第208話 弓手《アーチャー》 ①

 弓手アーチャーは人間の父親とダークエルフの母親の間に生まれたハーフエルフだ。

 両親の夫婦仲は良く、子供の頃の弓手アーチャーはふたりから愛情をたっぷりと受けて育ち、幸せな日々を送っていた。

 

 一家は村から外れた森の中に家を構え、猟師として暮らしていた。

 冒険者上がりで猟師をしている父親からは槍や剣の使い方を学び、母親からは弓を教わった。

 いざという時に森の中でのサバイバルするための手段や、獲物に近づくためのテクニックなども、両親から幼子の頃より叩き込まれる。


 弓手アーチャー自身はそれを苦にすることなく、遊びの一環として両親から楽しんで学ぶ。

 そしてすでに五歳になる頃から、並々ならぬ弓矢の才能の片鱗を示し始めていた。

 

 小さな身体で自分の身長と同じ大きさの弓を操り、鳥から始まって、ウサギ、鹿を仕留め、遂には猪まで狩ってくるようになった。

 獲物を仕留めて帰ると、両親が喜んで褒めてくれるのが弓手アーチャーには誇らしく、嬉しかった。

 両親と一緒に仕留めた獲物を捌き、肉や毛皮などは近くの村へ売りに行く。


 弓手アーチャーの外観は、ほとんど人間と変わらず、少し肌が健康的に日焼けしているかなという程度だった。

 ダークエルフの特徴である長い耳も、人間の耳と比べると少し長くて上辺が尖っている程度で、髪を伸ばして隠してしまえば誰も気がつかないほどだ。


 それでも村の子供たちからは「エルフ混じり」と差別され、仲良くしようとこちらから近づいても拒絶され、石を投げられた。

 その結果、喧嘩して泣いて帰った事は何度もある。


 村の者達も決して一家を歓迎してはいなかったが、貴重な獣肉を提供してくれる腕のいい猟師一家として認め、必要以上に冷たく扱う訳でもなく遇していたのだ。

 

 そんな生活が一変したのは弓手アーチャーが十歳の時だった。 


 十歳になった弓手アーチャーはいつも通り、獣肉と毛皮を村に納品に行く母親を商品を載せた荷車の後ろから押して手伝っていた。


 村のなじみの店で肉と毛皮を売り、不足していた生活必需品をそのお金で購入した親子が森の家へ帰ろうとしたところを、運悪くたまたま領地見回りに来ていた領主の息子に見られてしまった。


 弓手アーチャーの母親はダークエルフだけあって歳をとっても若々しく、外観は二十歳そこそこにしか見えなかった。

 そのうえ、ダークエルフ特有の肉感的なプロポーションを持っていた上に美人だったため、領主の息子がしつこく言い寄ったのも仕方ない事だったかもしれない。


 しかし、母親はしつこい誘いにも乗ることは無く、次第にイライラし始め激高した領主の息子が手荒な真似をしようとしたため、村人たちの目の前で容赦ない平手打ちを食わせてしまう。


 頬を張られた領主の息子が呆気に取られているうちに、母親は弓手アーチャーの手を引いて足早に立ち去った。

 そのために残された領主の息子と取り巻きたちの、暗い怒りの炎に燃えた表情を見ることは無かったのだ。



 そしてその夜、悲劇が起こる。

 村の外れにある森の中で、猟師の家が盗賊の集団に襲われたのだ。


 猟師である夫は何本もの矢を受けてハリネズミのような死体となり、妻は藪の中で凌辱されたうえに喉を掻き切られた姿で見つかった。

 二人は盗賊に相当抵抗したようで、ふたりの物では無い血痕が森の中に多数残っていたが、猟師夫婦の他に死体は残されていなかった。

 猟師夫婦の息子である十歳になる男の子の遺体は見つかっておらず、おそらく攫われて売られたか殺されたものと推測された。



 その翌日、領主一行が領都へ戻るために、隊列をなして村を出ていった。


 来た時よりも連れている兵士の数が明らかに少なくなっていて、村人たちが訝しんでヒソヒソと噂する。


 猟師の家を襲ったのは盗賊を装った領主の息子と取り巻きの兵士たちではなかったのか、と。


 猟師夫婦に返り討ちに逢って何人も死んだから、兵士の数が減ったのではないかと、憶測に塗れた噂は燎原の火の如く広まっていく。


 結局、村から逃げるように去っていった領主一行が、領都にある自分の館に帰り着くことは無かった。

 途中の山道や森の中で、全ての者が弓矢で射殺された姿で発見されたのだ。


 大騒ぎになり、王都からも応援の騎士団が派遣され、犯人を捕まえようと躍起になった。

 さらに捕り物の最中に返り討ちになった騎士や兵士の数が50人を超えたところで、やっと犯人が捕まった。


 犯人は十歳の少年である弓手アーチャーであった。

 

 審判の場に引き出された弓手アーチャーは、両親を殺した領主の息子への敵討ちをしただけだ、と主張した。

 あとは身にかかる火の粉を払っただけ、と言い切る。


 裁判の結果、有罪となり死刑宣告を受け、皇城近くの牢獄に囚われていた弓手アーチャーに興味を持ったラファエル部長が接触し、スカウトしたのはそれから間もなくのことだった。


 公的には大量殺人犯として処刑されたものとして記録され、名前も何も全て抹消されてコードネーム「弓手アーチャー」となり、帝国諜報部に所属して生きることになったのだ。


 それからもう十年、暗部として弓手アーチャーが射殺してきた人数は、すでに1000人を超えていて、弓手アーチャー自身も既に数えるのを止めてしまった。



 急ぎ出頭せよとの命を受け、弓手アーチャーはいつものように帝国諜報部のヨルゲン課長のもとへ向かう。

 弓手アーチャーが帝国諜報部に出頭すると、秘書にラファエル部長の執務室に通されたので少し驚いた。めったにないことだ。


 執務室の中に入ると、執務机の奥にはラファエル部長が座り、机の前にあるソファーにヨルゲン課長が座っていた。

 ヨルゲン課長の向かいのソファーには誰も座っておらず、そのソファーの後ろには五人の男たちが整列して立っている。


弓手アーチャーよく来ましたね。ヨルゲン課長の向かいの席に座りなさい」


 口調だけは丁寧だが、ニコリともしていないラファエル部長の言葉に頷いて、弓手アーチャーは素直にソファーに座る。


「では私から任務の説明を始めよう」


 いつもながら銀髪をピタッと撫で付け、一部の隙も無い装いのヨルゲン部長が、弓手アーチャーと後ろに立つ男たちに任務の説明と指示を行う。


「今回の目的はザミエルの暗殺だ。生け捕り出来るものなら望ましいが、多分無理だろう。

 だから出来れば事故か、盗賊などに襲われたものとして処理できるように殺してくれればよい。もちろん目撃者は必要ないので、同行者であるエルフの女と近衛騎士も全て処分するように」

「了解した。場所や時間の指定はあるのか?」

「特には無いが、国境付近の森やミルガルズ山脈の麓辺りだと好都合だ。国境を越えてしまえば、なにかと後始末が面倒になるからな」

「ザミエルとかいうヤツは、あのジュウとやらの使い手なのだろう? 相手に不足はない。

 森だと俺の得意分野だが、エルフが居るのは厄介だな。先に殺るか・・・・・」

「そのへんはいつも通り任せるから、臨機応変に頼む。既にターゲットは馬車で出発済なので、装備などは森の手前で受け取れるように手配しておいた。君たちは目立たぬよう、裏道を徹夜で進んで奴らより先回りしてもらう。

 後ろの五人は君をサポートするために私が選んだ者達だ。上手くやってくれ」

「分かった。ではすぐにでも出発するとしよう」


 弓手アーチャーがソファーから立ち上がると、ラファエル部長が静かに声をかける。


弓手アーチャー、君の腕は私が一番よく知っている。絶対的に信頼していると言ってもいいでしょう。それでもあのザミエルは危険な男です。あの亡霊ファントムですらやられてしまいました。

 失敗は許されません。分かっていますね?」


 弓手アーチャーはラファエル部長を見遣ると、ニヤリと笑って言った。


「もちろん分かっていますとも。俺も亡霊ファントムを倒したジュウとかいうものには興味がある。しっかり亡霊ファントムの仇を取ってきますよ」


 そして弓手アーチャーはラファエル部長らに背を向けると、五人の男たちを引き連れて、執務室を出ていった。

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