第179話 Mk2手榴弾
宿屋を脱出したマクシミリアン一行は、追撃を警戒しながら一気に馬を駆け、やっとの想いでブルクハウゼン侯爵領に入り一息ついた。
侯爵邸に着くなりブルクハウゼン侯爵と面談し状況説明したマクシミリアンは、負傷者の手当てや死亡した三人の近衛騎士の遺体を整えたりしたのち、一晩泊まって休んだら領地視察の予定を変更して帝都に引き返したいと言い出した。
しかし、これにはブルクハウゼン侯爵の強硬な反対に遭う。
襲撃者の正体は第二皇子の意を汲んだ、暗部の仕業だろうということは侯爵もわかっている。そのため、敵が直接的な行動を起こしてきた今、拙速に皇城に帰るのは危険ではないか、というのが理由だ。
そのうえで、ブルクハウゼン侯爵領にいれば侯爵が率いる侯爵領軍によって保護することができるから、しばらく滞在してはどうかというのが侯爵の提案だった。
確かに近衛騎士が三人も欠け、戦力的にも低下しており、帰路にまた襲撃を受ければ危険なのは明らかだ。
だが宿屋でマクシミリアンが何者かの襲撃を受けたという噂は、然程時間を置かずに貴族たちの間で広く知られるようになるだろう。
そのような状況のなかで、もしマクシミリアンがブルクハウゼン侯爵領に引きこもっていれば、他の貴族たちは第三皇子を臆病者とみなし、帝国の主としてふさわしくないという烙印を押すのは間違いなかった。
マクシミリアンとしては、そのような事態は受け入れることはできない。
協議の結果、帝都に戻る際に死亡した近衛騎士の遺体を運ぶという名目で、馬車三台と侯爵領の騎士50人が護衛として同行することで侯爵とマクシミリアンは合意に達する。
マクシミリアンが乗ってきた馬車から皇家の紋章が外され、追加の馬車三台も同じ外観に作り替えることで、どれにマクシミリアンが乗っているか分からないように改装することも決定した。
そのため、どんなに大急ぎでやっても馬車の改装などの準備に最低三日はかかることになり、その間、
侯爵邸の豪華な客間に通された石動とロサは、三日間を休養と割り切り、のんびり過ごすことに決める。
その晩、侯爵邸での夕食の場に向かう二人を、呼び止めた人物がいた。
ブルクハウゼン侯爵家の令嬢であり、マクシミリアンの婚約者でもあるアルベルティナ嬢だった。
「ザミエル殿、ロサ嬢、突然呼び止めてしまい、不躾をどうかお許しください。どうしてもお礼を申し上げたくて呼び止めてしまいました。私たちを守っていただき、ありがとうございました」
アルベルティナ嬢と付き従う侍女が揃って頭を下げる。
石動は軽く狼狽しながら慌てて礼を返す。
「どうか頭をお上げください。侯爵令嬢ともあろうお方が頭を下げられるなど、とんでもない。私どものような身分の無い者に、そのようなことをされる必要はございません」
「いえ、昨夜の出来事はたいへん恐ろしいものでした。無事に殿下と共に脱出できたのは、ザミエル殿たちのお力があればこそだと私は思います。感謝の気持ちを伝えなければ、私の気持ちがおさまりませんわ」
アルベルティナ嬢が後ろを振り返り、侍女に頷くと、侍女が布に包まれた短剣を差し出した。
両刃の短剣だが鞘や握りに彫金が施され、豪華だが上品な仕上がりとなっている。柄頭には丸くコイン状にブルクハウゼン侯爵家の獅子の紋章が彫られていた。
「これは私からのささやかな感謝の気持ちです。なにかあればこの短剣をお示しいただければブルクハウゼン侯爵家があなた方の後ろ盾になるという証明になります。父の了解もとってありますので、どうか遠慮なくお納めください」
「身に余る光栄です。恐縮ですが、折角の御厚意、ありがたく頂戴いたします」
石動は侍女から押し頂くように短剣を受け取る。
短剣はズシッと重く、握りや鞘に純金がかなり使われているのかな、と石動は思った。売れば相当な値が付くシロモノなのだろう。もちろん売らないが。
アルベルティナ嬢は用事を済ますと、優雅に侍女を伴い、歩み去った。
その後ろ姿を見ながら、ロサが呟く。
「あのお嬢様、なかなかたいしたものだったわ。ちょっと顔色は蒼ざめていたけど、あの火事や襲撃の中でも弱音ひとつ吐かなかったもの。さすがにツトムが部屋を爆破した時には、ちょっとだけ悲鳴を洩らしていたけどね」
「ああ・・・・・・あれはマズかったな。思ったより爆発が大きくて焦ったよ」
「もう大概の無茶には慣れたけど。あんまり無理はしないでね」
「ゴメン、これからは気を付けるよ」
石動は心配そうに見つめるロサの頭を撫で、無理しないことを誓う。
貰った短剣をマジックバッグにしまい込むと、ふたりで食堂へと歩き出した。
三日後、マクシミリアン一行は三台の馬車に分乗すると、侯爵領騎士も含めて総勢67名の騎士に守られながら一路帝都を目指してブルクハウゼン侯爵領を出発した。
先頭の馬車には死亡した近衛騎士の遺体が入った棺桶が積まれ、二番目の馬車にはアルベルティナ嬢に扮した侍女とロサが乗り込んだ。本物のアルベルティナ嬢は、危険だと心配したブルクハウゼン侯爵によって、侯爵領内の邸宅に留め置かれている。
三番目の馬車にマクシミリアンと石動が乗り、道中警戒しながら進んだが、暗部もさすがにこの陣容の行列に手を出すような目立つ作戦は取れなかったようで、拍子抜けするほどあっけなく皇城に帰ってくることができた。
こうして帝国諜報部暗部との直接対決の第一ラウンドは終了した。
帝都の門をくぐり、目の前に聳え立つ皇城を見上げながら、石動は第2ラウンドへの準備を整えなければ、と心を新たにする。
帝都に戻った石動は、離宮にある自分の作業部屋で作業台の前に座ると、まず今回の旅で判明した問題点を検討し解決していくことにした。
まず一つめは何といってもダイナマイトだろう。とにかく手製パイプ爆弾の威力が予想外に高すぎた。
石動としては、もう少し爆発力を抑えることで使いやすくし、前世界の手榴弾と同様の効果がある物を造りたい。
もともと手りゅう弾は大きく分けて、爆発の衝撃波により狭い範囲の殺傷を目的とした「攻撃型手榴弾」、衝撃波に加えて破片などを飛ばす「破片型手榴弾」、特殊部隊が使用するスタン・グレネードのような大音響と光だけ発する「非殺傷型手榴弾」の三種類に分けられる。
そして今、石動が造ろうとしているのは「破片型手榴弾」で、具体的にはアメリカ軍が1918年に採用し半世紀にわたって使用したMk2手榴弾、通称「パイナップル」だ。
火薬を詰める弾体部分に、効率よく破片がばら撒かれるよう計算され、板チョコのような切れ込みが入っているのが特徴的な手榴弾である。
その特徴的な見た目から、パイナップルそっくりだと米兵に渾名を付けられ、それが一般化したものだ。
兵器に興味がない人でも、映画や漫画の知識で思い浮かぶ手榴弾の形は、おそらくこのMk2手榴弾の形だろう。
その構造は単純で、弾体の上部に取り付けられた信管部分から伸びたレバーを握り、安全環を引き抜いて投擲する。
安全環が抜かれレバーが外れると、内蔵されたスプリングの力でデトネーターが雷管を叩き、遅延火薬の導火線に火が付く。
約5秒後に導火線先にある起爆筒に火が達すると起爆筒が爆発し、弾体内部の炸薬が起爆される仕組みだ。
爆発による高圧で、弾殻表面に切れ目を入れられていた鋳鉄製の弾体は切れ目に沿って割れ、カミソリの様な鋭い破片となって周辺に飛散し対象を殺傷する。
手榴弾の爆心地から15メートル以内に対象がいれば、死亡か重傷となる威力がある。破片は最大200メートルも飛んだとの記録もあるほどだ。
つまり、破片型手榴弾とは火薬の爆発によって対象を殺傷するのではなく、爆発に伴い破片をばら撒くことで対象を殺傷することを目的とした兵器なのだ。
そのため、爆発力はゼリグナイトより低くて良いから、炸薬には安定した性能が求められる。
そこで石動はこの機会に「TNT火薬」の製造にも着手することに決めた。
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