第204話 国境の森
「ザミエル殿・・・・・・今度はドラゴンでも倒しに行くつもりなのか? ただクレアシス王国に行ってくるだけなのに、ハリネズミのような物々しさだな」
見送りに来たマクシミリアンが石動の姿を見て、呆れたような表情で話しかけてきた。
「フフフ、このカッコよさが理解できないとは、第二皇子もまだまだだな。修行したまえ」
「それはどのような立場からの忠告なのだ? たまにザミエル殿の言葉は理解に苦しむ」
そう言いながら、マクシミリアンもさりげなく右腰辺りのベルトを擦る。
マクシミリアンの右腰には昨日、石動が渡した大型デリンジャーが、腰に巻いたベルトにホルスターごと装着されていた。
しかも、いつの間にかホルスターが、職人が作ったと思しき高級そうで優美なものに変わっていて、グリップも宝石のような物が埋め込まれた華美なものに付け替えられている。
それに気づいた石動が思わずニヤリとしてマクシミリアンを見ると、マクシミリアンも石動にニヤリとした笑みを返す。
「まあ、深い意味はないから、冗談だと思って聞き流してくれればいいよ。では、ちょっと行ってくるから」
「うむ、気を付けて行かれよ。1日でも早い帰りを待っているぞ」
石動が馬車に乗り込むと、アルベルティナ嬢へ挨拶を終えたロサも乗り込んでくる。
護衛の近衛騎士は、マクシミリアンの計らいで帝国に来た時と同じフィリップ達三人組だ。
「では、出発します」
騎馬で先導するフィリップ騎士のかけ声で馬車が動き出す。
サンデル騎士は騎馬で馬車の隣を並走し、馬車の御者台にはヤコープス騎士が乗っていた。
動き出した馬車の窓から手を振ると、マクシミリアンとアルベルティナ嬢が手を振り返してきた。
ガラガラと車輪が石畳の上を走る音を響かせながら、皇城の門をくぐっていく。
また長い、馬車での旅の始まりだ。
そう思ったら、ため息が出てしまう石動だった。
皇城内の帝国諜報部オフィス内にある執務室の中で、ラファエル部長は静かに書類に向かっていた。
執務室ではラファエル部長が紙をめくる音しかしない静寂のなかで、突然ドアをノックする音が響く。
「入れ」
「失礼します」
ドアを開け、部屋の中で一礼したのは、執務室付きの秘書だった。
「ヨルゲン課長が部長との面会を希望されて只今来られましたが、如何されますか」
「通してください」
再び一礼し部屋を出た秘書と入れ替わりに、ヨルゲン課長が部屋に入ってきた。
長身で銀髪をピタッと撫で付け眉目秀麗な貴族顔のヨルゲン課長は、入ってくるなり敬礼もそこそこに、ラファエル部長の執務机の前まで足早に歩み寄る。
「失礼します。部長、つい先程ザミエルが馬車で出立しました。行先はやはりクレアシス王国のようです」
「ふむ・・・・・・同行者は?」
「いつものエルフの女と、後は近衛騎士が三名です。如何されますか」
「そうだね・・・・・・
「畏まりました」
「フフフ、クレアシス王国までの道は長いし、山越えは険しいからね。何があっても不思議ではありません。ザミエル氏も覚悟していると良いのですが・・・・・・」
ラファエル部長は僅かに口角を上げて微笑んだが、すぐに真顔となる。
「・・・・・・下がってよろしい」
「ハッ!」
ヨルゲン課長は一礼すると、兵士の見本のような回れ右をして、執務室を出ていく。
あとは執務室を再び静寂が支配し、聞こえてくるのはラファエル部長が書類をめくる音だけだった。
石動たちの馬車の旅は順調だった。
一日かけて帝国の郊外に広がる穀倉地帯を走りぬけ、途中の村の宿屋で一泊した。
翌日も国境目指して走り続けた結果、夕刻にはようやく国境地帯に広がる森の手前にまで到着する。
この森を越えてミルガルズ山脈へ入り、ひと山越えてから谷沿いの街道に出れば、行きがけにワイバーン討伐した谷へと続く。
夜になって森に入るのは危険なので、今夜は国境近くの町に泊まることになる。
その宿屋のおかみさんは陽気で話好きだった。
石動たちのテーブルに夕食を運びながら、聞かれてもいないのにこの町の出来事を話して聞かせ、冗談を言ってはひとりで笑い声をあげる。
おかげで石動も顔を見たことも無いのに、靴屋のハンスが花屋のルーシーに恋をしたなれそめから、告白して振られてしまうまでの顛末に詳しくなってしまったほどだ。
「でも、この時期に森の中を通るってのは、あまりお勧めできないねぇ。今は狼たちの子育ての時期でね、親狼たちが群れで狩りをして、子供たちに手本を見せているのさ。だから、商人たちも自分たちが子狼の教材にならないよう、時期をずらして通るのが普通さね」
「へぇーそうなんだ。じゃあ、私達も教材にされないよう、気をつけないといけないね」
「アハハ! そうそう、ちゃんと気を付けておくれよ! そう言えば、昨日も馬車で来てた六人組にもそう言ったんだけど、無視されちゃってねぇ。感じ悪いったらありゃしない。
あんな陰気な連中には、狼も牙を引っかけないかもしれないけどね」
フィリップ騎士が眉をピクッとさせて反応を示す。
「・・・・・・奥さん、どんな連中だったのか、教えてくれますか?」
「そうだねぇ、皆揃って行商人のような恰好をしてたけど、あれはどう見ても堅気じゃないね。もしかしたら密輸とかやるような後ろ暗い連中だとしてもあたしゃ驚かないよ。
そうでなきゃ、兵隊崩れの傭兵か・・・・・・」
「兵隊崩れ? なんでそう思ったんですか?」
「何年、この商売をしてると思ってるのさ! あたしゃ今までいろんな人を見てきたからね、人を見る眼には自信があるんだよ」
そう言うと、おかみさんは不意にテーブルに身を乗り出し、フィリップ騎士の顔に寄せて小声で囁くように言う。
「あんただってお忍びなのかもしれないけど、騎士さまじゃないのかい?」
「! なんで分かった?!」
「フフフ、長年身体に沁みついているものってのは、そう簡単に隠せやしないのさ。あたしに言わせりゃ、顔に書いてあるようなもんさね」
アハハ! と陽気に笑い飛ばすおかみさん。
半面、フィリップ騎士はせっかく自慢のフルプレートではなく、冒険者が着るような皮鎧を着て変装しているのに、一発でおかみさんに見破られてしまい苦虫を嚙み潰したような表情だ。
「そう言えば、そいつらの中に一人だけフードをずっと被ってた変な奴がいたねえ。酒を飲む時もフードを脱がないんだよ。あれは間違いなくヤバいヤツだね」
「どうしてフードを脱がないとヤバいの?」
石動の質問におかみさんは、やれやれ、といった感じで肩を竦める。
「だってそいつはずっとフードを脱がないだけでなくて、食堂で食事をしているときでも背中にデカい弓を背負ってたんだよ。おかしいだろ? あたしゃ、料理を運ぶ時でも下手に弓に手が当たったりしたら、怒って急に矢を射かけられやしないか、ってビクビクしていたもんさ」
陽気なおかみさんが眉を顰めながら話す姿に、石動はそのフードの人物がなんとなく、心に少し引っ掛かる。
おかみさんが運んできた料理は森のキノコとイノブタの肉のシチューや、イノブタのバラ肉を塩とスパイスで焼いたものなどで、ボリュームがありどれも非常に美味しかった。
食べ終わる頃には料理への満足感が勝ってしまい、石動はフードの男のことなどすっかり忘れていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます