第201話 マクシミリアンの相談

離宮の作業室に引き籠って銃器製造に励む石動を、マクシミリアンが尋ねてきたのは、それから三日ほど経った日のことだ。


それまでも皇城での攻防に進展があれば、一緒に打ち合わせをしたりはしていたのだが、マクシミリアンが石動の作業中にやってくるのは珍しかった。


亡霊ファントムとの闘いの後から、暗殺者スキルのレベルが上がったのか「気配察知」や「索敵」が無意識に働いて石動に囁くようになったので、マクシミリアンが作業部屋に近づいてくるのはすぐに察知できた。


石動は慌てて作業部屋の机の上を片付けてスペースをつくり、椅子を用意してマクシミリアンを待つ。


作業部屋のドアがノックも無しにガチャッと開けられ、マクシミリアンが入ってきた。


「ザミエル殿、ちょっといいか・・・・・・って、どうしたのだ?」

「オイオイ、最近の王族はドアをノックするという礼儀も教わらないのか? それとも王族だからそんなものは必要ないとでも思っているのかな」

「前に来た時、作業中だと音がうるさくて、ノックしても気がつかないから勝手に入ってくれと言っていたのはザミエル殿ではないか! 作業中らしき音が聞こえていたから、どうせ聞こえないだろうと思ったのだが、待ちかまえているとは・・・・・・」

「なんだか、この前から勘が鋭くなっちゃってね・・・・・・。まあ、どうぞこちらにお掛けくださいませ、第三皇子さま」


 石動がお道化たように礼をして椅子を指すと、マクシミリアンは苦笑いしながら、勧められた椅子に腰かける。


「で、どうしたんだ? 従者も連れずに。ここへ一人で来るなんて、珍しいじゃないか」


かなり前に侍女が入れたまま、置きっぱなしにしてあるティーポットの紅茶をカップに注ぎながら、石動はマクシミリアンに尋ねる。

自分のティーカップにも注いで一口飲んでみたが、紅茶はすっかり冷めきっていた。

そのせいか、渋みが出ているな、と石動は思ったが、気にしないことにする。

マクシミリアンは冷めた紅茶を一口飲んで顰め面をしながら、少し言い難そうに口を開く。


「じつは折り入ってザミエル殿にお願いがあってきたのだ」

「・・・・・・なんだか怖いな。前にクレアシス王国で同じこと言われたとき、その相談とやらを引き受けたばかりに帝国に来ることになったし。そのあげくの果てにはこの間、あやうく死ぬところだったしな・・・・・・。で、今度はなんだ?」

「そう言われると、よけいに話しにくいが・・・・・・。例によって内密ということで聞いてほしいのだ」


 マクシミリアンはスッと背筋を伸ばすと、石動の眼を覗き込むような仕草をした。


「どうやら、兄が兵を挙げようとしている、という確たる情報がある」

「・・・・・・」


 石動は黙ったままマクシミリアンの言葉を待つ。


「どうやら吾輩たちの亡霊ファントムを証拠にした暗部への攻撃が効いている様でね、追い詰めてるつもりはないが、なにやら動きが急になってきたのだ。

 最近、第一師団のアードリアン師団長とコルネリウス副官がベルンハルト兄者と会談を重ねているようなのだ。知っての通り、第一師団は帝都の守りの要で、一万人の兵を抱えておる。第一師団が敵に回ると、帝都にいること自体が危険になる可能性が出てくるのだ」

「・・・・・・こちらの味方はどうなっているんだ?」

「第二師団のディーデリック師団長は吾輩の幼馴染でな。副官のフレデリックも含め、吾輩側だと思ってくれていい。第三師団のマンフレット師団長はまだ態度を明確にはしておらん。

 今も第三師団はもちろん第一師団に対しても、吾輩側からのアプローチも行っておるところなのだ。各師団が旗色を明らかにするのにはもう少し時間がかかるだろう。

 そこでザミエル殿に頼みがある」

「なんだ?」

「吾輩に貴殿の力で銃を提供するよう働きかけてほしい。

 吾輩側につけば銃が使えるとなれば、形勢は一気に吾輩側に傾く。誰もデモンストレーションでのプレートメイルのようにはなりたくないだろうからな。

 無理は承知の上だが、なんとかお願いできないだろうか?!」

「前にも言ったと思うが、私一人では決められないんだよ。クレアシス王国やエルフの郷、ノークトゥアム商会にも話をしなければならない」

「それは分かっている。だから働きかけて欲しいと言ったのだ。

そして今のタイミングなら、ザミエル殿が仮にクレアシス王国に行っても大丈夫だと判断したのだ。まだ父上が健在で、各師団も態度を決めかねている今ならな。

 ただ、あまり時間に余裕はないのは確かだ。必要ならすぐにでも戻って決めてきてほしいくらいだが」

「つまり、私にクレアシス王国に行って、商談をまとめて来いということだな?」


 石動は苦笑いしながらも頭の中は高速回転させ、いろいろな可能性を探っていた。

 マクシミリアンは申し訳なさそうに大きな身体を縮めるようにして頷く。


「簡単に言えば、そのとおりだ。そして良い結果を期待している」


 石動は少し話を逸らす意図で、気にかかっていることを確認してみた。


「本当に私が帝都を離れても大丈夫なのか? つい先日もアルベルティナ嬢への襲撃があったばかりだと思ったが」

「ああ、あれはある騎士爵の先走りだったようだ。アルベルティナ嬢を拉致すれば、第二皇子にいい顔できて、私にも優位に立てると思ったらしい。

 兄上もそんなことで喜ぶような愚か者ではないのだがな。騎士爵が独りよがりで暴走して、傭兵を雇い襲撃したんだそうだ。ロサ殿に簡単に返り討ちにされたようだが」

「その馬鹿な騎士爵はどうなったんだ?」

「ロサ殿が最後に撃ち殺したのがその馬鹿だ。今の話は馬鹿の弟がすべて白状したものだよ」

「侵入経路が気になるが」

「離宮の庭師見習の男が手引きしたらしい。若妻を誘拐され、殺すと脅迫されたようだ。いやはや計画が粗いというか、何ともお粗末な話だよ」


 マクシミリアンは呆れてものが言えないと、肩を竦める。


「まあ、あの程度のものならウチの近衛騎士で充分、対応は可能だ。ロサ殿や貴殿のように手際よくとまではいかないだろうが・・・・・・」


 そう言うと、マクシミリアンは石動の眼をみて、黙り込む。

 石動は腕組みをして考え込んだ後に、顔を上げてマクシミリアンを見た


「そうか、分かった・・・・・・少し、考えさせてくれ」

「いいとも。だが、先程も言ったが、あまり余裕はない。明日にでも返事を聞かせて欲しいが、構わないか?」


 マクシミリアンはそう言いながら、懐から何やら石の付いたブレスレットのようなものを取り出した。

 それをテーブルの上に置くと、石動の方へ押しやる。


「なんだ、これは?」

「報酬の一部を前払いしておこうと思ってな。亡霊ファントムが風魔法を使っていたのはもちろん知っていると思うが、これがその手品の種らしいのだ」

「へぇー?」


 そら豆大の薄青色の石が嵌めてある台座に、細い鎖が三重になったベルトと留め具がついている。

 それが二つあった。


 石動が一つを手に取り、薄青色の石を見ると、頭の中に「風属性:魔石」という言葉が浮かんでくる。

 

「風属性の魔石を嵌め込んだブレスレット?」

「いや、足首に填めるものらしい。アンクレットといったか。どこかのダンジョンから出た魔道具らしいぞ。なにやら亡霊ファントムはそれを使って高速移動していたとのことだ」

「足首に填めるだけでいいのか?」

「いや、それがよく分からんのだ。ウチのフィリップ騎士に填めさせて試してみたが、ただ足首に填めただけではピクリとも動かなかった。だからといって、暗部に使い方を教えてくれと聞きに行く訳にもいかんしな。

 ひょっとしてザミエル殿ならば使えるのではないか、と思って持ってきたのだよ。

 覚えているだろう? ザミエル殿は風の魔石ならほら、例のデカい鳥のヤツを持っているではないか」


 一瞬、マクシミリアンが何を言っているのかと思った石動だったが、ハッと思い出す。


 ああ、ディアトリマの魔石のことか!


 石動はマクシミリアンの顔を見て、苦笑する。

 こいつも食えない奴だ。

 遠回しにあの時、私の命を助けたことを思い出させようとしているのか。

 ということは、まだ、借りは返しきれていないという意味かな・・・・・・?


「分かった。ありがたく頂いておくよ。でも、まだ引き受けた訳じゃないからな」

「もちろんだ。いい返事を期待している」


 マクシミリアンはニヤリと笑って、冷めた紅茶を飲み干し、マズそうに顰め面をする。

 

「侍女に紅茶を入れ直してもらったらどうだ? 冷めないうちに呑んだ方が良い」

「そうするよ」


 石動の返事にマクシミリアンは頷くと席を立ち、ドアを開けて去り際に振り返って石動に笑いかけた。


「ではまた。明日は美味い紅茶を用意しておいてくれ」

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