第205話 幌馬車

 翌日の朝、朝食をとった石動一行は、くれぐれも注意するようにと重ねて言ってくるおかみさんたちに別れを告げて宿を出発した。

 

 小さな街を出ると、すぐに街道は森の中へと続いていく。

 馬車と騎馬の一行は、さすがにここまでは舗装されていない森の中の街道を、土煙を上げながらガラガラと車輪の音を響かせながら国境の森へと入っていった。


 朝の森の中の街道は、空気が澄んでいて気持ちが良い。

 森の中の樹々や下草はまだ夜露で湿っていて、朝早いせいか薄っすら靄すらかかっている。


 石動が思わず深呼吸をすると、肺の中がマイナスイオンで満たされたような気になった。


 隣を見ると、ロサもなんだか機嫌が良い。

 石動の視線に気がついたロサは、微笑みながら石動を見た。


「やっぱり森の中はいいわね。心が落ち着くわ。特に朝の森は好きなの。なんだか夜の間にいろんなものが洗い流されて、リフレッシュされているような気になるのよ」


「なんとなく分かるよ。まさに今のこの森がそんな感じだね」


 樹々を渡る風に騒めく葉擦れの音や、鳥のさえずりしか聞こえない森の中の街道を馬車はガラガラと音を立てて進む。


 森の入り口近くはまだ樹々もそれほど密集しておらず、木漏れ日の中を馬車は進んでいた。

 それが森の中心近くまで進んで来ると、鬱蒼と茂った大きな樹々に日光は遮られてしまい、街道と雖も昼なお薄暗い状態になってきている。

 時刻はまだ、そろそろ昼近くになるくらいのはずだ。


「本当に街道なのに人が通っていないな。おかみさんが言っていた狼の子育てのせいなんだろうか」


「まるで貸し切り状態ね。いくらなんでも、これはちょっと不自然だわ」


 石動の疑問に、ロサが眉を顰める。

 その時、辺りを見回していた御者台のヤコープス騎士が、声をあげる。


「前方に荷馬車発見!」


「止まれ!」


 フィリップ騎士の指示で、一行は馬車を中心にして街道上に止まる。

 石動も窓から顔を出して前方を見ると、50メートルほど先に街道から森の中に脱輪したように横倒しになった幌馬車があった。荷物と思われる木箱などが周りに散乱している。

 

「サンデル、偵察を頼む」


「了解しました」


 サンデル騎士は腰の長剣を抜くと、騎馬のまま馬車へと進む。

 すると、近づく馬のひづめの音に反応して、幌馬車の陰から姿を現したものたちがいた。


 それは数頭の狼の群れだった。

 四頭ほどの成獣に子狼が3~4頭いるようだ。

 食事中だったようで、歯を剝きだして威嚇する口元が赤く染まっている。


 ヤコープス騎士が御者台に置いた弓をとり、ヒョウッと群れの先頭にいたボス狼の足元へ矢を射る。

 矢を避けてバッと飛んで後ろに下がったボス狼は、矢を放った馬車と剣を持って近づくサンデル騎士を無表情に見比べる。

  それから興味を失ったように踵を返すと、群れと共に森の奥へ走り去っていった。


 狼が去っても、なお警戒しながら倒れた幌馬車に近づいたサンデル騎士は、馬を降りて周辺を探索し始めた。

 そして安全を確認したのち、剣先を上に向けて長剣をグルグルと廻して合図を送ってきた。


「よし、では行きましょう」


 フィリップ騎士の言葉に頷いて、ヤコープス騎士も馬車を発車させてあとに続く。



 遠くからで見ただけでは分からなかったが、思った以上に凄惨な現場だった。


 幌馬車の陰に三人の男性が倒れており、馬も一頭死んで横たわっていた。

 遺体は既に狼たちに腹などを食い破られていて、無惨な状態だ。


 幌馬車にはいくつも木箱が積んであったようで、横倒しになったはずみで散乱し、割れた木箱から売り物と思われる小麦や衣類などがはみ出していた。


「商人の一行かな・・・・・・。おかみさんの話では、商人は狼の子育て時期をずらして通るって話だったよね」

「こいつらがひょっとして怪しいとかいう六人組とやらでしょうか」


 ヤコープス騎士が昨晩のおかみさんが言っていた、怪しいグループを思い出したのか、疑問を口にする。


「でも死体は三人だしな。数が合わない。フードの男らしい遺体も無いよね」


 石動は遺体に近づいてしゃがみ込む。

 あちこちを狼に齧られていて、遺体の損傷は激しく人相もはっきりしない。


「これは酷い。やっぱり狼に襲われたのかな」

「いや・・・・・・ザミエル殿、これをみてください」


 馬の死体を検分していたサンデル騎士が、石動に馬の耳を指さす。

 言われてはじめて石動は、馬の死体が耳から血を流しているのに気がついた。

よく見ると耳のあたりに何かが刺さったような傷跡がある。


「・・・・・・これは何だろう?」

「こちらにもあります」


 サンデル騎士は商人の死体に近づくと、やはり耳を指さす。

 遺体の耳には、明らかに何かが刺さって、引き抜かれたような裂傷があった。

 その遺体の顔は驚いたような顔のままで固まっていて、今にも悲鳴を上げそうだ。


 検分するとすべての遺体が耳に何かを撃ち込まれて死亡したもの、と思われることが判明した。

 しゃがんでその傷を見ていたロサが、唇を噛み締め、眉間にしわを寄せているのに石動は気がついた。


「ロサ、何か気がついた?」


「これは矢よ」


「え?」


「この人たちも馬も、全て弓矢で射殺されているわ。たぶんまず走っている馬を射殺し、暴走して幌馬車が横倒しになった後で、商人たち全員の耳に矢を撃ち込んでいる。

 動いている頭に矢を当てるだけでも難しいのに、耳の穴だけを直接狙うなんて、こんな芸当はエルフでもなかなか出来はしないわね」


「何故耳に? あと矢はどうしたんだろう?」


「矢は後で遺体から回収したようね。強引に引き抜いた跡があるもの。矢傷は目立つから、耳に撃ち込めば他の箇所より判りにくいのよ。あとは狼が食い荒らしてくれれば、狼に襲われたのだと誰もが思うでしょうし・・・・・・」


「いったい誰が、何のためにこんなこと酷いことを・・・・・・?」


 そこまで言ったところで石動は、ふいに「気配察知」と「索敵」に反応があり、五人の人物が石動たちを包囲するように近づいて来たのを感知する。


「ロサ、お客さんだぞ。五人で包囲しようとしている。どうやら目当ては私たちらしい。

待ち伏せされていたようだ。ひょっとしたら、この人たちは私たちの足を止めるための罠として殺されたのかもしれないな」


「許せない・・・・・・こんな酷い事をした挙句、私たちが目的というなら、犯人たちの心当たりは一つしかないわね。ツトム、ここは森の中だし、私に任せてくれる?」


「分かった。私ではロサの動きについて行けないから、私は馬車の上から援護することにするよ。くれぐれも無理をしないようにだけ、気を付けて」


「ありがとう、無理はしない。じゃあ援護はお願いするわね」


 ロサはそう言うと立ち上がり、パッと木の枝に飛びつくと蹴上がりの要領で樹の上に登ると、樹々の中に姿を消す。


 たった今の動きでは、ロサは全く音をたてていなかった。


 こうしている間にもロサは樹々の間を移動しているのだろうけど、葉擦れの音すら感知できない。

 どんなマジックを使っているのか、石動には見当もつかなかった。


 森の中でエルフに勝てる者などいない。

 エルフの郷での経験で得た、そんな石動の確信を裏付ける、目の覚めるようなロサの挙動だった。


 石動は包囲しつつある男達に気取られぬようフィリップ騎士たちを集めると、状況を説明し、何も気がついていない振りをして辺りを捜索しているように頼む。

 三人とも頷くと、自分たちの馬車が通れるようにしようと、路上に散乱した木箱などを片付け始めた。

 

 石動も馬車に戻って一旦車内に入り、椅子の上に立って天井の屋根に通じる扉を開けると、馬車の上に出た。


 この馬車はマクシミリアンの特注品で、何者かに襲われた場合、石動が屋根に上がって対応できるよう、馬車内から屋根に登れるように改造してある。


 さらに屋根の上には折り畳み式の金属板を張った矢盾を備え付けてあるので、それを立てると矢盾の中から360度、周囲へ銃撃することが可能だ。


 屋根の上で矢盾を起こした石動はFG42を構え、膝撃ちの姿勢で矢盾に何箇所も設けてある銃眼から狙撃できるように準備する。


 さあ、飛んで火にいる夏の虫どもよ、掛かってきなさい。


 石動はそう心の中で呟き、森の中を移動する微かなロサの気配を探ると、援護するべくFG42の銃口を森の中に向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る