判明したため、十年式手榴弾専用の発射装置として新たに開発されたものだ。

 だが十年式擲弾筒は射程が短いうえ命中精度が低いという大きな欠点があり、兵士たちの評判が悪く、改善が急務だった。


 そこでその欠点を改良し、改めて制式となったのが八九式重擲弾筒だ。


 短かった射程を伸ばすために、滑腔砲身を持つ十年式擲弾筒のような簡易な造りではなく、八九式重擲弾筒の筒身内部にはライフリングが刻まれていて、それにより大幅に飛距離を伸ばすことに成功した。

 またライフリングに対応できるよう専用の89式榴弾も開発し、命中精度も高めることにも成功している。

 もし89式榴弾が弾切れになっても、十年式手榴弾や九一式手榴弾を発射することも可能という親切設計だ。

 ただし、手榴弾の場合だと射程距離が89式榴弾の1/3程度とかなり短くなる。


 八九式重擲弾筒の使い方は、太い筒身内部に専用の89式榴弾を装填した後、湾曲した駐板を地面に当てて立て、筒身の水平からの仰角を目分量で45度へと調整する。

 筒身後部にある整度器(調整つまみ)を回して対象への射距離を設定したら、柄稈に沿った引鉄を引いて擲弾を発射する仕組みだ。



 石動がこの八九式重擲弾筒を造ろうと思ったのは、手榴弾をもっと遠くまで飛ばす手段が欲しかったのと手榴弾より大きな威力が欲しかったからだ。

 大日本帝国陸軍の考えと一致したと言っていい。 


 最初は、FG42やモーゼルKar98Kライフルの銃口部に取り付けることができるシースベッヒャー2型グレネードランチャーを装着して、30ミリ榴弾を発射することも考えた。

 しかしこれだと口径が30ミリと細く、榴弾としての威力も不足しているうえ、射程距離も最大250メートルと短いのがネックだった。


 どうせなら、もっと威力も大きくしたいし、飛距離もシースベッヒャー2型の倍以上は飛ばせるようにしたい。

 そう考えた石動が選ぶ選択肢として、最も魅力的で有効だったのが八九式重擲弾筒であった。


 専用の89式榴弾は重量800グラムあり、TNT火薬を150グラムも搭載できるので、その威力は充分すぎるほどだ。

 もちろん、これだけ重い榴弾を撃ち出すのだから、当然相当大きな反動がある。

 そのため駐板のU字に湾曲している部分を木材や石に当てて固定することで、安定した発射ができるような設計になっている。


 駐板のU字に湾曲した具合が、ちょうど太ももにジャストフィットするように見えるので、八九式重擲弾筒を鹵獲した米軍兵士たちからは「ニ―・モーター(膝撃ち迫撃砲)」と呼ばれていた。

 実際に駐板を太ももに当てて八九式重擲弾筒を試射した米軍兵士がいたらしく、発射の反動で大腿骨を複雑骨折したというウソのような本当の話が残っているほどだ。


 89式榴弾の弾底には発射装薬が内蔵されており、撃針が中央の雷管を叩くと装薬に着火してガスを発生させ、底に開いた8つの孔からガスを噴射させて榴弾が撃ち出される。

 その際、弾底に巻かれている薄い銅板が撃発によって広がることで、八九式重擲弾筒のライフリングに食い込み榴弾に回転を与えるという構造を持っている。

 そのため飛距離も長いうえ精度も高く、取り扱いに慣れた兵士なら百発百中で狙ったところへ飛ばせる面白さがあるのだ。


 最大射程は670メートル、八九式榴弾の殺傷範囲10メートルとコンパクトでシンプルな構造の割には高威力で、第二次大戦中は米軍兵士を相当悩ませたというから頼もしい。

 石動は散弾を隔壁内に仕込むことで、さらに殺傷力が上がるように改良を加えてある。

 大日本帝国陸軍兵士を悩ませたという不良品による榴弾の不発や故障は、石動がきちんと造ればほとんど問題ないはずだ。



 馬車からすこし離れた場所に移った石動は、これもマジックバッグから取り出した89式榴弾の先端にある信管部に差してあった安全ピンを抜くと、八九式重擲弾筒の中に落とし込んだ。

 次いで筒身の上に設けられた方向照準線をフードの男が隠れた岩場に目視で合わせる。


 岩場までの距離を測るのに、以前ならレーザー距離計レンジファインダーを使っていたが、最近は鑑定なのか索敵なのか分からないが石動のスキルが進化して大体の距離が見れば分かるようになってきた。


「だいたい480メートルといったところかな・・・・・」


 石動は筒身下部右側についた整度器を回し、柄稈に刻まれた目盛を480に合わせる。

 そして駐板を石に当てて固定し、柄稈を45度の角度で支えたら、発射準備完了だ。

 石動は柄稈に沿うようにのびたレバーのような引き金を引っ張って起こすようにして、撃発した。


 ボンッという大きな音とともに89式榴弾が撃ち出され、山なりの軌道を描いて、フードの男が隠れた岩場を飛び越して着弾した。

 その瞬間、ドカーンッ! という大きな炸裂音と共に火球と煙が舞い上がる。

 89式榴弾から飛び出した破片や散弾が広範囲に散らばって、周囲の地面から土煙があがり、岩場に当たって小さな火花を上げるのが見えた。


「もうちょい、気持ち手前かな?」


 目盛を僅かに修正した石動は、続けて89式榴弾をセットすると再び撃ち出した。

 そして発射した89式榴弾がまだ空中にあって、着弾する前に次の榴弾を入れるスピードで、立て続けに三発撃ち続ける。


 着弾もほぼ同時で”ドカドカドカーン!!”と連続して炸裂した。

 さすがに三発も重なるとその火球や煙だけでなく、衝撃波が遠く離れた石動たちのところまで地響きのように伝わってくる。

 最後の榴弾が着弾し爆発したころには、隠れていた岩場は89式榴弾の爆発により崩れ、見る影も無くなっている。


 石動がふと視線を感じて馬車の方を振り返ると、フィリップ騎士ら三人が大きく目を見開き、呆然とした表情でその光景を見つめているのに気付く。

 そんな三人の姿は見なかったことにしようと、石動はサッと目を逸らす。


 岩場からの反撃が無いことを確認したのち、素早く八九式重擲弾筒をマジックバッグに仕舞うと、石動はFG42を構えながら岩場目掛けて走り出した。

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