第192話 月夜の市街戦

 亡霊ファントムの台詞を聞いた石動は、フーッと大きく息を吐いて、自分を落ち着かせる。


 「追いかけてきなよ」、だって?

 

 そんなに遊んでほしいのなら遊んであげよう。まあ、子供(?)の言うことだしね。

帝国諜報部暗部名前持ちネームドのお手並み拝見といこうか。


 もはやここまで来たら、もう罠がどうとか囮がどうとか、配慮する必要はない。

 亡霊ファントムを捕まえるか倒すかして、身柄を確保すればこちらの勝ちだ。

 そう思った石動は、自分のスキル全開で戦うことに決め、夜空を見上げて独り言ちる。


 今夜は満月だ。

 帝都には街灯などないが、月明かりで良く見える。

 月夜に亡霊狩りというのも、なかなかオツじゃないか。


 しかしそのためにはまず、亡霊ファントムがどのような手段を使って姿を消すような挙動をしているのか、具体的なその手段の見極めが肝心だ。


 石動はまず頭の中で狩人・暗殺者の両スキルに意識を集中することで、本格的に起動させてみる。

 これまではなんとなく無意識で発動しているかも、という程度の認識だった。

 今夜は既にレベルが上がっているこれらのスキルを使い、どこまで何ができるのかの確認もしながら検証してみるつもりだ。

 何故ならそうでもしないと、亡霊ファントムの人間離れした挙動には対抗できないだろうと思ったからだ。


 銃を構えながら倉庫街の石畳を進む石動は、得物を追う狩人スキルの気配察知能力がなんとなくこちらだと教えてくれる方向へそのまま足を向ける。

 アジトから2つほど離れたブロックまで来たところで、スキルが何かを囁くのを感じた。

 怪しいと感じた路地の手前でしゃがみ込む。

 PPSh41サブマシンガンを路地に向けて構えながら、一瞬だけ頭を振るようにして路地奥を覗き込み、直ぐに頭を引っ込める。

 

 一瞬前に石動の頭があった場所を棒手裏剣がシュッという風切り音を立てて通過した。

 すぐに立ち上がった石動は、PPSh41サブマシンガンを構えて建物の角を遮蔽に使い、路地奥に立っている亡霊ファントムに銃口を向ける。


 石動の姿を認めた亡霊ファントムは、口角を上げて嗤い、またもユラッと姿が消えたと思ったら、いつの間にか石動の近くに迫ろうとしていた。


 その動きを見て、石動は冷静に亡霊ファントムに銃口を向け、PPSh41サブマシンガンでフルオート連射の火蓋を切る。


 亡霊ファントムがフッと姿を消したのとほぼ同時に発砲したので、目標から外れた7.63x25mmマウザー弾が路地の煉瓦壁を削り、穴を開け、破片が飛び散ってもうもうと土埃をあげた。


 銃撃を受ける側の亡霊ファントムは、ギョッとして高速移動のスピードを上げる。


「ちょっと待って! 銃って一発づつしか撃てないんじゃないのー?! こんなの聞いてないよー!!」


 自分目掛けて銃弾の雨が降り注ぎ、もうもうと土煙があがる中で、亡霊ファントムは思わず叫び声を上げる。


 石動の射撃は正確かつ無慈悲であり、亡霊ファントムがつい先ほどまで居た場所に何発もの銃弾が飛来して建物の煉瓦壁を穿ち、破片と土煙を上げていくつもの穴を開けていく。


 亡霊ファントムはその光景を目にしてゾッとする。如何に素早く動こうとも、これ以上石動に接近すればあの壁と同じ運命になるのはあきらかだ。


「ちぇっ、今まで殺ってきた奴らのようにはいかないか・・・・・・」


 正面からの奇襲は通用しないと判断した亡霊ファントムは、チッと舌打ちしてそれ以上の接近を諦める。

 その右手には、いつの間にかハンマーが起こされたSAAがあった。


 亡霊ファントムは路地から離脱し、壁面を器用に走って建物の屋上へと逃げながら、最後に振り返りざまにSAAの銃口を石動に向ける。

 石動が発砲するため乗り出していた身体を引っ込め建物の壁に隠れると同時に、SAAが轟音と共に発砲され、45口径の巨弾が壁を抉った。


「うーん、さすがにびっくりしたよー、ザミエルさん。こんなに近寄れないなんてさー、初めてかも。でも次は当てちゃおうかなー、キャハハッ!」

 

 建物の屋上から石動を見下ろしていた亡霊ファントムが笑い声をあげながら、フッと姿を消す。


「次、姿を見せたらハチの巣にしてやるからな! それとSAA返せ!」


 悪態をつきながら石動は、さきほどの亡霊ファントムの挙動を観察していて、前に似たような動きをした生き物がいたのを思い出していた。


 緑の盆地で遭遇した巨鳥ディアトリマだ。


 あの時もディアトリマを狙ってシャープスライフルを発砲したのに、あの巨大な図体が消えるような挙動をして、銃弾を躱されたのを覚えている。

 そして気がつくとあの巨大な図体がすぐ目の前まで来ており、鉤爪で攻めたてられたうえに、あげくの果てには身体を押さえ込まれてしまった。

 あの時、マクシミリアンの加勢が無ければ死んでいたかもしれない。

 石動にとって九死に一生を得た、苦い思い出だ。

 それだけにインパクトが強く、忘れられないでいたのだ。


 のちにディアトリマが持つ魔石の属性から、あの消えるような動きは風魔法によって自身の身体スピードを加速したものだと判明した。

 ということは、亡霊ファントムもなんらかの方法で、ディアトリマと同じように風魔法による素早さを手に入れていると思って間違いないだろう。


 それは亡霊ファントムの天性の能力なのか?

 それとも特別なスキルによるものか?

 または風の魔石を使用した、なんらかの魔道具を使用している可能性もある。 


 いずれにせよ石動としては、ディアトリマの時の二の舞を踏むつもりは全くない。

 あのような素早い敵を相手にするときには、ディアトリマの時のような単発銃であるシャープスライフルなどでは分が悪すぎる。


 7.63x25mmマウザー弾という小口径高速弾を毎分800発余の発射速度で連射でき、分厚い弾幕を張ることが出来るPPSh41サブマシンガンは、そんな相手には最も効果的だろう。

 ディアトリマに対してだとサブマシンガンではあきらかに威力不足だが、対人間であればその威力は充分すぎるほどだ。

 それに加え、71発と装弾数の多いドラムマガジンは非常に心強い。


 石動はPPSh41サブマシンガンをいつでも発砲できるように構えながら、亡霊ファントムが姿を消した路地の奥へと、駆け足で進む。

 その間も狩人スキルや暗殺者スキルの気配察知を使って、警戒と索敵を行うのを忘れない。


 路地を抜けて、倉庫街の大通りに出た。

 月明かりに照らされた石畳と煉瓦造りの倉庫街が、ひと気も無く静かに眠っている。

 石動は遮蔽物がない通りを足早に横切ると、また建物の間のある狭い路地へ向かう。


 またスキルが、近くに亡霊ファントムがいると石動に囁く。

 慎重に路地を覗いていた石動は、なにやらゾクッと背筋を走るような予感を感じ、反射的に右に横っ飛びで転がった。

 その石動の傍を、数本の棒手裏剣が掠め、先程まで石動がいた場所の石畳を削って火花を散らす。


 ゴロゴロ転がった石動は素早く受け身を取って起き上がると、しゃがんだ姿勢のまま銃口を倉庫の屋根に向け、屋根の上に見える人影に向けてフルオート連射した。

 板張りの屋根が銃弾を受け、バラバラと派手な音と土煙をたてて破壊される。

 亡霊ファントムの笑い声が響いた。


「アーハハハッ! なかなか近寄れないなー! コワい怖い」


 亡霊ファントムは笑いながら、倉庫街の屋根の上を飛ぶように駆けていく。

 石動はすぐさま立ち上がると、そのあとを追おうとして、思いとどまった。

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