第193話 鐘楼からの狙撃

 これまでの攻撃パターンからみて亡霊ファントムが得意としているのは、風魔法を使って目で追えないほどの高速移動を繰り返し、神出鬼没な攻撃で相手を翻弄するものだろうと推測出来る。

 いるはずもないところに突然現れて攻撃することから「亡霊ファントム」という二つ名が付いたのではないだろうか。

 今もこうしている間に、石動の背後に忍び寄っているかもしれない。


 ただし、それは石動のスキルを搔い潜ることが出来れば、の話だが。

 石動の狩人スキルによる「索敵」はわりと正確に亡霊ファントムの所在を掴んでいる。

 神出鬼没な攻撃をしたい亡霊ファントムにとって、最も相性が悪いスキルと言えるかもしれない。


 石動が追跡を思いとどまったのは、このあたりの倉庫は古い造りのものが多いせいか、妙に立て込んでいて路地の道幅も細く迷路のようだったからだ。

 これ以上亡霊ファントムを追って路地の奥に入って行き、迷路のような路地の奥で戦うのは、相手のホームグラウンドでアウェイな戦いを強いられることを意味する。

 何とかして、スナイパーである石動のフィールドに、亡霊ファントムを引っ張り込まなければ・・・・・・。


 石動は路地の奥へ進むのをやめると、踵を返して大通りまで大急ぎで走って戻り、辺りを見回した。

 すると、月明かりに照らされ、通りの先に鐘楼が建っているのに気付く。

 距離はざっと200メートルほど先か。


 石動はPPSh41サブマシンガンを構え直し、油断なく気配を探りながら、鐘楼を目指して走り出す。

 

 鐘楼近くまで走ってきてみれば、そこは丸く切り取られたような広場だった。

 四つの方向から伸びてきた大通りがここで交わって、ランナバウトになっている。

 ランナバウトからいくつも放射線状に路地が伸びており、その広場の中心に鐘楼は建っていた。


 近寄ってみると鐘楼は直径10メートル程で、一階部分は石造りであり、そこから上は漆喰で塗られた円柱状になっていた。前世界の灯台を連想させられる外観だ。

 灯台ならばライトがあるはずの場所に鐘が設えてあり、高さは四階建ての建物ほどある。これならば周りの倉庫のほとんどが二階か三階建であることから、上から見た見晴らしは良いはずだ。


 鐘楼のドアには南京錠が掛かっていたので、PPSh41サブマシンガンの銃床を数回叩きつけて鍵ごと壊す。

 ドアを開けると、埃臭い匂いがモァッと押し寄せてきた。鐘楼の中に人はいないようだ。

 

 石動は鐘楼の中に入る前に、PPSh41サブマシンガンのドラムマガジンを外してみる。その重さから判断して、残弾数は1/3余りだろうか。

 そのまま外したドラムマガジンをマジックバッグに仕舞うと、新たにフル装填されたドラムマガジンを取り出して銃に装着した。


 それから鐘楼のなかに入ると、一階から慎重に中を探索する。

一階には机と椅子が置かれ、誰かが使ったマグカップが一つ、テーブルに置かれたままだ。奥に上へ登る梯子が掛かっていて、二階から上はそれぞれの階が物置のようになっていた。

 真ん中が吹き抜けになっていて、上から太いロープが垂れ下がっている。

 恐らくこれが鐘につながっていて、ロープを引っ張れば鐘が鳴る仕組みなのだろう。

 

 石動は梯子を上る前に思いついて、Mk2破片手榴弾を取り出すと、入り口のドアにちょっとしたトラップを仕掛けておくことにする。


 それが済むと石動は梯子にむかい、鐘が吊るされている最上階まで登る。

 最上階は、階段と真ん中の鐘につながったロープを垂らしている場所以外には板張りの床があり、四方を見渡せるような造りになっていた。


 その見晴らしに満足した石動は、首から掛けたPPSh41サブマシンガンを外すと、床に置く。

 そしてマジックバッグからモーゼルKar98kライフルを取り出した。

 使用する弾薬は曳光弾を選び、クリップに五発づつまとめられ先端を赤く塗った8mmモーゼル弾をクリップごと数個取り出す。


 石動はモーゼルのボルトを引いて弾倉を開き、クリップをスリットに差し入れると、一気に五発の8mmモーゼル曳光弾を装填した。

 クリップを外してポケットにしまうと、ボルトを閉じて、初弾を薬室に送り込む。

スリングを調節して、膝撃ちの姿勢に合うようにすると、鐘楼から倉庫街に銃口を向けた。


 夜空に浮かぶ満月が煌々と倉庫街を照らしている。

 夜目も遠目も効く石動にとって、射撃に全く問題ないコンディションだ。


 石動はマジックバッグから、前世界で狩猟時に使用していたリュックを取り出す。

 リュックのサイドポケットから、ケースに入ったESSクロスボウ3LS防弾サングラスを取り出した。


 ESSとは、アイウェアで有名なオークリーのミリタリー部門であり、その中でもクロスボウサングラスは最先端の技術をつぎ込んだ同社のフラッグシップモデルだ。


 過酷な戦場で使用されることを想定し、レンズはショットガンで撃たれても貫通しない硬度を誇り、傷がつかず曇りにくい特殊加工が施されている。

 アメリカ陸軍のミルスペックをクリアしていて、アメリカ軍海兵隊員をはじめ、現役兵士たちが多数使用しているのが優秀である何よりの証拠だろう。


 またこのサングラスが優れている点が、ワンタッチでレンズ交換が出来ることだ。

昼間はスモーク、夜はイエロー、眼の保護だけならクリアレンズといった具合に簡単にレンズの交換が可能だ。


 いま、石動はレンズをイエローに交換すると、クロスボウサングラスをかけた。


 夜間にライフルを射撃すると、明るい昼間にはほとんど分からないが、銃口から発射炎が大きく迸るのが分かる。

 人間の網膜は暗闇で強い光を見ると、その光の残像が網膜に焼き付いて、眼が再び暗さに慣れるまでしばらく時間がかかるものだ。

 闇の中で活動する特殊部隊が、銃器にサイレンサーを装着するのは発射音を抑える目的だけでなく、銃口からの発射炎を自分でも敵からも見えなくする意味が大きい。

 現状、モーゼルKar98kにはサイレンサーは着けていないので、石動がイエローのサングラスをかけたのは眼を保護するためである。


 いまから石動は、上手くいくかどうか分からないが、索敵スキルだよりの射撃を実行してみるつもりだ。

 索敵スキルを使って怪しいと感じたところに曳光弾を撃ち込むことで、精密な狙撃は望めなくとも、亡霊(ファントム)を追い込むことは出来るのではないかと期待している。

 ただ初めての経験だ。果たして上手くいくかどうか・・・・・・。


 石動は精神を集中し、モーゼルKar98kライフルの銃口を倉庫街に向けると、先程亡霊(ファントム)を見失った倉庫辺りから索敵を行う。

 すると、程なくして石動の脳裏にある倉庫の屋根で動く人影が浮かび上がった。


 その人影へライフルの狙いを合わせると、脳裏の人影と、サングラスを通してみた月明かりに照らされた黒い影が重なった。

 脳裏に映る人影は、まるで赤外線カメラで見たような明るいシルエットで感じられる。

 石動はそのシルエットに向けて照準を合わせると、引き金を静かに落とす。


 発砲音と共に大きな火の玉のような発射炎が銃口から迸り出た。

 石動はサングラスのおかげで残像の影響もほとんど受けないまま、冷静にボルトを操作して排夾し、次弾を装填する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る