第194話 ブービートラップ

 発射された曳光弾は銃口から20~30メートル程飛んだ後に発光しはじめ、光の尾を長く引いて飛来した後、亡霊ファントムの足元に着弾した。

 もともと曳光弾とは夜間に発砲した際に、暗闇では確認しようのない弾道や着弾場所を確かめるために使用されるものだ。

 その際に発光することで発砲した射手の潜伏場所まで明らかになっては意味がないので、判別し辛くするために発射されてしばらく飛んでから曳光するように造られていることが多い。 

 石動が造った曳光弾は通常よりも燐を多めに使用しているので、着弾と共に派手な火花をあげ、弾痕がチョロチョロと青い炎を放つ。


 亡霊ファントムは仰天した。

 一瞬、何が自分の身に起こったのか分からず、固まってしまった程だ。

 石動が自分を追いかけて路地を進んでこないので、その姿を探していると突然銃撃を受けたのだから、理解できなかったのも仕方ないだろう。


 しかし、二発目の曳光弾が亡霊ファントムの頬を掠め、弾丸の衝撃波で頭がクラっとすると我に返り、素早く姿を消して移動した。

 頬を掠めた弾丸は、倉庫の屋根にあるレンガに当たって派手な火花を散らす。

「なんだなんだなんだ―?! なんなんだよーこれは?!」


 別の倉庫の屋根に移り、辺りを見回して石動の姿を探す。

 その時、鐘楼の天辺に火の玉がみえ、続いて発砲音が聞こえると、光の尾を引いた曳光弾が亡霊ファントムの右手を掠めて屋根に着弾する。

 亡霊ファントムの右手は8ミリモーゼル弾が至近距離を掠めたため、銃弾から生じた衝撃波で痺れてしまう。

 掠めて屋根に穴を開けた曳光弾は派手な火花と青白い炎を辺りに撒き散らした。


「あそこかっ!」


 再び、フッと姿を消して場所を移動した亡霊ファントムは、ギリっと歯ぎしりせんばかりに鐘楼を睨みつける。 

 その睨んだ先の鐘楼で、またもや火の玉が咲いたと思ったら、光の尾を引いた銃弾が亡霊ファントムに襲い掛かってきた。

 睨んでいたのが良かったのか、すぐ火の玉に気づいた瞬間に必死で移動したので、曳光弾は屋根に当たり火花を散らすだけで済んだ。

 しかし、その着弾した場所は、つい先ほど亡霊ファントムが鐘楼を睨んでいた場所だ。

 もし素早く移動しなかったら、銃弾は亡霊ファントムに命中していただろう。


「だんだん、狙いが正確になってきているような・・・・・・」


 亡霊ファントムは背筋に冷たいものが流れるのを感じ、次弾が飛来する前に屋根から下の路地に降りて、石動からは死角になって見えないはずの場所に移動した。

 路地を通って大通り手前の角まで進み、鐘楼が見えるかを確認しようとして、亡霊ファントムはそっと壁から鐘楼の方角を覗いてみる。

 それを待っていたかのように同時に火の玉が鐘楼で咲き、曳光弾が亡霊ファントムの顔があった位置の壁を削った。


「もしかしてあいつ、ボクがどこにいるか、見えているのか・・・・・・?」


 危うく顔を引っ込めることで、難を逃れることができた亡霊ファントムは、追い込まれたのを感じていた。

 初めて感じる感情だ。

 ボクはザミエルを恐れているのか?


 亡霊ファントムは頭を振って、そんな弱気な考えを振りほどく。


「クソッ! ボクを追いつめたと思っているなら大間違いだ! 反対に捻り潰してやる!」


 亡霊ファントムは自身のスピードには絶対の自信を持っていた。

 今まで誰も亡霊ファントムに反応できる者はいなかったし、本気を出せばザミエルだって追いつけないに決まっている。


 それにアイツがいる場所は分かっているのだ。

 そのうえ塔のテッペンなんて、下を取られたら、逃げ場すらない場所じゃないか。

 ボクが鐘楼に直接乗り込んで、ザミエルをアイツから奪った銃で撃ち殺し、思い知らせてやろう。


 亡霊ファントムはそう心に決めると、精一杯のスピードで路地から飛び出す。

 


 石動はモーゼルKar98kのボルトを引いて、発射済の薬莢を排夾した。

 排夾された真鍮製の空薬莢が鐘楼の石造りの壁に当たり、チリンッと音を立てて転がる。

 何度目かのクリップによる再装填を済ませ、ボルトを閉じて次弾を装填した石動は、静かに亡霊ファントムが高速移動した路地に照準を合わせる。


 何度も狙撃しているうちに、亡霊ファントムの高速移動のパターンが見えてきた。

 それは例えば、高速移動できる距離は50メートルくらいが限界のようだ、とか、続けて高速移動はできず何十秒間かのクールタイムが必要みたい、などと言ったものだ。


 それに石動が索敵スキルで感じられるシルエットと現実を重ね合わせて射撃するのに慣れてきたので、狙撃の精度も増してきている。

 石動としては最終的に亡霊ファントムがこの鐘楼にたどり着いてくれるよう、追い立てることが目的なので、それまでは弾が当たっても外れてもさほど気にしてはいない。


 結果として、亡霊ファントムは石動の狙い通り、この鐘楼に向かってきているようだ。

 さぞかし怒り狂っていることだろう。冷静さを欠いてくれるならありがたい。


 ではもう少し、追い立てて怒らせるようにしようか。

 

 石動は亡霊ファントムが飛び出そうとしている路地の角に狙いをつけ、索敵が脳裏に映し出す、飛び出そうとしているシルエットに向けて発砲した。

 

 

 亡霊ファントムは路地の壁にもたれ、肩で息をしていた。

 今までは誰も亡霊ファントムの動きを追うことも出来ずにその姿を見失い、相手が予想すらしていない場所から攻撃することで、仕事は短時間で決着するケースがほとんどだった。

 今夜ほど高速移動を多用した経験は過去には無く、またこれほど長時間動き回ったのも覚えがない。

 

 神経をすり減らしながら、何とか鐘楼近くの路地までたどり着いたが、後は遮蔽物が全くないランナバウトの広場を横切らなければならない。

 あと50メートルも無い距離だが、消耗した亡霊ファントムにとっては高速移動可能なギリギリの距離でもあり、なかなか大変な距離だ。


 しかし、怒りに燃えた亡霊ファントムは鐘楼の天辺を睨みながら、美しく整った顔を歪め凄惨な笑みを洩らす。


「もうすぐだ・・・・・・。待ってろよーザミエル、いま殺してやるからなー」


 そう呟いた亡霊ファントムが鐘楼に向かって飛び出したのと、鐘楼の天辺で火の玉が咲き、銃声が轟いたのが同時だった。


 亡霊ファントムは左肩に灼熱した棒手裏剣を捻じ込まれたような痛みと、巨大なハンマーで殴られたようなショックを感じ、身体がくるっと一回転する。

 思わず気が遠くなり倒れそうになったが、ギリっと奥歯を噛み締めると姿を消し、高速移動に踏み切った。


 そして何とか鐘楼の下まで辿り着いた亡霊ファントムは、一階の石壁にドンッと身体を預け、恐る恐る左肩の傷を確かめる。

 8ミリモーゼル曳光弾が貫通した銃創は、射入口である肩前面の傷こそ穴が開いただけだったが、背中側の射出口は銃弾が肩甲骨を砕き肉を削いで、直径5センチほどのすり鉢状の穴が開いていた。

 しかも曳光弾なので、燐が傷口を焼き、少し焦げている有り様だ。それにより出血も多少抑えられているようだが、それでも流れ出る血は止まらない。

 左肩はズキンズキンと熱を持ち脈打つようで、痺れたような痛みで全く動かせない。

 痛みに耐えかねて座り込んでしまえば、もう二度と立ち上がれなくなりそうだった。


 亡霊ファントムは石動に対する怒りを燃料にして最後の力を振り絞り、鐘楼の入り口のドアを蹴り開ける。


 すると、ドアを開けた勢いによりチンッという音がして何かの破片が飛び、金属製の丸い球のようなものがゴンッと床に落ちると、ゴロゴロと音を立てて床の中央へと転がった。

 亡霊ファントムは傷の痛みで朦朧としながら暗い塔の中へ目を凝らすと、ドアが当たって何か落ちたのだろうと特に気にすることも無く、鐘楼の中に足を踏み入れる。


 その時、床に転がったMk2破片手榴弾が爆発した。

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