第202話 マクシミリアンの銃

 翌日の午後、マクシミリアンが離宮の作業部屋を訪れると、石動とロサ、そして作業部屋担当の侍女が中で待っていた。


 石動たちとは向かい側の椅子にマクシミリアンが座るタイミングで、侍女が微笑みながら淹れたての紅茶をスッと差し出す。

 石動やロサは既に侍女から紅茶を入れてもらっていたようで、もうカップの中の紅茶は半分以上飲んでしまっていた。


 それから侍女は石動へ頷くような仕草をした後に、おかわりする際の紅茶が入ったティーポットなどのセットをテーブルに一式置き、マクシミリアンに深く一礼すると部屋を出ていった。


「どうだ。ご要望に応じて、美味い紅茶を用意しておいたぞ」

「用意したのは侍女のジゼルだろ・・・・・・まぁいい。昨日の冷めた紅茶よりは何倍もありがたい」


 石動の得意そうな言葉に、マクシミリアンは零しながらもティーカップを口に運ぶと、満足そうに笑顔になる。


「さて、ザミエル殿。どうやら結論はでたようだね」」

「ああ。クレアシス王国に行くこと自体は引き受けるよ。ただし、昨日も言った通り、銃を帝国に売るように皆をまとめられるかどうかは約束できない。

もし、クレアシス王国やエルフの郷か、ノークトゥアム商会の誰かから反対意見が出たとしても、私自身、君のために帝国に売るよう無理押しするつもりもない。

それでもよければ行くことにしよう」

「うむ、分かった。充分だ。その条件を吾輩も呑むことにする。

いずれにせよ、貴殿がクレアシス王国に向かうということが重要なのだ。

おそらくそれだけでも兄上たちは何らかの動きを見せるだろうし、動きによっては隙や綻びが生じる可能性もある。なにより軍部へ工作する時間稼ぎになる可能性が高いのはありがたいからな。

 それで、いつ頃出立する予定なのだ? やはりロサ殿も共に行くのか?」

「準備にあと少しかかりそうだ。三日後ではどうだろう? もちろんロサも一緒に行くと言ってくれている」


 石動の言葉に、ロサが当然、といった表情で頷く。

 マクシミリアンはそれを見て苦笑した。


「まあ、そう言うだろうとは思っていたが・・・・・・。ロサ殿だけでも帝都に残ってくれたら、アルベルティナも安心」

「嫌よ。お断りするわ。私がザミエルの背中を守らなくて、誰が守るというの」


 マクシミリアンの言葉を遮るように、ロサが毅然として言い放つ。

 それにはマクシミリアンも、続ける言葉が無かった。


「分かったよ、降参だ。では、三日後に出立できるよう、吾輩からも手配しておこう。

 ここからクレアシス王国までは、どんなに急いでも馬車で4、5日は掛かるからな。

 必要なものはこちらで用意しておくから、遠慮なく言ってくれ」

「また馬車の旅か・・・・・・憂鬱になるな。またワイバーンでもいれば気が紛れるのだけど」

「ザミエル殿にかかるとワイバーンも暇つぶし相手か。何だかワイバーンが可哀そうになってきたな」


 しばらく石動とマクシミリアンは旅程の細かい打ち合わせをしていたが、マクシミリアンがふと、思いついたように石動に言う。


「そうだ! ザミエル殿がいない間、何事もないとは思うが、万が一の時のために吾輩にもひとつ銃を貰うことは叶うまいか? そうすれば、何かあっても安心なのだが」

「んー、そうだな・・・・・・」


 石動は迷った。

 頭の中でマクシミリアンに銃を渡した場合のメリットとデメリットなどを天秤にかけるが、結局マクシミリアンが殺されてしまったら、石動がこれまで戦ってきたことも無駄になる。

 とは言え、無煙火薬仕様の自動拳銃オートマチック回転式拳銃リボルバーは渡したくないし、ヤリ過ぎだと思う。渡すとしたら暴漢を撃退できるだけの威力はあるが、出来るだけ威力もほどほどなのが望ましい。


 悩んだあげく石動は銃を一丁、渡すのは仕方ない、と諦念する。

それでも、なんとなくマクシミリアンの策略ペースに乗ってしまったような、座り心地の悪さを感じてしまうのは気のせいだろうか、と石動は首をかしげてしまった。


「分かったよ。では、これを進呈しよう。コイツには見覚えがあるだろう? ディアトリマを倒した時の銃だ」


 石動がそう言って取り出したのは、エルフの郷を出立するときに造った大型デリンジャーと専用ホルスターだ。


 ホルスターから大型デリンジャーを取り出し、レバーを廻して薬室を開き、二発の45-90金属薬莢弾が入っているのをマクシミリアンに見せる。


 ごく初期に造った銃なので、弾薬は金属薬莢弾だが黒色火薬仕様だ。

 雷管も造った当時は火の魔石を加工して造っていたが、さすがに通常の雷管が出来てからは、そちらに切り替えてある。


 今では無煙火薬仕様の銃をメインに使うので出番も無く、改めて無煙火薬仕様へ更新する必要も感じていなかったので、いつの間にかマジックバッグの肥やしとなっていた銃だった。


「ライフルだと長いし、皇城内では持ち歩けないだろう? それに室内などの狭い場所で襲われたりする可能性を考えたら、この銃が丁度いいと思う。これならいつでも腰にぶら下げておけば良いし、いざという時にハンマーを起こして引き金を引くだけだ。

 二発撃てるから一発目を外しても、もう一発撃ち直すことも出来るしね。

 威力のほどは、ディアトリマを一発で倒せたのだから、すでに証明済みだと思うが」

「おおっ、そいつはありがたい! それで、これはどう扱えば良いかを教えてくれるか!」


 そのあとは早速、テンションの上がったマクシミリアンが作業部屋内の試射レーンに移動して、デリンジャーの操作と試射を行った。


 一発撃つごとにもうもうと白煙をあげる大型デリンジャーに、その度にマクシミリアンが歓声を上げて大騒ぎしたので、試射には時間がかかった。

 しかし20発も撃つ頃には、デリンジャーの強い反動で手が痛くなったマクシミリアンは、それ以上撃てなくなってギブアップする。


元々ライフル用の45-90金属薬莢弾を、大型化したとはいえデリンジャーという小さな握りグリップを持った拳銃で撃つのだから、反動が小さいわけがない。


 その様子を見ていた石動は、アメリカに研修に行った際に、ガンマニアのグリーンベレー隊員の家でS&W M360PDを打った時のことを思い出していた。


 S&W M360PDとは日本の警官用に輸入されているSAKURAサクラ M360Jと見た目がよく似たモデルだ。


 SAKURA M360Jはシリンダーがステンレス製で他はアルミ製の内側にステンレス鋼のライナーが入っている。

 それに対しS&W M360PDはフレームのほか、シリンダーを保持するヨークやバレル・シュラウドがスカンジウム添加のアルミニウム合金で、バレル・ライナーはステンレス鋼、シリンダーがチタン製になっており、超軽量モデルでありながら357マグナム弾の運用に対応しているのだ。


 スカンジウム合金フレームやチタン製シリンダーなどのせいで非常に軽量で、弾薬を詰めていない状態での重量は、僅か419グラムしかない。

 そんな軽い銃で357マグナムという強装弾を撃つのだから反動は凄まじく、ラバーグリップが衝撃を吸収してくれているにも関わらず、銃を撃つ手が痛くなったのを覚えている。


 あまり弾数を撃ちたい銃ではないが、いざという時に強力な弾が撃てて、確実に敵を倒す威力があるならそれに越したことは無い。

 護身用拳銃はそれでいい、と石動は思っている。

 

 初めて自分の銃を持って興奮したマクシミリアンが、デリンジャーとホルスターに加え予備弾薬の50発入りの箱を抱えて、ウキウキと帰っていったのはそれからかなり後のことだった。

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