第189話 反撃

 万一危険なことがあっても、その用心のために造ったリストバンド型マジックバッグがあれば心強い。

 留め金も内臓式なので、一見では外すことができないように工夫してあるし、素材が亜竜の革なので、並の刃物では切り落とそうにも傷をつけることすら出来ない。

 だからリストバンドを他人が外すことは困難だし、まさかこの中に銃が隠されているとは誰も思わないだろう。

 最悪、どんな状況になってもこれさえあれば、罠を食い破ることができるという自信があればこそ、敵の懐に飛び込む覚悟が出来たとも言える。


 それでも石動やマクシミリアンは、暗部が皇城の足元で拉致監禁という手段に出るとまでは想定していなかった。

 せいぜい宿屋の時より小規模な戦闘になるくらいで、その際に誰か犯人の身柄を確保できれば、と思っていたのが失敗だった。

 明らかに帝国諜報部暗部の方が、一枚上手だったということだろう。


 思い起こせば、宿屋での襲撃でも、容赦なくマクシミリアンの命を狙ってきた相手だ。

 そんな相手が、石動の命を奪うのに躊躇するはずが無い。

 いきなり殺されず、拉致されたのは石動の持つ銃の情報が欲しいから、というだけの理由に違いない。

 必要な情報さえ得られれば、暗部が石動を殺すのに躊躇いは無いはずだ。

 そこまですると予測していなかったのは、如何に石動たちの考えが甘かったかということだ。


 石動が甘いと見透かされたから、少女を使って罠を仕掛けられた。

 薬品を使用してまでの拉致とは、石動も初めての経験なので動揺したし驚いた。

 しかも結局、助けたはずの少女は少女でも子供でもなく、暗部工作員だったわけで・・・・・・。 


 それでも石動に、子供を助けようとして罠に嵌ったことについて後悔はない。

 甘すぎると言われればその通りだが、石動は子供に助けを求められて、無視するような人間にはなりたくないという思いがある。

 自衛隊時代から災害の現場などで、手遅れで助けられなかった子供たちの遺体を収容する時の何とも言えない気持ちは、もう味わいたくなかった。

 アフガニスタンで少女を助けようとして、その少女に命を奪われた、尊敬する成宮曹長・・・・・・。


 殺されたわけではありませんが、自分も助けた少女に囚われてしまいました、と石動は心の中で苦笑いしながら、亡き成宮曹長に報告する。

 これからは私も、助ける前にもう少し気を付けるようにします、と付け加えるのも忘れなかったが。


さて、では、これからどうするか。


 石動は考える。

 亡霊ファントムはこれから、帝国諜報部のボスがここに来る、と言っていた。

 そのボスの顔を拝んでみたいのは山々だが、拝んでからだと今後の展開次第ではメインのマジックバッグを取り上げられてしまう可能性もあり、そうなるとたとえ切り札があっても取り返すのには苦労しそうだ。


 リュック型マジックバッグには、ライフルやショットガン、マシンガンだけでなく手榴弾や亜竜などの素材まで入っている。

 暗部が油断しているのか、石動の目の前の机に装備と一緒に積んであるうちに、取り返しておくのが賢明だろう。

 銃を入れたホルスターごと、ベルトを亡霊ファントムに持っていかれたのは残念だったが・・・・・・。

 今からでも素早く動けば亡霊ファントムから拳銃を取り返し、上手くすればボスとやらの身柄が確保できるかもしれない。


 今回はここまでだな。

 でもこのまま、やられっぱなしでは悔しいので、脱出するついでに目にもの見せてやろう。


 そう心の中で呟いた石動は、縛られた右手でも届く、左手首のリストバンド型マジックバッグからナイフを取り出した。


 見張りの部員に気づかれないよう、細心の注意を払いながら右手でナイフの刃を起こすと、手を縛っているロープの切断にかかる。

 ナイフの刃が滑るようにロープに食い込み、波刃であっさりとロープが切断できた。

 切断したロープが床に落ちないよう、左手でしっかり掴んでおく。


 ナイフは刃を起こしたままロープを掴んでいる左手に持ち替え、リストバンド型マジックバッグから、右手でC96ボロモデルを取り出した。


 もう、甘い考えは捨ててなければ。

 これからは、お互い殺るか殺られるかだ。

 期せずして、敵のアジトに潜り込むことができたのを、逆に幸運と思うことにしよう。


 今、この機会に石動に出来ることは、この拠点を潰し、出来るだけ相手の戦力を削ることだ。

 そして亡霊ファントムやそのボスとやらも捕まえて、暗部の関与が証明できれば最高だ。


 石動はアフガニスタンで逢った、デルタチーム隊員の口癖を真似して、決意も新たに心の中で叫ぶ。


Rock‘n rollさあ、始めようか


 左手に持ったロープを放すと、バサッと音を立てて床に落ちる。

 見張りの部員がハッとして異変に気付き、石動に駆け寄りながら、腰の片手剣を抜こうと柄に手を掛けた。

 石動は左手のナイフを口で咥えると、素早くボロモデルのボルトを左手で引いて初弾を薬室に装填する。

 そのまま右手に構えたボロモデルで相手を指さすようにして狙い、部員の胸に2発撃ち込んだ。


「ババンッ!」という小口径高速弾特有の鋭い発砲音が室内に響き、駆け寄ろうとした部員は前のめりにうつ伏せで床に倒れ込む。


 石動は急いで左手で口に咥えたナイフを取ると、椅子に縛りつけられた両足のロープを切った。右手はボロモデルで、床に倒れた部員に狙いをつけたままだ。


 自由になった石動は、ボロモデルで狙いながら倒れた部員に近づき、足で仰向けに身体をひっくり返してみると、2発のうち1発は心臓に当たったようで既に事切れていた。

 床に血だまりが広がっていく。


 それを確認した石動は、長机に戻り、装備の回収に取り掛かった。

 防刃効果のあるキングサラマンダーの革で出来たフード付きマントだけを、後で着込むことにして残しておく。これを着ていれば、剣や矢が当たれば痛みは感じても、マントを貫通することは無いだろう。

 それ以外の皮鎧などは、今は着ている暇がないので、全てマジックバッグに放り込んでおく。

 ボロモデルは安全装置を掛けると、右腰辺りのズボンのベルトに差し込んだ。


 装備の回収が終わったら、続いてマジックバッグからPPSh41サブマシンガンを取り出した。既に71連ドラムマガジンは装着済みだ。

 Mk2破片手榴弾も2つほど取り出して、ポケットに入れておく。

 それからマジックバッグを背負うと、フード付きマントを身に着けた。


 PPSh41サブマシンガンのチャージングハンドルを一杯に引くと、ジャカッと音を立てて遊底がホールドオープン状態で止まる。

 排莢口から、金色の真鍮製薬莢カートリッジがドラムマガジンから顔を覗かせ、発射されるのを待っているのが見えた。

 これで後はトリガーを引くだけで、フルオートでの射撃が可能な状態となった。


 先程、ボロモデルを撃った音を聞いて、誰か部屋に飛び込んでくるかと思ったが、未だ誰も来ない。

 石動は慎重にPPSh41サブマシンガンを構えながらドアを開け、廊下の様子を窺う。

 廊下に誰もいないことを確認した石動は、部屋を出る前にマジックバッグからM27手榴弾もどきの火薬量を増やした攻撃型手榴弾を一つ取り出した。


 これには赤いテープが貼られていて、中にゲル状になったサラマンダーの火の魔石がTNT火薬の周りに詰められていることを示している。

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