第178話 ファニング撃ち

 その時、突然、瓦礫の中から人影が立ち上がった。


 顔中が埃にまみれて真っ白になり、自分の流した血の赤とで斑になった男が、短剣を構えて襲い掛かってきた。

 

 気配を感じて振り返った石動イスルギは、幽鬼のような姿で短剣を振りかざし、襲ってくる男を見た。

 ウィンチェスターは背中に回してあるので、持ち直すのは間に合わない。


 石動は振り返った姿勢のまま、尻餅をつくような態勢で後ろにしゃがみ込みながら、腰のSAAを抜く。

 抜くと同時に右手の親指でハンマーを起こしながら、腰だめで初弾を撃った。

 続けて右手人差し指で引き金を引いたまま、左手の親指で再び叩き付けるようにハンマーを起こし、発砲する。

 いわゆる「ファニング撃ち」と言われる撃ち方だ。


 世界最速の早撃ちで有名なアメリカ人のボブ・マンデンは、SAAを使ったホルスターからの抜撃ちで、0.02秒という驚異的な記録を持つ(ギネスブックではアニー・ヒルが持つ0.0208秒が公認記録で、ボブのは非公認)。

 そして彼が凄いのはその射撃の正確さで、別々の離れた的に二発撃って命中させ、その銃声が一発撃ったとしか聞こえないことだ。

 銃を抜いてホルスターへ納めるまでの動きも、眼にもとまらぬほど速過ぎて、スローモーションでないと何をしたかよく分からない。


 石動はそこまで早くは撃てないが、それでも銃声が「ババンッ!」と聞こえる程度には、素早くファニングで撃つことができた。


 二発の45ロングコルト+Pプラスパワーの弾丸を胸に喰らった男は、糸が切れた操り人形のようにガクガクとした動きをして、その場に崩れ落ちる。 

 石動はそのままSAAを両手で握るよう構え直して、左手でハンマーを起こすと、よく狙って男の頭を撃つ。

 撃たれた男の頭が割れたスイカのようになると、石動はやっと止めていた息を吐いて、ふぅーっと深呼吸する。


 石動が頭を撃ったのは、このような惨状の部屋でも生き残って攻撃してくるような暗殺者なら、生死確認で近寄ったりしたら最後の力を振り絞ってなんらかの攻撃を仕掛けてくるのでは、と警戒したからだ。

「(ホラー映画とかでは鉄板の展開だからね・・・・・・。現実リアルでそんな目にあうのは遠慮したい・・・・・・)」

 何かの薬物を使用しているのかもしれない。それならばこの暗殺者のタフさも理解できると石動は思う。


 ゆっくり立ち上がった石動は、そのままSAAを構えたままで壁の穴から隣部屋に移り、部屋の探索を続ける。

 爆風で家具などが散乱しているが、爆破した部屋程ではないので歩きやすい。

 そして、隣部屋のバスルームで見張りだったと思われる近衛騎士の死体を発見した。

 他に刺客が隠れていることは無く、不審物も見当たらなかった。


「(ラタちゃん、まだ左側の二部屋にもダイナマイトを放り込む必要がありそう?)」

『う~ん、ますます火事の熱で分かりにくくなっているけど・・・・・・もう人の気配は感じられないかな。もう一人いたように感じていたけど、さっきの爆発で逃げたみたいだね』

「(そうか、良かった。思ったよりダイナマイトの威力が大きかったから、もう一回爆破したら連絡通路まで壊れやしないか、ちょっと心配だったんだよね)」


 ラタトスクと念話をしながら、もう大丈夫だと判断した石動は、SAAのシリンダーから三発の空薬莢を排出すると、新たに三発補弾してホルスターに納める。


 そして背中に回していたウインチェスターM12を前で構えなおすと、駆け足でマクシミリアンたちのもとに戻っていった。




 同日の朝、皇城に出仕し諜報部にある自身の執務室に入ったラファエル部長は、秘書が入れてくれた最高級の茶葉を使った紅茶を飲みながら書類に目を通していた。


 そのとき、執務室のドアがノックされ、前室に控えていた秘書が顔を見せる。


「失礼します、部長。ヨルゲン課長が至急の報告があると来られていますが・・・・・・」

「通したまえ」


 秘書が下がると、かわりに長身で銀髪をピタッと撫でつけた、いかにも貴族然とした風貌の男が部屋に入ってくる。ヨルゲンは、前置きなどの回りくどいことを嫌うラファエルの性格を知り抜いているので、一礼すると単刀直入に切り出した。


「部長、早速ですが、例の作戦について、追加の報告に参りました」

「聞こう」

「野盗による襲撃に見せかけたプランAは破棄し、宿屋での夜襲を行なうプランBに切り替えたのは昨日ご報告した通りです。そのプランBの結果報告が、先程魔鳩により届きました」

「よろしい。で内容は?」

「はい。結論から申しますと、襲撃は失敗に終わりました。

 まず一階厨房から出火したように見せかけ、油を撒くことで火の回りを早くし、一階や二階からの脱出は不可能にさせることは成功しました。

 次に殿下の寝室に近衛騎士から奪った制服を着て訪問し、避難誘導するように見せかけて油断させる作戦は失敗しました。暗器を使う間もなく、部員はザミエルに撃ち殺されたとのことです。

 その次は唯一の避難経路である三階の別館へとつながる連絡通路までに二つの罠を仕掛けました。

 まずは四階から三階へと降りる階段で部員が仕掛けましたが、これもザミエルの銃にやられています。部員は煙に紛れて逃げたようですが、未だに連絡が取れておらず、おそらくは死亡したものと思われます。

 最後に連絡通路直前の廊下で、廊下の両側にある部屋から挟撃をかける予定でしたが、ザミエルが起こした爆発で【隠者ハーミット】がやられたので、もう一人の部員は撤退した模様です」

「なに! 爆発だと?」

「撤退した部員の報告では、反対側の部屋のドアの隙間から覗いていたら、ザミエルがドアに銃で穴を開け、何かを部屋に放り込んだそうです。

 ザミエルが走り去ったので何をしているのかと思ったら、落雷のような音と共に爆風で向かいのドアが吹き飛んで、部員が覗いていた部屋のドアに突き刺さり、危うく負傷するところだったらしいです。

 向かいの部屋は爆発で瓦礫の山と化していて、この状況では任務達成は不可能と判断した部員は撤収を決断しました。事態を報告するために、向かいの部屋に居た部員は素早く撤収し、【隠者ハーミット】の去就を確認しようと、庭にあった樹の上から三階の部屋の様子を覗いたとあります。

 すると窓があった壁が吹き飛んでいたので、樹の上から部屋の中がよく見えたらしいのですが、【隠者ハーミット】がザミエルを襲おうとして返り討ちにあう場面を目撃したとのことでした」

「死体はどうなった?」

「火事で本館は全焼しましたので、全て焼失しています。状況的に死体の回収は困難でしたので、止むを得なかったかと」

「ふむ、【隠者ハーミット】がやられるとは・・・・・・」


 ヨルゲンは報告を聞いて、ラファエル部長が怒るだろう、と予想していた。

 二つ名がつくほどの優秀な暗殺者が返り討ちに逢うなど、帝国諜報部の暗部始まって以来の出来事だ。

 ヨルゲン自身、部員からの報告を読んで目を疑った程だ。


 しかし、目の前のラファエル部長は上機嫌に見える。

 落ち着いて紅茶を飲む口元は、僅かに笑みを浮かべているようにさえ見えた。


「殿下はどうされている」

「はい、無事に別館から脱出され、そのまま出立されました。今頃はもうブルクハウゼン侯爵領に入られているのではないでしょうか」

「フフフ・・・・・・」


 ついにラファエルは笑い出した。

「アーッハハハハハッ、期待以上のシロモノのようだねぇ! ザミエルとやらは!! 

 そうでなくては面白くない。無論、【隠者ハーミット】がやられたのは痛いが、これしきの罠で殺されるようでは、今後の楽しみがないではありませんか! 

 どうやら銃もデモンストレーションの時の物とは違うようだし、加えて爆発とは!  

私の考えの上を行くとは、どこまで楽しませてくれるのでしょうか」


 笑い終わったラファエル部長はヨルゲンに向かって命令する。


「今後の殿下に関する作戦は、私が監督します。君は特にザミエルの持つ銃や爆発物など、彼が開発したものを調べなさい。敵を知らねばまともには戦えませんからね。現在、離宮で造っているものも全て探り出して、結果は全て私に報告するのです」

「かしこまりました」


 ヨルゲン課長はラファエル部長の笑い声を久しぶりに聞き、心底震えあがった。

 過去の経験からして、こういう時の部長は、怒っている時より恐ろしい。

 足早に執務室を出ようとドアに向かったヨルゲン課長が、ドアを閉めようと振り返る。閉まるドアの隙間から見えたラファエル部長の顔は、もうヨルゲンのことなど頭に無いようで、それでいて頬にまだ冷たい笑みを浮かべていたのだった。

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