第176話 偽騎士
しかし、すでにマグナムバックショットをまともに受けた、ふたりの偽近衛騎士の胸や腹はぐしゃぐしゃになっていて、一目で死んでいることが分かった。
石動は偽騎士が取り落とした短剣や吹き矢を拾うと、証拠物件としてマジックバッグに放り込んでおく。
ナイフの刃や吹き矢の先は濡れたようになっていて、おそらく毒が塗られているのだろうと思われた。
「やはり、こいつらは暗部の人間なのかな? ふたりとも見たことない顔だし」
「恐らくそうなのであろうな。吾輩も直接暗殺者に狙われたのは初めてだが・・・・・・」
石動の発砲音を聞きつけて、アルベルティナ嬢と侍女を連れたロサが、スイートルームとの境にあるドアを開けて姿を見せた。
「ザミエル! 大丈夫?!」
「大丈夫だよ。そちらは問題ない?」
「問題ないわ。何事なの?」
「どうやら襲撃されているようだ。火事騒ぎに紛れて、こいつらが殿下を殺そうとしたから、対処しただけだよ」
死体の血と、零れ落ちた臓物の酷い匂いが、すでにスイートルームに充満しつつあった。
血の海に浮かぶ偽近衛騎士の死体を見た侍女が、「ウッッ」と呻くと部屋の隅に駆けていき、胃の中の物を吐く。
ロサは死体を見ても平気な顔で、石動の言葉に頷くと、マリーンM1895のレバーハンドルを操作して45-70弾を薬室に送り込む。それからチューブマガジンに一発補弾することも忘れない。
アルベルティナ嬢はマクシミリアンにしがみついて、蒼い顔で震えていたが、流石に吐いたりはしていないようだ。
「殿下! ご無事ですか?!」
その頃になってようやく、ヘンドリック近衛騎士を先頭に数人の近衛騎士が廊下からスイートルームに駆けこんできた。
そして入り口近くの近衛騎士の格好をした二つの死体に驚き、立ちどまってしまう。
「ヘンドリックよ、こいつらの顔に見覚えはあるか?」
「・・・・・・いえ、初めてみた顔ですな。しかしこいつらが着ている近衛騎士の隊服には心当たりがあります。先程、トーマス騎士とハリス騎士が部屋の中で、死体となって発見されました。隊服が剥ぎ取られ、下着姿で縛られて浴槽に放り込まれていたそうです」
「・・・・・・そうか」
マクシミリアンの問いかけに、ヘンドリック騎士がギリっと歯ぎしりせんばかりの口調で報告する。
そのとき、廊下からフィリップ騎士が走り込んできて、敬礼しながら叫ぶ。
「失礼します! 火事の様子を確認しましたが、火の回りが早く、もう三階近くまで広がっています。一刻も早く外に出ないと危険です!!」
「うむ、そうだな。殿下、何人か階下に偵察に行かせておりましたが、一階と二階はもう火の海で逃げ場はありません。したがって、三階にある連絡通路を通り、別館へ避難するのが得策のようです。既に階段や連絡通路の要所に騎士の見張りを立てて警戒しておきました。我々がお供いたしますので、すぐに参りましょう」
「わかった。そなたの指示に従おう。アルベルティナ、大丈夫か? 行くぞ」
「はい、殿下」
マクシミリアンはアルベルティナ嬢の手を引き、ヘンドリック騎士のあとに続く。
侍女はアルベルティナ嬢の荷物を抱え、他にふたりの騎士がマクシミリアンの荷物を持ってきた。
石動はマクシミリアンの後ろにつき、ロサには
マクシミリアンたちを囲むようにした一行は、警戒しながら廊下を走り抜け、階段に到着する。
ヘンドリック騎士がふと気がついたように歩みを止め、呟く。
「見張りに立たせたセルバンテスはどうした?」
「何処に立たせていたのですか?」
「いや、階段の踊り場で警戒するように命令しておいたのだが・・・・・・」
石動の問いにより、ヘンドリック騎士は刺客による襲撃の可能性に思い当たったのか、怒りと後悔が入り交じったような表情になった。
石動はロサを呼び、マクシミリアンの警護を頼むと、ヘンドリック騎士に向かって言う。
「この先は私が先頭に立ちます。殿下をよろしくお願いできますか」
「・・・・・・了解した。頼む」
階段は四階の廊下から十段ほど降りたところに踊り場があり、そこから折り返してUターンするようにまた階段が下に降りている。四階が最上階なので、ここから上の階段を警戒する必要はない。
石動は中腰の姿勢でウィンチェスターM12を油断なく構えながら、スルスルッと踊り場の壁際まで降り、そっと階下を覗き込む。
階段の下に近衛騎士がひとり、首に短い矢を受けて血を流して倒れていた。
「(あれが見張りに立っていたセルバンテス騎士かな?)」
石動が更に階段を下に降りようと身体を乗り出した時、階下から階段手すりのすき間を縫って、シュッという音と共に矢(ボルト)が飛来した。
とっさに身をかわした石動の頭の上を掠めるように矢が飛び、踊り場の壁に突き刺さる。
伏せながら階下の階段を見ると、斜め下の階段からボウガンに次の矢を番えようとしている黒装束の男が見えた。
すかさず石動は立ち上がって身をさらすと、階段の手すり越しに男に向かってウインチェスターM12を発砲した。
木製の階段手すりはマグナムバックショットの威力に耐え切れず、爆発したように木片と化し、鉛球と共にボウガンの男に降り注ぐ。
ボウガンを放り出すと身を投げ出すようにして階段を転がった男は、踊り場にまで落ちたと思うと、さらに自力でもう煙が充満している階下への階段を転がり落ちる。
「チッ、浅かったか・・・・・・。何発かは当たっているようだけど逃げられたかな」
男のものと思われる血の跡が、階下の階段に続いているのを見て、石動は舌打ちした。
それから素早く階段を降りると、倒れている騎士の傍らへと近づいた。
膝をついて騎士の首に指をあて、脈をとってみたが何も感じられず、すでに死亡しているようだ。
脈をとっている間もウインチェスターM12の銃口を周囲に向けて警戒していたが、とりあえず脅威はないと判断する。
「クリア。もう降りてきて大丈夫ですよ」
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