第175話 火事

 御者台を素早く降りた石動イスルギはロサと合流し、マクシミリアンの後ろについて歩きながら、宿のロビーにいる人物や従業員の様子を探る。


 ロビー奥のカウンター前では、支配人が最敬礼してマクシミリアンを出迎えた。


「マクシミリアン殿下、ご尊顔を拝し奉り誠に光栄に存じます。くわえて本日は当宿屋をご利用頂きまして、感謝の念に堪えません。どうぞ、こちらへ。私がお部屋までご案内させていただきます」

「うむ、世話になる。良しなに頼むぞ」

「ハハッ!」


 支配人の敬礼が更に深くなり、揉み手せんばかりの態度でへこへこと何度も頭を下げながら先導し始めた。


 マクシミリアン一行が案内されるのは、宿屋の最上階である4階にあるスイートルームだ。この世界ではまだエレベーターが無いので、高層建築は少なく、建物は横に広い傾向がある。したがって4階までは階段を登るしか方法は無いのだ。

 皇城でも感じたが、高貴な方々案内するのに高い階へ階段で延々と登らせるのって気まずくないのかな、と石動は前から疑問に思っていた。


 この世界にエレベーターは無いと言ったが、もちろんドワーフ達が使っている危険極まりないエレベーターは論外だからカウントしていない。


「(そういえば、ドワーフがあの原始的な蒸気機関を発展させたら、いろいろな動力として利用できるのではないかな? それってこの世界に産業革命を起こさせることになるのだろうか・・・・・・。以前は銃で忙しかったから話すのを忘れていたけど、今度機会があればカプリュスに相談してみようかな)」


 石動はそんなことを考えつつ、3人も並ぶと余裕がないくらいの幅しかない階段を登る。

 やがて支配人に先導されたマクシミリアン一行は4階まで階段を登りきると、スイートルームの中に通された。


 スイートルームは入ったところが広いリビングで、メインベッドルームは二部屋ある。

 トイレやバスルームも二つ備え付けられ、使用人用のツインルームも設えられていた。

 安全のため、四階フロアは全てマクシミリアンたちが借り受けていて、スイートルームの他の部屋は近衛騎士たちが入ることになっている。


 石動の部屋は、マクシミリアンのメインベッドルーム横に備え付けられた使用人用の部屋になる。使用人用と言ってもさすがはスイートルーム付属の部屋で、自衛隊時代の六畳一間のアパートより断然広いし豪華だ。


 アルベルティナ嬢はもう一つのメインベッドルームを使い、ロサと侍女はその横の使用人用部屋となるようだ。


 慣れない馬車の旅のせいか、夕食の場でも欠伸を堪えている様子のアルベルティナ嬢を気遣ったマクシミリアンは、明日の旅に備えて早々に床に就くことになった。


 近衛騎士たちは交代で寝ずの番をするようだが、石動はマクシミリアンが就寝したのを確認して自分のベッドに入る。

 もし襲撃があるとすれば明け方だろう、と石動も思ったし、それまでに何かあればラタトスクが警告してくれるから、寝られるうちに寝ておこうと石動は無理矢理目をつぶる。


 そうしているうちにいつの間にか眠り込んでいたらしい。


 ラタトスクの念話が届いて、ハッと目をさます。

『ツトム、起きて! 警戒警戒! どうやらお客さんのようだよ』


 事態を予測していたので、ベッドの上で普段の服装に装備を付けたままマントに包まり、ウィンチェスターM12を抱いて寝ていた石動は、スイッチが入ったように飛び起きると耳を澄まして気配を探る。


 すると、微かに煙の臭いが感じられた。


 廊下につながるドアを開けると、廊下の薄灯りの中で、階段をつたって薄っすらと煙が昇ってきているのが見えた。

 見張りの近衛騎士が階下に降りて確認していたようで、階段を駆け上がってくると大声で叫ぶ。


「火事だぁ!! 総員起きろ!」



 くそっ、奴ら、火を着けやがったか。

 そう思った石動は、すぐに部屋の中に戻ると、マクシミリアンのスイートルームにつながるドアを開けた。

 さすがに元冒険者、マクシミリアンも既に起きていて、寝間着を脱いで着替え始めていた。

 着替えながらマクシミリアンが尋ねる。


「状況は?」

「階下で火事だ。既に階段から煙が昇ってきているから、火の勢いは強そうだな。ここが煙に巻かれるのも時間の問題だろう」

「アルベルティナ嬢は?」

「わからないがロサがついているから大丈夫だろう。それより、分かっているだろうが、これは襲撃だ。混乱に紛れて刺客が襲ってくると思った方がいい」

「そうだな。久しぶりに大暴れできそうだ」


 マクシミリアンがニヤリと笑う。


「ほどほどにしてくれよ。あんたが死んだらこっちの負けなんだからな」

「吾輩もまだ死ぬつもりはないぞ。さて、ここはザミエル殿も護衛の腕の見せ所だな」

「ちぇっ、気楽に言ってくれる」


 軽口を叩き合ううちに、マクシミリアンも着替え終わり、腰に下げた愛用の両手剣を抜く。

 石動も着剣済みのウィンチェスターM12のスライドを少し引いて、薬室にマグナムバックショットが装填されていることを確認した。


 このような広いスイートルームではいいが、廊下や階段などの狭い場所では着剣していると全長が長くて取り回しにくそうだと思い、銃剣を外して鞘に入れるとマジックバックにしまっておく。

 そして銃に取り付けてある負い紐スリングの長さを、銃を首や肩から下げた状態で両手を放しても、邪魔にならない位置にまで調節した。

 狭い場所などでウィンチェスターM12が使い難いときやリロードする暇がない場合に、素早くスイッチして腰の拳銃を抜けるようにしたかったからだ。


 その時、スイートルームのドアがノックされる。


「殿下! マクシミリアン殿下、失礼いたします!」

「入れ」


 近衛騎士がふたり、ドアを開けて入ってきた。


「失礼します。階下が火事との報告がございました。早速ですが廊下の先に別の階段があり、そちらはまだ火が回っていないので避難できるとの報告です。急ぎそちらから避難いたしましょう」

「どうぞ、お急ぎください。我らがご案内いたします」


 ドアを開けたまま、お辞儀しながら、廊下を指し示すふたりの近衛騎士。

 スイートルームの灯りは着けていないので、石動の場所からは廊下の灯りで近衛騎士の顔は逆光となっていてよく見えない。


「ご苦労。だが避難する前に、ひとつだけお前たちに聞きたいことがある」


 マクシミリアンが、首を垂れて待つふたりの近衛騎士に向かって、静かに尋ねた。


「お前たちは誰だ?」


 マクシミリアンの言葉をきっかけに、一人の近衛騎士はサッと後ろ手に隠し持っていた短刀を投げようとし、もう一人は素早く横に跳躍した後に隠し持っていた吹き矢を口に咥えようとした。


 その時、油断なくウィンチェスターM12をふたりに向けて構えていた石動が腰だめで、引き金を引いたままフォアアームをスライドさせることで二発続けて発砲する。


 これはスラムファイアーといって、引き金を引きっぱなしにしてフォアアームを前後させることで薬室への装填・排莢を繰り返すと、ハンマーが連続して散弾の雷管を叩きマシンガンのように散弾を撃てる機能である。

 素早くかつ強烈な弾幕を張ることができるので、第一次世界大戦の塹壕戦からベトナム戦争まで重用されたウィンチェスターM12の優秀な機能だ。


 マグナムバックショットを部屋の中で撃ったため、かなりの発砲音が響き、天井から微かな埃が舞い降りてくる。


 マグナムバックショットの15発の鉛球を、至近距離で胸や腹に受けた偽近衛騎士は錐もみするように吹っ飛び、倒れてそのまま動かなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る